青山学院大学の教員は、
妥協を許さない研究者であり、
豊かな社会を目指し、
常に最先端の研究を行っています。
未来を創る本学教員の研究成果を紐解きます。
* 青山学院大学 総合プロジェクト研究所 2020年度~2024年度プロジェクト、
日本学術振興会 基盤研究(B)(一般) 課題番号:23K20342
混合研究法とは
質的データと量的データの両方を活用し、複雑な現象を多角的に解明する研究アプローチです。研究者が量と質のデータを往来しながら分析を進めることで、「その事象の本質は何か」、「何が起きているのか」を、より深く立体的に理解・解釈することが可能になります。異なる性質をもつ2種類のデータを統合することで、新たな視点や発見を導き出すことができます。
看護学研究者向け「混合研究法eラーニング」のポイント
本eラーニングは、主に看護学分野の研究者や大学院生を対象に開発しました。従来、「混合研究法」は体系的に学ぶ機会が限られており、独学の難しさが指摘されてきました。本プログラムは、そうした現場の課題に対応するために設計されています。開発にあたっては、日本の看護学研究者および海外の専門家を対象に調査を実施し、学習者が理解や習得に課題を抱えやすい「研究デザイン」「質的・量的データの統合」「論文執筆」といった重要テーマを体系的にカバーしています。

トピックを先生と紐解く

抱井 尚子教授
青山学院大学国際政治経済学部国際経済学科卒業。サンディエゴ大学大学院修士課程(教育カウンセリング学)修了。ハワイ大学大学院博士課程(教育心理学)修了(Ph.D.)。外資系金融機関での勤務を経て、ハワイ大学社会福祉学部研究助手、同大学付属がん研究センター研究助手を歴任。2002年に青山学院大学国際政治経済学部専任講師に着任後、助教授、准教授を経て、2010年より現職。専門は、混合研究法、多文化ヘルスコミュニケーション、異文化間コミュニケーション。主な著書に『混合研究法入門―質と量による統合のアート』(医学書院・2015年)など。2025年、「世界で最も影響力のある研究者トップ2%」に選出。
混合研究法とは、数字や統計データを用いる「量的研究」と、インタビューなどを通じて個人の経験や語りを深く捉える「質的研究」の2つを統合的に活用する研究アプローチです。1990年代頃から理論化が急速に進んだ比較的新しい研究アプローチで、「第3の方法論的潮流」とも位置付けられています。
私がよく用いる例えですが、量的研究は全体的な傾向を俯瞰する「鳥の目線」からのスナップショットに相当し、質的研究は現場で起きていることを具体的に映し出す「虫の目線」からの動画のようなものです。複雑な社会や人間の課題を理解する上では、こうした異なる視点を組み合わせることが重要であり、それによって、現象をより多面的かつ深く理解することが可能になります。
私の原点は、1990年代末にハワイ大学がん研究センター(アメリカ)において、がん患者の補完代替医療に関する研究プロジェクトに研究助手として参加した経験にあります。
医療研究においては、客観性を徹底的に重んじる量的研究が主流ですが、このプロジェクトでは、数千人規模のアンケート調査だけではなく、140名を超えるがん患者さんへのインタビュー調査も実施しました。私自身、約80名の患者さんのご自宅を訪問して、インタビューを行いました。その過程で、データ上では単なる「ID番号」として扱われていた一人ひとりと実際に向き合い、その内面に触れていく中で、実際にはそれぞれが非常に豊かでユニークな人生の物語を持っておられることに気付き、大きな衝撃を受けました。それは、白黒写真がカラー写真に色付くような感覚で、強く印象に残る体験でした。
この経験を通じて、量的研究だけでは捉えきれない側面があることを実感すると同時に、混合研究法の力とその可能性にすっかり魅了されてしまったのです。

そのように考えています。かつての研究の世界では、客観的な法則の発見を目指す量的研究と、主観的な経験の理解を重視する質的研究のどちらが優れているかをめぐる、いわゆる「パラダイム論争」が長く続いていました。一つの研究の中で両方を併用することは、タブー視されていた時代すらありました。
しかし、現実の複雑な課題は、いずれか一方だけでは十分に捉えきれません。混合研究法は、こうした異なる視点を対立させるのではなく、相補的に生かし共存させる立場をとります。数値が示す全体的な「構造」と、語りが明らかにする「意味」や「プロセス」を統合することで、単一の方法だけでは見えにくかった側面が浮かび上がります。いわば「1+1=2」にとどまらず、「1+1=3」となるような新たな意味や理解が創発される点に特徴があり、これを専門的には「メタ推論」と呼びます。
混合研究法には、「量」と「質」をどのような順序で組み合わせるかによって、いくつかの代表的な研究デザインが存在します。これらは基本デザインと呼ばれています。例えば、私がハワイ大学で最初に取り組んだ研究では、先に量的データを収集・分析し、その結果をもとに質的データを追加して、量的研究結果の理解をより深める「説明的順次デザイン」というアプローチを採用しました。
このほかにも、量的データと質的データを独立して同時に収集し、その結果を比較・関連付けすることで、現象の包括的な理解を目指す「収斂デザイン」、さらに、質的データの収集・分析を行い、そこから得られた知見をもとに仮説を生成し、それを大規模なサンプルで量的に検証する「探索的順次デザイン」など、さまざまなアプローチがあります。
研究の目的や問いに応じて、これらの基本デザインを適切に選択したり、複合的に組み合わせたりすることで、論理的に研究全体を設計していくことが重要になります。

混合研究法の特徴は、「量」と「質」のデータを統合することで、それぞれ単独の方法では見えにくかった現象の側面が明らかになる点にあります。こうした統合は、「ジョイントディスプレイ」と呼ばれる表や図を用いて分析され、その結果が可視化されます。
統合の分析において特に重要なのは、量的データと質的データのあいだに矛盾やずれが見られる場合です。例えば、遠隔で患者を見守る「テレナーシング」に関する看護学研究プロジェクトに参加させていただいた際のことですが、ある患者さんは、身体的な数値が改善されているにもかかわらず、ご本人の語りからは健康だった頃の自分と現在の自分を比べ、落ち込んでいる様子がうかがえました。一方で、数値上は治療の継続が必要な状態にもかかわらず、テレナーシングの支援によって前向きな気持ちが保たれていることを示す語りもあります。このように、客観的な「身体の状態」と本人が経験している「心の状態」は、必ずしも一致するとは限りません。
混合研究法では、このずれを単なる例外として扱うのではなく、「なぜこのような差が生じるのか」という新たな問いとして捉えます。こうした問いの積み重ねによって、現象をより深く理解することが可能になります。
ジョイントディスプレイは、量的研究と質的研究の結果を統合して示すための手法であり、複雑になりがちな研究成果を整理し、わかりやすく提示するうえで重要な役割を果たします。近年は、これに加え、量的・質的それぞれのデータ収集を計画する際にも利用され、さらには統合の分析にも用いられるようになりました。
なかでも特に画期的なのは、ジョイントディスプレイがもつ、統合の分析ツールとしての役割です。従来、混合研究法における「量」と「質」の統合は、論文の考察部分で文章によって説明されるのが一般的でした。しかし現在では、これを視覚的に示すことの重要性が高まっており、ジョイントディスプレイがデータ統合に欠かせない要素となっています。
この発展に大きく貢献したのが、混合研究法の専門誌 Journal of Mixed Methods Research の元共同編集委員長であり、私の共同研究者でもあった故Mike Fetters教授(ミシガン大学)です。教授は、量的データと質的データの比較に加え、そこから導かれるメタ推論を一体的に示す形式を提唱しました。これにより、両者の関係性が視覚的に把握しやすくなり、「1+1=3」とも言われる統合の価値が明確に示されるようになりました。
現在では、ジョイントディスプレイの形式も多様化しています。たとえば、量的データ分析の結果を円の中心に配置し、その周囲に質的データ分析の結果(テーマや具体的な語り)、さらに外側にメタ推論を重ねていくといった、円形を用いた多層的な表現も提案されています。
このように、ジョイントディスプレイは現在、単なる結果の提示方法にとどまらず、研究プロセスの全域(計画・分析・報告)を支える思考の枠組みとしても発展しています。

看護の現場では、患者さんの心(質的側面)と身体(量的側面)の両方に向き合う、複雑な実践が求められます。
そのため看護学では、「何が有効か」を示す客観的な数値データに加え、「なぜ有効なのか」「どのような人や状況で有効なのか」といった、当事者の語りや現場の文脈を含めて理解することが重要とされています。こうした背景から、近年では看護学の研究者や実践家の間で世界的に混合研究法への関心が高まっています。
一方で、教育機関において混合研究法を体系的に学べる機会は未だ限られており、特に実践的に学ぶ場は十分とは言えないのが現状です。そして、これは日本においても例外ではありません。そこで本研究チームでは、多忙な看護学研究者や大学院生でも、基礎から応用まで段階的に学べるよう、隙間時間を活用して取り組めるeラーニングプログラムを開発しました。
本プログラムの開発にあたっては、国内外の看護学研究者を対象に調査を実施し、学習上の課題やニーズを丁寧に把握しました。その結果を踏まえ、学習構成には日本の学習観である「守・破・離」の考え方を取り入れています。
まずは基本となる研究デザインの型を習得し(守)、次にそれを応用しながら理解を深め(破)、最終的には自身の研究目的に応じて柔軟に活用できるようになる(離)、段階的な学習設計となっています。ここで私たちがもっとも重視したのは、医療現場においてガイドラインへの厳格な遵守が求められている看護学研究者・実践家の皆さんに、「基本(守)を身に付けさえすれば、自分の研究をもっとクリエイティブにデザインして良いんだ」というマインドセットを持っていただくことでした。また、調査の中では、「疑問が生じた際にすぐ相談できる指導者やメンターが身近にいない」という声も多く寄せられました。こうした課題に対応するため、今後は対話型生成AIを活用し、「いつでも・どこでも質問できるメンター機能」の実装を進める予定です。これにより、学習者が孤立することなく、継続的に学びを深められる環境の整備を目指しています。

私が混合研究法に出会い、研究の道に進むきっかけとなった出来事の多くは、当初は偶然とも言えるものでした。恩師に背中を押されて患者さんに直接インタビューを行った経験も、その一つです。
しかし、そうした出会いの中で心が大きく動かされた体験を大切にし、自分なりに問いを深め続けてきたことが、結果として現在の研究につながっています。
さらに、異文化の環境で、母語ではない英語を使い、しかも自分にとっては専門外である「補完代替医療」のインタビューを行う――。最初はまさに、足がすくむ思いでした。でも、勇気を出してこのチャンスに飛び込んだからこそ、計り知れないほどの多くの学びを得ることができました。あの時、一歩を踏み出した自分の勇気に、今では大いに感謝しています。皆さんも、これから先に、偶然の出会いを通して、さまざまな人や出来事と出会うと思います。その中で、もし心が揺さぶられるようなものに出会ったら、勇気を出して、ぜひその種を手にし、大切に育てて、少しずつでも挑戦を続けてみてください。そうすれば、ふと気付いた時に、驚くほど遠くまでたどり着いている自分にはっとするはずです。

※掲載されている人物の所属や役職、研究内容は、
原則取材時のものです。