AGU RESEARCH

未来を創るトピックス
ー 研究成果に迫る ー

青山学院大学の教員は、
妥協を許さない研究者であり、
豊かな社会を目指し、
常に最先端の研究を行っています。
未来を創る本学教員の研究成果を紐解きます。

  • 法学部 ヒューマンライツ学科
  • 掲載日 2023/06/20
  • 難民問題を通じてEUの構造的問題を考察
    〜国際機構のあり方を問い直す大胆な試み〜
  • 大道寺 隆也 准教授
  • 法学部 ヒューマンライツ学科
  • 掲載日 2023/06/20
  • 難民問題を通じてEUの構造的問題を考察
    〜国際機構のあり方を問い直す大胆な試み〜
  • 大道寺 隆也 准教授

TOPIC

大道寺隆也准教授(法学部)が日本EU学会「EU研究奨励賞」を受賞

EU研究奨励賞とは

日本EU学会が次世代のEU研究者を育成することを目的に設けたもの。『日本EU学会年報』に掲載された論文のうち、特に優れた単著論文の著者に対して授与されます。

評価のポイント

受賞した論文(「EUによる『押し返し(pushback)』政策の動態──EU立憲主義の可能性と限界──」『日本EU学会年報』第42号、2022年、142-161頁)では、EUの域外出入国管理政策における「押し返し(pushback)」を、立憲主義の観点から分析・批判。EUの難民対応のあり方を通じてEU立憲主義の限界を鋭く批判し、大胆な問題提起を行った点が評価されました。

イラスト:矢印

トピックを先生と紐解く

大道寺 隆也 准教授

法学部 ヒューマンライツ学科

東京外国語大学 外国語学部 欧米第一課程ドイツ語専攻卒業。早稲田大学大学院 政治学研究科 博士後期課程修了。早稲田大学 博士(政治学)。専門分野は国際関係論、国際機構論。かねてからビール好きで、EUに関心を抱いたきっかけも、ドイツの伝統ある「ビール純粋令」がEUの前身であるECの法に違反するとされた事件を知ったことであったが、大学院進学後、EUを含む国際機構同士の関係性(=国際機構間関係)研究の道を歩み始めた。

難民に対する人権侵害の背景にあるEUの構造的問題を考察

現在のEUが立脚する立憲主義の限界を鋭く指摘した点が高く評価

本研究に取り組まれた経緯やその目的を教えてください。

「押し返し(pushback)」に代表されるEU出入国管理における人権侵害について、日本語で紹介したいと思いました。私が知る限り、EUの出入国管理における人権侵害の問題について日本語でまとめられている文章はほとんどありません。そこで、普段は英語で論文を書くことが多いですが、今回は日本での情報発信に貢献するためにも、日本語での執筆を行いました。
EUは何となく善い存在、お手本のように見られがちですが、出入国管理に目を向ければ、人権侵害が放置されています。そこで、まずは「押し返し」の実態を日本語で紹介し、さらにそれを批判的に検討することによって、日本におけるEU像を見つめ直すきっかけになればと思っています。

EUの難民を取り巻く現状はどのようなものなのですか?

現在ポーランドなどに避難しているウクライナからの避難民を除けば、庇護を求める方々の多くは、北アフリカ諸国やシリアなどから来ます。このような人たちについては、「いかに入国させないか」あるいは「いかに難民申請させないか」ということが考えられています。難民がEU加盟国に入国した後に彼らの人権を侵害するような行為があった場合、それはEU法や欧州人権条約への違反となります。そこでEUやEU加盟国は、彼らをそもそもいかにEUに入れないかということを考えているのです。
例えば、2016年3月にEUとトルコが合意した「EU・トルコ声明」では、ギリシャに非正規に入国した人物を一度トルコへ送還することで名目上の庇護申請者を減らしています。
ただ、それでもEU域内に移動してきた庇護希望者の数は近年増えており、またウクライナからの避難民の流入も相まって、オランダやベルギーでは一時収容施設に人がおさまらず、路上生活を強いられる人が多数出ています。そういった現状です。

現状の出入国管理政策に関してどのような問題点を感じていますか?

難民を排除しようとする政治的意思があり、これまで欧州諸国が標榜してきた「人道主義」の「底が抜けつつある」ように感じられるところに問題を感じています。
現在、ヨーロッパに向かう人々には2つのハードルが課せられています。まず、自分の国から出る際にハードルがあります。例えばリビアから出るときに、EUがリビアの沿岸警備隊などの組織にお金を出して、さまざまな手段で出国を引き止めようとしています。イタリアとEUが共同でボートの位置情報をリビアに流し、その情報にもとづいて沿岸警備隊が海上でボートを止めてしまいます。こうしてリビアに連れ戻された人たちは、しばしば虐待を受けたり、人身取引の被害者になったりしてしまうわけです。これが第1のハードルで、「引き戻し(pullback)」などと呼ばれます。

そして、運良く地中海に出たとしても、今度はEU加盟国の域内から自分の国へ戻されてしまうハードル、つまり「押し返し(pushback)」が行われる実情があります。例えば地中海を渡ろうとするボートを海上で止めて追い返したり、陸路でやってきた難民を狭く貧相な収容施設に閉じ込め「自発的に」戻っていくことを促したりしている事象が報告されています。特にこれはギリシャやイタリアなどで顕著です。なぜなら、「ダブリン規則」という取り決めで、庇護を求める人々の多くは最初に到着したEU加盟国で国際的保護の申請を行い、審査が実施されるようになっているため、EUの外縁にある国々の負担が大きくなりがちだからです。

規則を見直して「外縁の国」への負担を抑えることは考えられていないのでしょうか?

ダブリン規則の見直しは議論されてはいますが、上手くいっていません。現在の構造は、EUの外囲国境から遠い内陸国にしてみれば、ある意味都合が良いわけです。言うなれば、「二重の外注」の構造があります。つまり、内側の国は外縁の国へ、そして外縁の国は難民を生み出している外部の中東やアフリカの国へと、出入国管理をいわば「外注」して、難民が来ないようにしている。この「二重の外注」の構造により、見直しがスムーズに進んでいない現状があります。

構造的に解決が難しくなっている状態があるのですね。

2015年に見られた多数の人の流入はしばしば「欧州難民危機」などと呼ばれますが、それ以前からこうした状況は続いていますし、この構造的問題を整理しつつ、EU像を編み直すという作業が研究者としては求められていると考えています。特に日本語環境では、難民を取り巻くEUの構造的問題というのはなかなか語られてきませんでした。たしかに人権の問題はあるけれど、それは加盟国が悪いのであってEUは悪くなく、むしろEUは問題解決に向けて努力しているではないかと語られてきました。しかし、先ほど述べたような構造的問題を見れば、EUという存在があるからこそ難民の人権が蔑ろにされている面もあり、そうした部分に国際機構研究、EU研究として向き合っていかなければいけないと考えています。

今回の受賞はどのような点を評価されたと思われますか?

今お話したような批判的視点をもった研究は今まで多くなかったので、そうした点を評価していただけたのかなと思っています。EUは人権を守ることに国際レベルで取り組んできましたし、我々が見習うべきところは数多くあります。ただ一方で、人権侵害につながるような構造的問題があるわけですから、日本も含めたグローバルな法秩序のあり方を考えるのであれば、やはりEUの問題も問われなければなりません。

国際機構論という専門領域で大切にされている点はどのようなものですか?

日頃、国際機構や機構間関係のあり方について研究を行っていますが、私の立脚点はつねに個人にあります。国際難民保護において国際機構はしばしばきわめて重要な役割を果たしていますが、その中で個人がどのような役割を担っているのかを改めて検討し、個人を主役に難民保護のあり方を描き直す方途を考えなければならないと思っています。難民という言葉には「民」の字が入っていますが、国家や国際機構の役割を主に検討してきたこれまでの難民研究は、個人のことを必ずしも見てこなかった側面もあります。何らかの理由があって、もともと居た場所から移動せざるを得なかった移動者一人一人の立場や目線が、どのように国際的な政策に反映されていくのか、あるいはされないのか。されないならば、なぜなのか。そういうことを考えていかなければならないと思っています。

個人を見ていくために、国際機構のあり方や連携の仕方が問われる部分もあるのでしょうか?

一般に、国際機構は国家がつくるものだという前提があります。そこで思考が止まると、国際機構は単なる国家の道具であり、何か不正義が起こったとしても、悪いのは国際機構ではなく、それを作り、使っている国家だということになります。
けれども、実際には国際機構の取り決めや活動が人権侵害を生み出すもとになってしまうこともあり得るわけです。難民一人一人から自由や人生さえも奪うことがあり、人権が毀損されている現実がある。そうであるならば、国際機構をめぐる性善説を一度問い直して批判的な国際機構論を構築していくことが、今、求められていると思っています。
人権という言葉はやはり重要で、その言葉を使って国際機構を語ることで、ミクロな個人が運命を翻弄されてしまう姿や、それに対して異議申立を起こしていく姿にフォーカスを当てることができる。そういう意味で、批判的国際機構論というものがあるのだとすれば、その焦点は個人でなければならないと私は考えています。

今後の目標をお聞かせください。

自分のアイデンティティーはやはり国際機構論にあります。難民研究は、政治学だけではなく、法学、経済学、社会学などを組み合わせた学際的な試みにならざるを得ませんが、その中で私自身は国際機構や機構間関係を批判的に問い直すことを通じて、問題解決へのアプローチに加わっていきたいと考えています。

難民問題にとどまらない大きな視点で将来を見据えていらっしゃるのでしょうか?

そうですね。長期的な展望としては、先ほども申したとおり、「批判的国際機構論」の構築を目指していきたいです。これは「国際機構は何となく正しく、善なる存在だ」という通念を問い直し、国際機構の良い部分は良いと言いつつ、悪い部分を暴き出すための認識枠組です。難民研究には、国際機構と個人との関係を見るための一つの重要局面として引き続き取り組んでいきますが、例えばいま並行して進めているテロ対策研究なども考慮しながら、世界で脆弱な立場に立たされる個人に寄り添える国際機構論を作り上げていければ幸いです。

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