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世界を解き明かすコラム
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  • 経済学部
  • アベノミクスは日本経済の救世主なのか
  • 中村 まづる 教授
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日本経済の現状と経済の流れ

「断固たる決意を持って、強い経済を取り戻す」

 

第96代内閣総理大臣・安倍晋三氏の所信表明演説での言葉です。約3年に渡る民主党政権から自民党が政権を取り戻し、自身2度目となる首相就任を果たした安倍氏は、「金融政策」「財政政策」「成長戦略」という“3本の矢”で、経済再生を押し進める方針を打ち出しました。安倍首相の「アベ」、そして経済の「エコノミクス」を合わせた「アベノミクス」という言葉は、毎日のように見聞きしているのではないでしょうか。

 

そもそも「経済」とは、「おカネ」「モノ」「サービス」の流れのことを言います。人が会社で働いて、モノやサービスをつくる。会社が働いた人に給料(おカネ)を払う。人々は会社からモノやサービスを買う。政府は、税金(おカネ)を納めてもらい、国民のために、警察のような公共サービスや年金や手当などを配る。このように人々が生きていく上で必要な、おカネがからんだすべての取引の流れが「経済」です。

 

「景気がいい」というのは、「家計」「企業」「政府」の3つの間でお金がグルグルと早く回っていて勢いがある状態のこと。景気がいいと家庭では財布のひもが緩みたくさん買い物をする、会社では利益がたくさん出て雇用者に高いお給料が支払える、政府は税金がたくさん入り国の経営がうまくいく、といった感じでしょう。逆に「景気が悪い」というのはお金の流れに勢いがないことです。今の日本経済がまさにそうです。

 

今の日本経済は「デフレ現象」が続いています。「デフレ」とは「デフレーション」の略で「モノ」や「サービス」が売れずどんどん安くなっていくこと。一見いいことのように聞こえますが、「モノ」や「サービス」が安くしないと売れなくなると、そこで働いている人への給料が下がったり、雇用を削減する必要がでてきて職を失くす人がいたり。給料が下がり家庭収入が少ないので、人々が買い物をしなくなったり。そうするとさらに「モノ」や「サービス」が売れなくなっていく。このようなデフレ現象が、ここ最近の日本経済が低迷している背景と言われています。

日本経済の低迷はいつから

経済の成長は「GDP(Gross Domestic Product:国内総生産)」が指標となっています。「GDP」とは「国内で1年間に新しく産みだされた生産物やサービスの金額の総和」で、「経済成長率」とは「このGDPが前年に比べどれだけ伸びたのかを表すもの」です。経済が好調なときは、GDPの成長率は高くなり、不調なときは低くなります。

上の図をご覧ください。日本は、戦後から高度経済成長を続け1956年~1973年度間で平均9.1%、オイルショック後から1990年にバブル崩壊が始まるまでの1974年~1990年度間で平均4.2%と好調でした。一転1990年にバブルがはじけると2012年度までは平均0.8%と低迷を続け、失われた20年とも呼ばれています。

 

1970年代オイルショック(原油価格高騰による世界の経済混乱)時、日本経済は戦後初めてのマイナス成長となりました。財政法第4条に「国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければならない」とあり、国の赤字を埋めるために国債を発行してはいけないことになっていましたが、このとき短期的に赤字国債を発行できるよう特例法をつくり、赤字国債を発行し日本経済を支えました。

 

その後、自動車産業や電化製品産業などの成長で、「Japan as No.1」と言われた日本。当時、貿易摩擦を起こすくらい輸出が増えていたのにも関わらず、国は足りない予算を赤字国債で補う形で日本経済を動かし、2012年度末で日本国の借金総額は991兆円になり,今年度中には1000兆円を超えると言われています。これではヨーロッパで破綻寸前の危機を迎えた国々があったように、日本も破綻してしまいかねません。日本経済がこの低迷を克服し、強い経済を取り戻すには、どうしたらいいのでしょうか。

アベノミクスの“3本の矢”

「財政政策」とは、政府が直接民間市場に乗り込んで、お金を使うこと。一方、民間市場にお金が増えれば民間市場がうまく使うだろうと、あくまでも間接的なサポート役として、お金を融通するのが「金融政策」です。

 

財政政策としては「減税」か「公共事業」、金融政策としては「日銀の公定歩合引き下げ」、もしくは日銀が民間市場で国債を買い、おカネを支払うことで、民間市場のおカネを増やす「買いオペレーション(買いオペ)」というのが、今までのオーソドックスなセオリーでした。

 

日本経済の今までを例えれば、人が「風邪だ」と思って、風邪薬を飲んだり、点滴を打ったりしてみたけど、治らずじまいでズルズルと長引き、症状が悪化して肺炎になってしまったというような状態に似ていると思います。

 

人の体だったら、まずは薬を飲んで治療し、体を回復させますね。そして体が回復したら、運動をしたり生活スタイルを改善したりして、今度は自身の体力をつけて健康を維持できるようにするでしょう。

 

日本経済でも、同じように考えれば分かりやすいでしょう。まずは「財政政策」と「金融政策」を薬や注射として治療し、普通の健康状態まで戻し、そして「成長戦略」として産業を再生させ、日本経済の体力自体をつけよう、日本経済の体質改善をしよう。という取り組みが、アベノミクスなのです。

産業再生が日本経済の礎となる

1980年代、欧米では経済の変革期でした。アメリカはベトナム戦争で経済状況がどん底になってしまい、イギリスも「英国病」と言われ、18世紀の産業革命以来トップを走ってきたのに、他国にどんどん抜かれ、気がついたら1番古くさくなっていました。ともに、経済再生の必要性に迫られた時期でした。

 

イギリスのサッチャー政権は、国営企業を民営化したり、福祉の行き過ぎをいろいろ削ぎ落し効率化することによって、小さな政府を作り上げました。アメリカのレーガン政権は、大胆な規制緩和や自由化を行い、民間企業を活性化し、産業再生を行いました。この頃に誕生し、今では世界的企業に成長したのがAppleやMicrosoftです。アメリカやイギリスのこの経済再生は成功し、90年代以降現在に至るまで、平均すると2~3%という、先進国の中でも安定した成長率を保つことができています。

それでは日本はどうでしょう。前出した通り、欧米などの先進国に比べると波が大きく、ここ20年の平均は0.8%。また日本でも、1985年「電電公社」を「NTT」に、1987年「国鉄」を「JR」に、2007年「郵政公社」を「日本郵便」に、国営企業を民営化してきました。そして民営化にあたり、関連する法律の規制緩和や自由化をすることで、新規企業を参入させ、企業間競争で価格が安くなったり、さまざまなサービスが生まれたり、新しい雇用が生まれてきています。

 

しかしイギリスやアメリカの90年代以降の立ち直りを見れば、日本はやっていないことがたくさんあり、日本産業の伸びしろはまだまだあると言えるでしょう。

 

例えば「電力」です。日本の電力会社は、民営化はされているけれども、法律で守られていて独占事業になっています。現状、民間企業が電気を作ったとしても、電線を貸してもらえないので送電ができずビジネスになりません。しかし今のNTTのように、使用料を払うことで電線を使用できるようになる、または発電した企業が東京電力に電気を買ってもらうだけでも、ビジネスチャンスが広がりますね。

 

電電公社が民営化されNTTとなり、SoftBankやauのような大きな企業が発展し、IT産業が活発になった流れが、今後ビジネス展開が期待できる、エネルギーやエコ、環境問題や社会福祉などのジャンルにつながっていくと、派生的にいろいろな産業が起こってくる可能性があるのです。

 

しかし今の日本には、聖域とか国益などと言われ、法律などで守られている分野がまだまだあり、民間企業が自由に参入することが難しいのが現状です。それらの規制を緩和したり、自由化するだけでも、さまざまな産業が活発になり、経済成長率2%を目標にすることは可能でしょう。アベノミクスの3本の矢の中で「成長戦略」がカギとなっているのです。

日本人の潜在能力で経済復活

まだまだアベノミクスは始まったばかりです。安倍政権が発足してから、1ドル80円前後だった円相場が100円を超える円安が進み、株価は年初来最高値を更新して15,000円台に上昇し、景気が回復する兆しが見えてきました。

 

しかし急激な円安の影響で、資源や食料などを輸入してモノを作っている企業や輸入品を商売にしている企業は、値上げをせざる得ない状況です。しかも、最近は円相場や株価が乱高下したり、アメリカの景気にも影響を受けたりと、市場の行き過ぎや不安定な状況が懸念されています。

 

私たち国民にとって、景気の良さがまだまだ収入に結びついていないので、家計にとっては大打撃。景気が良くなって、国民が本当に「景気がいい」と感じられる日が、いつ訪れるのか、本当にデフレ脱却ができるのか、現状では将来不安は否めないと思います。

 

しかしながら、ここでちょっと考え方を変えてみましょう。

 

最近は日本にもメタンハイドレードという天然資源が発見されましたが、今まではこのような天然資源が少ないということが日本経済に大きな影響を与えてきました。しかし、1960年代の日本経済は飛躍的に成長し、高度経済成長期を迎えることができました。それは、日本人の労働力の質が良かったからだと言われています。また1980年代に発展した世界に誇る省エネ技術はもちろん、モノづくりの技術、技術開発能力など、日本人の潜在能力は高いと自信を持っていいでしょう。

 

人の潜在能力や技術力も資源だと考えれば、日本はすばらしい資源大国ではないかと思うのです。これからアベノミクスの「成長戦略」により、新しい産業が生まれたり、新規参入企業がたくさんできる可能性があります。社会人も学生も、これからの日本社会でよりよい経済活動をするために、自分自身を磨いていくことが日本の潜在能力になりうるのではないでしょうか。日本経済の救世主は、実は私たち国民一人一人なのかもしれません。

 

(2013年掲載)

あわせて読みたい

  • 『アベノミクス大論争』 (文芸春秋:2013)。
  • 『リフレは正しい』 岩田規久男著 (PHP研究所:2013)。
  • 『金融緩和の罠』 藻谷浩介・河野龍太郎著 (集英社:2013)。
  • 『アベノミクスで日本経済大躍進がやってくる』 高橋洋一著 (講談社:2013)。

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経済学部

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  • 中村 まづる 教授
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    担当科目:経済政策論(第一部)、演習(第一部)、公共経営論演習(大学院)
    専門分野及び関連分野:経済政策, 公共選択論, 公共政策
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