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世界を読み解くコラム

  • 総合文化政策学部
  • オリンピック開会式の「芸術プログラム」を読み解く
  • 飯笹 佐代子 教授
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盛大になる開会式の「芸術プログラム」

オリンピックをスペクタクル理論から研究しているジョン・J.マカルーンによると、近代オリンピックとは、「スペクタクル(spectacle)」、「祝祭(festival)」、「儀礼(ritual)」、「ゲーム(game)」が混合された独自のパフォーマンスだといいます(ジョン・J.マカルーン編『世界を映す鏡—シャリヴァリ・カーニヴァル・オリンピック』(光延明洋ほか訳)平凡社、1988年)。開会式や閉会式といったイベントには、これらのうち「ゲーム」を除く3つの要素すべてが入っています。しかしながら、これまでオリンピックの研究において、開会式・閉会式の内容はそれほど注目されてきませんでした。

 

開会式は、開催国元首よる開会宣言や選手団の入場行進、選手宣誓、聖火の点火などに加えて、「芸術プログラム」を実施することが国際オリンピック委員会により定められています。この「芸術プログラム」が盛大になってきたのは、1984年のロサンジェルス大会以降で、オリンピックの商業化と関連しています。大きなショーを演出することによってテレビ視聴者の関心を集め、テレビ局がスポンサーを確保する戦略としての側面もありました。

 

「芸術プログラム」の多くは、世界に名だたるプロデューサーによる長時間の壮大なパフォーマンスとして開会式を華やかに盛り上げます。このプログラムは、開催地の文化的、歴史的な独自性から紡がれた誇るべき物語を披露することで、世界に向けてオリンピニズムの精神を発信し、同時に国民に対しては、いわばナショナル・アイデンティティの再認識と共有を図る場となっているといえます。その内容は、国威発揚的なもの、時代の変化に即した新たなナショナル・アイデンティティへの転換を促すものなど、さまざまです。そして、冷戦終結以降、国内外において多様な民族や文化の共生が世界平和のための課題として重要性を増すなかで、多様性の尊重に基づく共生へのメッセージを込めた演出が増えています。それは、近代オリンピックの提唱者クーベルタンの、人々の多様性を謳歌する「真の国際主義」こそが世界平和に通ずるとの立場とも合致します。

シドニー・オリンピックの開会式(2000年)― 先住民族の存在感

私が開会式の「芸術プログラム」に最初に関心を持ったのは、2000年にオーストラリアのシドニーで開催されたオリンピックでした。オーストラリア大陸は18世紀にイギリス人が入植する以前、言語も習俗も異なる多くの部族からなる先住民族の土地でした。やがて世界各地からの移民・難民が到来するようになり、同大陸は世界有数の多文化国家へと変容していきます。かつては白豪主義政策のもと、非ヨーロッパ系の移民を制限していた時代もありましたが、1970年代以降、国民の多様性を尊重、奨励する多文化主義(multiculturalism)を推進してきています。私は多文化主義の研究のために、シドニー大会の直前まで現地に滞在していました。

 

世界的な演出家リック・バーチが総合監督を務めた開会式は、招致活動で「先住民族に貢献する五輪の開催」を掲げた通り、まさしく先住民族の存在感に彩られるものとなりました。「芸術プログラム」では、白人の少女がビーチでうたた寝をして夢のなかで先住民族の長老と出会い、この2人によって観客は太古から現在に至るオーストラリア大陸の歴史物語に誘われます。全国から約2000人もの先住民族が一堂に会して披露した伝統的な宗教儀礼やダンスの躍動感あふれる多様なパフォーマンスは圧巻でした。

 

また、五大陸からの移民・難民の到来が、アフリカ、アジア、アメリカ、ヨーロッパ、オセアニアの順に、それぞれ五輪の色をまとった人々の登場によって示され、彼(女)らが先住民族とともに集い、多文化の共生をアピールするシーンもありました。メッセージ性という点で最も注目に値するのは、白人の少女と先住民族の長老が民族の和解を象徴する橋の上で仲良く並び立ったシーンです。それは、先住民族と白人との不幸な歴史を乗り越え、「和解」の達成を強調する演出であったといえます。

 

このように多様な出自の人びとの調和と共生を描いた「芸術プログラム」は、オリンピックの理想の表現として国内外で評価されました。かつての悪名高い白豪主義のイメージを払拭し、多文化社会としての成熟した国家イメージを世界に向けてアピールできたことを、国内では多くの人びとが歓迎しました。その一方で、現実を隠蔽する演出との批判の声も上がりました。実際には、植民者ないしは国家による先住民族に対する過去の侵略や差別的行為をめぐって「和解」は難航しており、未だ先住民族への差別も存続しているからです。他方で、未来志向のメッセージとして読み取るならば、困難を乗り越えて「和解」を推進するためにこそ、先住民族との融和に基づく多文化国家のビジョンを敢えて示す意義があったとの捉え方もできるでしょう。

ロンドン・オリンピックの開会式(2012年)― 多様性への配慮

多文化の称揚という点に関して、2012年のロンドン大会の場合はやや複雑な状況を抱えることとなりました。招致活動においてロンドンが何よりセールスポイントとしたのは、「一つの都市に世界がある(The World in One City)」というスローガンが示すように、その多様性のダイナミズム、すなわち50のエスニック・グループが住み、300以上の言語が日常的に話されているコスモポリタン都市ロンドンの多文化への開放性(openness)でした。

 

ところが、2005年7月7日、奇しくも2012年の開催地の座を獲得した翌朝、ロンドンで同時爆破テロ事件が起こったのです。容疑者はイギリスで生まれ育ったムスリムということで、テロ事件への恐怖感は、短絡的にイギリスの多文化主義の失敗という論調へと結びついていきます。そして、多文化を手放しで礼賛することを控えるような雰囲気になっていきました。

 

では、ロンドン・オリンピックの開会式はどのようなものだったのでしょうか。それは、映画監督のダニー・ボイルが演出を担当し、イギリスが生んだ文豪シェークスピアの『テンペスト』や児童文学の『ピーターパン』などのモチーフを用いながら、同国の歴史を壮大なスペクタルとして披露するというものでした。イギリスの原点としての農村から説き起こし、産業革命、世界大戦を経て、現在の誇るべき福祉国家に至り、若者たちがIT社会を謳歌する現代までの歴史が洗練された演出によって描かれました。

 

監督が力を入れたと思われる大掛かりな舞台装置による産業革命のシーンでは、額に汗して働く労働者たちが会場を埋め尽くしました。一見すると「多文化の物語」というより、「労働者の物語」としての印象を強く受けます。ただし、労働者たちを注意深く観察すると、人種、民族的な多様性を見て取れます。また、産業革命以前のシーンでは歴史的事実に反してあえて登場人物の一部にアフリカ系を起用したり、現代のシーンで登場する家族が、アフリカ系の父と白人の母という設定で描かれていたりします(実は一部の保守派から、こうした家族はイギリスを代表するものではないとの批判がありました)。さらに、開会式のボランティア・スタッフとして、開催地近隣の学校から50以上の言語を話す子供たちが参加したことが話題を呼びました。このように、「多文化の物語」が前面に出たわけではありせんが、ロンドンの多様性は「芸術プログラム」を含む開会式の随所に反映されていたのです。

リオデジャネイロ・オリンピックの開会式(2016年)― 人種、民族を越えて

多文化国家の成り立ちを、負の歴史も含めて大胆に語ってみせたのが、2016年のリオデジャネイロ・オリンピックの開会式でした。ブラジルは、先住民族、大航海時代の16世紀に入植したポルトガル人、アフリカから奴隷として強制的につれてこられた黒人が混血を重ね、加えて日本を含む各国からの移民も受け入れ、多人種混淆社会を形成してきました。こうした移民到来の歴史物語が、映画監督フェルナンド・メイレレスが演出を手がけた開会式の「芸術プログラム」の冒頭で披露されました。

 

蝶の舞うアマゾンの熱帯雨林に住む先住民族のパフォーマンス、続いてポルトガル人が帆船に乗って到来し、両者の緊張感ある遭遇がユーモラスに演出されます。そして、農場の労働者として連れて来られたアフリカ人奴隷たちと、シリア、レバノンからの商人と見られる移民が行進します。目を引いたのは、奴隷に扮した人たちが、逃亡を防ぐための「足かせ」を付けており、不名誉な歴史がありのままに表現されていたことでした。

 

さて、次のシーンを、日本の視聴者は想定していたでしょうか。日の丸をデザインした衣装をまとった日系ブラジル人の女性たちが登場し、美しい舞いで魅了したのです。ちょうど71年前の広島原爆投下の時間帯に合わせた、世界平和への願いを表すための演出といわれています。現在、約130万人の日系ブラジル人の多くはサンパウロ州に住んでおり、リオデジャネイロでの存在感は他の移民に比べて決して大きくはありません。次期五輪開催国である日本に対するメイレレス監督の粋な計らいを感じさせます。

 

この「芸術プログラム」では、自国の移民の歴史だけでなく、世界に向けたより普遍的なメッセージも盛り込まれました。人間が常に敵対や紛争を繰り広げているイメージが演出され、「争いを止めよう」との女性シンガーの呼びかけによって、さまざまな人種・民族を表す色とりどりの1500人のダンサーたちが融和を象徴するように華麗な踊りを披露しました。リオデジャネイロ大会は、直前になって経費が削減されるなどの問題も報じられましたが、世界中の誰にでもわかりやすい形で人種、民族を越えた共生を訴えかけた「芸術プログラム」は、多くの人びとを惹きつけたのではないでしょうか。

2020東京オリンピック・パラリンピックへの期待

さて、来年に迫っている東京大会の「芸術プログラム」では、どのような物語が世界に向けて発信されるのでしょうか。演出の総合統括に就任した狂言師の野村萬斎は、オリンピックとパラリンピックの開・閉会式を合わせた4つの式典を貫くテーマとして「鎮魂と再生」を掲げ、「復興五輪の名に恥じないような、シンプルかつ和の精神に富んだ」演出にしたいと豊富を語っています。被災地に配慮しつつ、趣向を凝らした日本ならではの芸能や文化芸術の魅力が存分に発揮される式典が期待できそうです。

 

加えて、日本社会のなかの多様性にどう向き合っていくのかについても、積極的なメッセージの発信が望まれるところです。海外から日本は、オーストラリアやイギリス、ブラジルのような多文化国家とは真逆の、「単一民族」の国として見なされることが少なくありません。しかし現実には、日本社会も多文化化が着実に進んでいます。

 

たとえば先日(2019年1月)、東京23区で成人式を迎えた新成人のうち、およそ8人に1人が外国の出身者でした。開・閉会式の行われるオリンピック・スタジアムのある新宿区だけをみると、外国出身者が新成人の半数近くを占めています。新宿区をはじめとして、多文化共生を政策に掲げる自治体は全国で増えています。また、日本にもアイヌと呼ばれる先住民族が存在していることを忘れてはなりません。さらに、会場の一つとなる国立代々木競技場のある渋谷区は、LGBTの人びとに対して日本の中では先進的な取り組みを実施していることで知られています。

 

こうした現実を踏まえるならば、東京大会は、日本社会の「さまざまな多様性」を国民自身もあらためて自覚し、共生していくことの意義と価値を世界中の人びとと分かち合う貴重な場になり得るはずです。私たちの新しい「多文化の共生物語」をいかに創造していくのかについて、真摯に考える格好の機会にできれば、意味あるレガシーにもなるでしょう。

 

以上のように本コラムは多様性や共生に焦点を当てましたが、「芸術プログラム」にはさまざまなメッセージが含まれています。上述のリオデジャネイロ大会の「芸術プログラム」では、地球環境も重要なテーマでした。実は、オリンピックは本来、「スポーツの祭典」であるとともに「文化の祭典」でもありました。スポーツ競技だけではなく、オリンピック・パラリンピック独自の文化イベントである「芸術プログラム」にも、ぜひ注目してみてください。

あわせて読みたい

  • 『シティズンシップと多文化国家——オーストラリアから読み解く』飯笹佐代子(日本経済評論社、2007年)
  • 『スポーツを通じた多文化共生の未来に向けて——オリンピック・パラリンピックと多文化共生』(国際シンポジウム報告書)青山学院大学社会連携機構国際交流共同研究センター編(青山学院大学、2016年)
  • 「〈多文化共生〉という無難な安全地帯」飯笹佐代子『移動という経験——日本における「移民」研究の課題 』伊豫谷登士翁編(有信堂高文社、2013年)

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