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  • 国際政治経済学部
  • 経済学の視点から見る「移民」
  • 友原 章典 教授
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移民の受け入れに賛否両論、混乱する欧州

中東で2010 年ごろから広がった民主化運動「アラブの春」以降、欧州への難民や移民の流入が急増しています。ここ数年の移民危機に対しては、欧州連合(EU)が中心となり、加盟各国に難民受け入れ分担を求めていますが、反対派の動きも活発化するなど賛否両論があり、各国で混乱も起きています。

 

受け入れに反対する人たちの多くが挙げる理由の一つに「難民や移民に仕事が奪われ、賃金が低下する」というものがあります。一般的にもこうしたイメージが強いのではないでしょうか。

 

しかし、経済学的な研究では、必ずしもそうとはいえない、という分析結果があります。2016 年1 月に国際通貨基金(IMF)が世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で発表した報告書でも、EU に流入する難民は短期的には経済成長を押し上げる効果がある公算が高いこと、難民によって仕事が奪われて賃金が低下するという証拠はほとんどないこと(※ 1) などが示されています。難民や移民の問題は、様々な視座から捉え、総合的に議論を進めるべき複雑さをはらんでいますが、今回は、経済学という一つの視点から、先進国への「移民」について、話題を提供したいと思います。

 

それでは、移民の受け入れは経済にどのように影響するのか、「労働市場」「財政」「経済成長」の3 つの分野に焦点を当てて、実証研究の結果を紹介していきましょう。

 

※ 1 ウォールストリートジャーナル日本語版2016 年1 月21 日付

国内労働者の賃金はあまり下がらない

最初に取り上げるのは、労働市場への影響です。ポイントは2点あり、1点目は、移民を受け入れても、元々国内で働いている人の賃金は平均するとそれほど下がらないということ。2点目は、IT産業のような新しく成長してくる産業と、不人気な産業の二つで、移民が重要な役割を果たしているということです。では、多くの人が懸念している賃金の低下が、なぜあまり起こらないのか。その理由を、二つのポイントを合わせて考えてみましょう。

 

キーワードは「労働市場の棲み分け」です。最近の移民の傾向として、比較的学歴の高い人が多いことが知られています。中国やインドからアメリカへの移民はこの傾向が顕著で、こうした移民は、STEM(S=Science、T=Technology、E=Engineering、M=Mathematics)系の職業に就き、IT企業や金融業界等で活躍しています。こうした人材が就職するような職場や成長産業では、労働需要が増えても、国内の労働者だけでは必要な人数を確保できない可能性があります。人材不足を移民が埋めることになれば、国内の労働者との競争にはなりません。

 

一方、移民が就職するのが、国内の人々があまり希望しないような職種や産業の生産現場であれば、こちらも国内の労働者と競争にはなりません。元々需要があるのに労働力が不足していた場所で働く人が増えるわけですから、大量の国内労働者が職を失うことも、賃金への影響もあまりないだろうと考えられます。

 

つまり、こうした産業で移民の労働者が増えても、それ以外の職種に就いていた国内の人々の賃金には、あまり影響がないことになります。

 

備考:データは2000 年前後。
資料:OECD「Database on Immigrants in OECD Countries (DIOC)」。
出典:経済産業省『通商白書2008』第2章第1節 第2-1-21図「移民時期別に見た大卒人材の占める割合」

高学歴の移民は年金問題の万能薬になるか?

次に、財政への影響です。これまで移民を受けいれてきた先進国では、移民が財政に悪影響を与える可能性が指摘されてきました。移民は納める税が少ない割に医療や福祉など多額の社会保障費がかかり、国全体の財政負担が増えるという主張です。しかし、実証研究を行った結果、こうした主張は必ずしも正しいとはいえない可能性が指摘されています。

 

この主張でイメージされている移民は、主に低学歴の人々です。確かにこうした人は、納税額が少ないでしょう。ただし、所得の低い移民と、所得の低い国内の労働者を比較した場合、使われる社会保障費には大きな差がないとした研究もあります。つまり、社会保障費が膨らむことに関しては、「移民かどうか」というよりも、「所得が低い」ことが影響している、という説明ができるわけです。確かに、古くからの移民は高齢かつ学歴の低い人が多く、そうした人の割合が高ければ財政負担を増やすことが考えられます。しかし、近年は移民の性質が変化し、高学歴の移民も増えているため、そうした影響は減少しているとみられています。

 

また、移民には、財政に有益な効果をもたらすと期待する意見もあります。少子高齢化が進む中、年金制度の維持は重要な問題です。制度の維持には、保険料を支払う若い労働力が必要で、その一部として移民に期待する声が非常に高まっているのです。特に、高学歴の移民は納税額も多く、制度維持に一役買ってくれるのではないかとの期待があります。しかし、国全体でみれば年金を支えるほどの金額ではなく、年金問題を解決する万能薬とは言い切れないのが現状です。

少子高齢化と移民―「人」と「お金」を補う可能性

最後に、経済成長への影響について見ていきます。ここでもポイントは2点です。まず、移民は15~64歳の生産年齢人口を増やすので、経済成長に寄与すると考えられていること。もう一点は、移民によって海外直接投資を促進させていくことができるのではないかというアイデアです。

 

少子高齢化が進めば、労働力人口は確実に減っていきます。また、高齢者は生活のために貯蓄を取り崩していくため、国内の貯蓄が減ります。持続的な経済成長のためには投資が欠かせませんが、貯蓄が減ると投資に回せるお金が減ることになります。少子高齢化は、経済学的に見ると、生産に必要な「人」と「お金」の両方を減少させていくものなのです。

 

こうした状況で、人とお金の両方を外国から呼び込もうという考え方が議論されています。つまり、労働力を補う「人」としての移民を受け入れ、また、海外からの直接投資の流入を促して「お金」を補う、という方法です。

 

ただし、実際には移民をたくさん受け入れると、短期的には海外直接投資が減ってしまう可能性があるという研究結果があります。また、移民の拡大と海外直接投資の誘致は、通常、担当する政府機関が異なることもあり、別々に政策が立案されています。両者に相互作用があれば二つの政策がバッティングすることも考えられるため、経済成長に結びつくかは不透明な部分を残しています。

 

日本は現在、移民を受け入れていませんが、大学教授、弁護士、研究者等のような高い技能を持つ外国人を対象とした「高度人材ポイント制度」を設けて、出入国管理上の優遇措置を与えています。この制度が適用されるような人を技能労働者と呼ぶならば、こうした技能労働者の受け入れは、労働市場の観点からだけでなく、海外直接投資を促進させる可能性が指摘されており、経済成長に繋がることも考えられます。

 

一つ注意したいのは、今見てきたような研究は、徐々に入ってきた移民のデータを使っているため、現在の欧州のように急激に多数の移民が流入するような特別な事態に当てはまるかは分からないという点です。突発的な移民による影響は、これからの研究テーマといえるでしょう。

 

また、移民は非常にセンシティブな問題です。経済学的には、これまで見てきたようにポジティブな分析結果が多いといえます。しかし、だからといって移民を推奨するものでも、否定するものでもありません。移民には、文化的な問題、治安の問題など、様々な側面からの影響があります。そうした問題と合わせて総合的に議論し、判断していくことが必要です。

 

(備考)
1.1950 年から2012 年までの実績は、総務省「国勢調査報告」「人口推計年報」、厚生労働省「人口動態統計」をもとに作成。
2. 高位推計・中位推計・低位推計は、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成24 年1 月推計)」をもとに作成。
3. 出生率回復ケースは、2012 年の男女年齢別人口を基準人口とし、2030 年に合計特殊出生率2.07 まで上昇し、それ以降同水準が維持されるなどの課程をおいて推計。
出典:内閣府「人口動態について(中長期、マクロ的観点からの分析③)」
平成26年2月14日

 

(2016.11.04 インタビュー)

あわせて読みたい

  • 『国際経済学へのいざない第2版』友原章典著(日本評論社:2014)
  • 『移民の経済学』ベンジャミン・パウエル編集(東洋経済新報社:2016)

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国際政治経済学部

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  • 友原 章典 教授
  • 所属:青山学院大学 国際政治経済学部
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