青山学院大学の教員は、
妥協を許さない研究者であり、
豊かな社会を目指し、
常に最先端の研究を行っています。
未来を創る本学教員の研究成果を紐解きます。
TOPIC
導入のポイント
教育人間科学部教育学科の野末俊比古教授がリーダーを務める本学「革新技術と社会共創研究所」の「近未来の図書館と新しい学び」研究プロジェクトにおいて、富士通Japan株式会社との共同研究によって開発されたAIを活用した蔵書探索システムが横浜市立図書館に導入され、2024年1月15日(月)から稼働を開始しました。AIを活用した蔵書探索システムが公共図書館へ導入されたのは、日本で初めてです(研究プロジェクト調べ)。
AIを活用した蔵書探索システムとは
図書館の利用者が文献(本)を探す際に、タイトルや著者が定まっていなくても日常的に使っている言葉を入力することによって、興味・関心に近い文献を見つけられるシステムです。従来のキーワード検索では出会えなかった文献に出会うこともできます。システムの導入によって、読書の意欲を呼び起こし、図書館の利用を促進することも期待できます。
トピックを先生と紐解く
野末 俊比古 教授
教育人間科学部 教育学科
東京大学教育学部教育行政学科卒業。東京大学大学院教育学研究科総合教育科学専攻博士後期課程単位取得満期退学。学術情報センター(現・国立情報学研究所)助手などを経て、2000年4月より本学文学部教育学科に勤務。学部改編に伴い、2009年より教育人間科学部教育学科へ移籍。2018年4月より同学科教授。専門分野は図書館情報学、教育情報学。情報リテラシー教育などをテーマとした研究を行うとともに、国・自治体などの図書館関係会議等に委員として多数参加。現在、本学教育人間科学部長および本学革新技術と社会共創研究所副所長も務める。
人々の主体的な学習への取り組みが社会的な課題に
AI蔵書探索により、キーワード検索では見つけられなかった本との出会いへ
図書館を“学習コーディネーター”の施設として学びの拠点へ
2010年代後半、学び手が主体的に学習に取り組む「アクティブラーニング」が新しい時代の学びとして注目されるようになってきました。今回のプロジェクトも、新しい学びを支援するモデルの創出をめざしているものですので、スタートとして「図書館ありき」ということではありませんでした。
2019年12月から、富士通Japan株式会社(当時は富士通マーケティング)と連携しながらさまざまな取り組みを進めてきました(当時はシンギュラリティ研究所)。そのなかで、人々の学びを支援するための図書館の在り方に着目し、AIを活用する手法を追究するという方針に注力することになり、プロトタイプを作成しました。新型コロナウイルス感染症による影響を受けながらも、実験と調査を繰り返して機能の更新を重ねてきた結果、社会実装するレベルに達したことから、今回、横浜市立図書館などへの導入に至りました。
市民一人一人に学びの機会を提供する場として図書館をとらえた場合、単なる「本の集積地」ではないと考えているからです。通常はキーワード検索などによって本を探していくことになると思われますが、これから学んでいこうとしている分野、つまりまだ詳しくない分野において、自身で適切なキーワードを考えたり、分類を推測して探したりすることは、極めて困難です。たとえばコンクリートについて学びたいという人がいたとして、工学の棚を探したとしても、じつは化学に分類された本の方がわかりやすく詳しく解説されている、といった場合もあるでしょう。つまり、初学者が自力で適切な本にたどりつくのは難しいということです。
世の中の知識は、まさに生き物ですから、図書館における分類で一般的な日本十進分類法のとおりに分類されているとは限りません。キーワードを思いついたり、分類をたどったりするのが難しいのであれば、「AIの力を借りてみたらよいのではないか」という発想から、今回のプロジェクトはスタートしました。
これまで図書館の蔵書検索は、キーワードによるものが一般的でした。しかし、適切なキーワードを選択するためには、学びたい分野の専門用語に精通していなければならず、必要な書籍を探し出すことができない場合もありました。学びたいテーマがあるのであれば、「よい」文献、「よい」教材に出会うことが重要です。師匠に付いて文献を指南してもらえたり、大学で直接、教員や先輩に聞いたりすることができればよいのですが、なかなかそうもいかないでしょう。そこで、新しい技術を用いることで、「自分が学びたいテーマに関連する本はどれか」「同じ分野を学んできた人がよく読んでいる本はどれか」といった疑問に、キーワード以外の情報を用いてアプローチできるシステムの実現をめざしました。
検索する際に、利用者の検索履歴をデータとして活用できれば効果があることはわかっているのですが、さまざまな理由・事情があり、必ずしも簡単ではありません。履歴データを用いる検討・調査も行いましたが、すぐには難しいと判断し、今回のシステム開発では、履歴データを用いないところから取り組むことにしました。チューニングを重ね、従来のシステムでは出会えなかった文献を見つけられることが確認できたので、社会に出していくこととなりました。
チームにおいては「日本初」をめざそうということも話していました。公共図書館の蔵書を対象としたAIを活用したシステムがまだ世にないタイミングで導入を実現することができました。
はい。主体的に学習を行うアクティブラーニングという考え方が社会に浸透し、大学ではもちろんですが、社会全体においても主体的な学習を支える仕組みが模索されています。研究プロジェクトにおいても、必ずしも図書館を用いるものばかりではなく、いくつかの試みを行なってきました。今回の共同研究よりも前のものとしては、世の中にある文献以外の教材として、たとえば音楽などを収録できるデータベースを試作してみたり、リモートでもリアルでも、PCのアプリでも手書きのホワイトボードでも共有しながら共同作業や討論ができるシステムを試用してみたり、といった挑戦をしてきました。いずれもコロナ禍よりも前の話です。コロナ禍によって、いずれも休止というかたちになってしまいました。現時点では、人々にとって身近で、ある意味「地に足のついた」支援システムとなり得る図書館へのAI導入という方向に軸足を置いていますが、テクノロジーのシーズが多数、生まれている今日においては、人々の学びを支援していく仕組みには多様なかたちがあるべきと考えています。
もちろん、そもそも学生や研究者だけでなく、一般の人々が主体的になって学習を重ねていかなければならないのかという議論も成立すると思います。しかし、市民生活をより豊かにするために、民主主義社会においては一人一人がより良い判断をするために学ぶことは重要です。情報が入手しやすくなれば、個々の人生もコミュニティーもより豊かなものになるでしょう。それは国家という大きなスケールに限らず、会社や学校、グループ、サークル、さらには家族といったスケールでも同じことが起きると思います。
たとえばみかんの不作で悩んでいる農家が、その対策に有益な情報源にアクセスしやすくなることで、みかん農家のコミュニティーは幸せになれます。そうした幸福度を上げるために主体的な学習は必要ですし、図書館が果たす役割も大きなものがあると考えています。
AIを使った今回のシステムでは、「『この言葉』と『この言葉』は近い」「『この言葉』と『この文献』は近い」といったように、関連性を計算しています。「掘り出し物的発見」などと訳されることもありますが、思ってもみなかった出会いである「セレンディピティ」が生まれることが期待できます。これらの思わぬ出会いはい、利用者にとって驚きと喜びをもたらします。
図書館は莫大な書籍を有しています。図書館は学びたいことに対してリソースを整えた環境であることが前提ですが、利用者の立場からすれば、何をどこから読めばよいかがわからない場合もあり、単に「本を探す施設」になりがちです。
これからは、学ぶ意欲を持った者と学習リソースを適切にマッチングしていくことに価値が生まれてくるでしょう。今回のシステムは、そのための方法のひとつとして大きな意味を持っています。特に公共図書館は市民がもっと「使いたい」と感じられる施設である必要があり、図書館員は学習コーディネーターとしての役割も果たしていくべきでしょう。企業の業績に興味のある人が、「あの会社はこの本で業績を伸ばした」といったことがわかれば、どのような文献を参考にしていたのか、読みたくなりますよね。もちろんプライバシーをしっかり確保したうえでということになりますが、こうしたことがシステマチックに整備されて、つねに自分に最適化された情報が見つかる場所になれば、人々はもっと図書館を使うようになると思います。
学習は新しいことを発見するためのものであり、単に知識を伝えるのではなく、自分で考えたり調べたりするための優先順位をつけるためのコーディネートがこれからの時代には非常に重要です。図書館には学習のための材料がそろっています。AIによる文献探索システムは、2024年3月には沖縄県立図書館にも導入され、今後、拡がっていく見込みです。さらによいシステムを開発するための研究を続けています。これからの時代を創る若い人たちをはじめ、多くの人々に活用していただきたいと考えています。
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