AGU RESEARCH

未来を創るトピックス
ー 研究成果に迫る ー

青山学院大学の教員は、
妥協を許さない研究者であり、
豊かな社会を目指し、
常に最先端の研究を行っています。
未来を創る本学教員の研究成果を紐解きます。

  • 文学部 日本文学科
  • 掲載日 2023/06/27
  • 国語科教育を支援するオンラインプラットフォーム『COSMOS』が「日本語難民児童」を救う
  • 田中 祐輔 准教授
  • 文学部 日本文学科
  • 掲載日 2023/06/27
  • 国語科教育を支援するオンラインプラットフォーム『COSMOS』が「日本語難民児童」を救う
  • 田中 祐輔 准教授

TOPIC

田中祐輔准教授(文学部)が第1回「SDGs岩佐賞」を受賞

岩佐賞(SDGsジャパンスカラシップ岩佐賞)とは

公益財団法人 岩佐教育文化財団が、SDGsの視点による持続可能な社会の達成に向けて、医療、教育、福祉、環境、平和、芸術、農業などの分野でめざましい功績を残した団体・個人に対する表彰と支援を行うスカラシップ賞。年2回開催されています。

評価のポイント

国内外に多数存在する日本語を母語とせず、第二言語として習得するJSL(Japanese as a Second Language)児童に対して、国語教育のためのデータベースとアプリケーションによるオンラインプラットフォーム『COSMOS』を研究開発し、無償で公開することで、地域や国に関わらず、誰でも・どこからでも・いつでも学ぶことのできる環境を提供したことが評価されました。

イラスト:矢印

トピックを先生と紐解く

田中 祐輔 准教授

文学部 日本文学科

筑波大学 第二学群 日本語・日本文化学類卒業。早稲田大学大学院 日本語教育研究科 日本語教育学専攻 博士後期課程修了。早稲田大学 博士(日本語教育学)。専門分野は日本語教育学(文型・語彙研究、教材・教育史研究)、国語教育学、社会言語学。日本語教育の視点によるマイノリティへの言語支援に関する研究、日本語支援のためのデジタル教材、データベースの開発に取り組むとともに、国内外の日本語教育の歴史調査や日本語学習者が多い国・地域でのリポートの実施、日本語教育に関するデジタルアーカイブの発表なども行う。

増加する帰国児童・外国人児童への日本語教育が社会的課題に

「日本語難民児童」のための無償のオンラインプラットフォーム『COSMOS』を開発

デジタルコンテンツの活用で言語マイノリティを誰一人取り残さない社会へ

国語教育を支援するオンラインプラットフォーム『COSMOS』を開発した背景や経緯を教えてください。

グローバル化の進展に伴い、日本国内の在留外国人数は約300万人に上り、外国籍児童が増加・多様化し、日本語指導が必要な日本国籍児童もこの10年間で倍増しています。言葉を理解できないために学びの機会が十分に得られない「日本語難民児童」は国内で5万人に達し、海外にも同様の状況にある児童が数多く存在しているのが現状です。国内で学ぶ児童が等しく学習機会を得るためには、帰国児童・外国人児童への日本語支援拡充が不可欠だと指摘されています。
全9教科の中でも、帰国児童・外国人児童にとって最も学ぶ上で困難を伴うのが国語で、語彙力の不足が見られる児童の多くが、日本語を母語とする他の児童とともに授業を受けることに支障を来しているといわれています。帰国児童・外国人児童に対しては「JSL教育」として別途指導を行わざるを得ませんでしたが、従来のJSL教育では国語教科書の掲載語彙が網羅的に把握されていないため、実際の国語科の教育内容と連動した日本語支援が難しく、帰国児童・外国人児童はいつまでも他の児童とともに授業を受けることができずに、別室で個別に授業を受けざるを得ないという問題が生じていたのです。国語教科書に掲載された語彙とは国語の習得に必須となる語彙でもあり、すべての国語検定教科書の掲載語を把握するための調査と考察が喫緊の課題となっていました。

国際化と日本語教育需要

『COSMOS』の研究プロジェクトでは、文部科学省認定の国語教科書に掲載されている語彙の特徴を明らかにし、教師や教材作成者の方々が自由に活用できる教育資源としてデータベースとアプリケーション型教材を構築・公開することで、すべての児童が等しく学習機会を得られる国語教育を実現するための日本語支援の拡充に寄与することを目的としています。日本語を母語とする児童と帰国児童・外国人児童とが一緒に国語教育を受けられ、誰一人取り残されることなく、豊かに学び成長することのできる多文化共生社会の実現には何が必要なのか。帰国児童・外国人児童が増加する中で、日本語の語彙力不足による国語教科の学びの難しさを克服して、日本語の豊かな世界に誰もが容易にアクセスできる環境をサポートしようと考え、オンラインプラットフォーム『COSMOS』の開発に取り組みました。研究開発費は研究助成などでまかない、誰もが等しく教育を受けられるよう、利用する帰国児童・外国人児童にはすべて無償で提供することを当初からモットーにしていました。

田中先生ご自身の研究と『COSMOS』の研究開発はどのように結びついたのでしょうか?

私が専門とする「日本語教育」は、日本と諸外国との国際交流や相互理解、日本の国際化を支える重要な要素として機能している分野です。私は子どもの頃、父の仕事の関係で中国・大連の幼稚園・小学校に通った経験があり、現地の言葉を学ぶ上で苦労しましたが、周囲の方たちのサポートにたいへん助けられました。父が大学で日本語教育に従事していたこともあって、帰国後、大学と大学院で日本語教育を専攻し、現在に至ります。かつての私と同じように言語で課題を抱える児童をサポートしようと、帰国児童・外国人児童にとって、生活や学習で最もネックとなる、ことばの問題をいかに解決し得るのかが、自分にとっての大きな研究テーマの一つとなり、『COSMOS』の研究開発へとつながっていきました。

当時の学生に、父が教育指導をしている様子

『COSMOS』の特徴や機能はどのようなものなのでしょうか?

『COSMOS』には大きく2つの機能があります。1つは、JSL児童のための日本語支援をされている教師や保護者向けに文部科学省検定済みの小学校国語教科書に出現する約50万語を全て抽出して構築したデータベースの機能です。JSL児童が困難を感じているとされ、日本語学習の側面からも最も重要とされる国語科の指導に際し、どのような語句をいかに教えることが大切か、そのポイントやデータをデータベースと併せ公開しています。
もう1つは、JSL児童向けに設けられたアプリケーション型教材の機能です。上記のデータベースに基づき、学年別に重要な言葉を、練習用クイズを通して学ぶことができるようになっています。クイズは学年に応じて意味(同義語・対義語・同音異義語・上位語・下位語・意味のグループなど)、漢字(読み・送り仮名・へんとつくり・四字熟語など)、表現(コロケーション、慣用句、オノマトペ、助数詞など)、文法(呼応副詞、謙譲語、尊敬語、丁寧語、ら抜きことばなど)、読解(順序、描写など)が出題されます。利用者の回答後に正解と解説が示されスコアが表示されます。回答後にわからない語句がある場合は、利用者は質問を書き込むことができ、これに対して他の児童や教員、国内外の支援者がアドバイスを書き込める仕様になっています。また、アプリを利用する機関の先生方が独自の問題を作成して出題できる機能も設けられているので、JSL児童の理解度や進度にあわせた指導も可能です。

『COSMOS』の研究開発で特に苦慮された点はどのようなところでしょうか?

本研究は、国語教育や⽇本語教育を専⾨とする10名のチームを編成して取り組んでいます。小学校1学年から6学年までの文部科学省認定5社分の教科書に記された50万語を超える語をデータベース化する作業は容易ではありません。現職の⼩学校の先生方、JSL児童の保護者の皆さま、そして、元JSL児童の皆さま等へのヒアリングや実践現場での取り組みに基づき、⾔語的な情報である「原型」「ルビ」「意味」「品詞」コードに加え、「単元名」「教材名」「原作者」「出現箇所」コードを加えることで、⽤途や⽬的に合わせた多⾓的分析が可能なデータベースとなりました。
また、それらに基づくアプリケーション型のクイズでは、JSL児童やその保護者の皆さまにも協力いただき、JSL児童がどの点につまずき、習得に苦労するかを考察し、数多くの作問と解説作成を行いました。そもそも教育現場ではJSL児童を想定していないケースもあるため、JSL児童へのことばの教育の内容、方法、留意点なども含めた教育資源を「わかりやすく・とりいれやすく・ひろがりやすい」方式に落とし込む必要があり、細部にまでこだわって作成するプロセスには苦心しました。

『COSMOS』の反響や今後の展望についてお聞かせください。

この度、岩佐賞を授賞いただいたことで『COSMOS』の認知が広がり、保護者の方々や支援者の方々からお問い合わせをいただいています。全国の教育委員会や学校、地域の教室、海外の機関などからも数多くのお問い合わせやご要望をいただいており、目下ニーズに対応したシステムの拡充を進めているところです。アプリケーション教材については、各学校で個別に問題を作成したいとの要望にも対応して改良を加えています。参与観察をさせていただいた学校では、日本語を母語とする児童とJSL児童とがともに助け合いながらアプリのクイズに協働で取り組む姿を目の当たりにして感激しました。全国の小学校で授業開始前の「朝の時間」に活用可能なアプリケーションコンテンツも開発中です。各学校の先生方やご関係者との協議の中で、約1,300問の設問を設けることができれば、1学年から6学年まで、週2回の学習に対応可能な段階的学習を実現できることが判明しており、目下、その実現を1つの目標にしています。

第1回「SDGs岩佐賞」受賞

『COSMOS』を通じて、SDGsの大きな目標である「質の高い教育をみんなに」、および中目標である「公平で質の高い教育を無料で受け、小学校と中学校を卒業できるようにする。」「読み書きや計算ができるようにする。」を踏まえ、「誰も取り残されないような学習のための環境をとどける。」という理念実現を目指しています。
日本語教育を必要とする方々はJSL児童だけでなく、留学生やビジネスパーソン、外交官、海外帰国者、難民、宣教師、特定技能や外国人技能実習制度などの制度を用いて来日する方々など、実に多様です。言語マイノリティが、誰一人取り残されることなく豊かに生き、人々と対等に会話し、協業することのできる環境構築のために、JSL児童に限らず対象を広げ研究を続けていきたいと考えています。また、それらの研究で得られた知見を『COSMOS』にも反映させながら、世界各地で活用してもらえる豊かなコンテンツとなるよう進化させていきたいです。

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