AGU RESEARCH

未来を創るトピックス
ー 研究成果に迫る ー

青山学院大学の教員は、
妥協を許さない研究者であり、
豊かな社会を目指し、
常に最先端の研究を行っています。
未来を創る本学教員の研究成果を紐解きます。

  • 経済学部 経済学科
  • 掲載日 2023/06/26
  • カーボンプライシングの効果を経済学的・定量的に分析
    〜二酸化炭素の排出削減と経済成長の両立を提案〜
  • 松本 茂 教授
  • 経済学部 経済学科
  • 掲載日 2023/06/26
  • カーボンプライシングの効果を経済学的・定量的に分析
    〜二酸化炭素の排出削減と経済成長の両立を提案〜
  • 松本 茂 教授

TOPIC

松本茂教授(経済学部)が第55回(2022年度)市村地球環境学術賞で「功績賞」を受賞

研究のポイント

早稲田大学 政治経済学術院 有村俊秀教授、京都産業大学 経済学部 武田史郎教授との共同研究で、欧米各国に比べ、日本では社会への浸透が遅れている点が指摘されているカーボンプライシング政策に関して、その有効性を経済学的な視点から定量的に分析。さらに今後に対する政策提言を行い、経済活動を大きく停滞させずに排出削減を実現するための方法を提案しています。

イラスト:矢印

トピックを先生と紐解く

松本 茂 教授

経済学部 経済学科

筑波大学 第二学群 農林学類卒業。筑波大学大学院 環境科学研究科 修士課程、ノースカロライナ州立大学大学院 経済学専攻 博士課程修了。ノースカロライナ州立大学 Ph.D.(Economics)。専門分野は環境経済学、農業経済学。省エネ化や食生活といった日常生活に関連する問題を題材に取り上げ、経済学的視点から深く掘り下げ、分析をしている。

ミクロデータを使って、家計に対するカーボンプライシング政策の影響を定量的に分析

アンケート調査を行い、世帯や個人に関する経時的な消費動向も粘り強くフォローし、パネルデータ化して分析

特定の個人に著しい不利益を及ぼさずに温暖化対策をすすめる方法を具体的に提案

市村賞とはどのような賞なのでしょうか?

市村賞自体は55年続いている賞で、もともとは実業家の市村清氏が、産業あるいは学術分野の進展に多大な貢献をして、産業の発展に成果をあげた人を表彰するものとして創設しました。その中で、今回私たちがいただいた地球環境学術賞は、2018年の第51回から始まり、これまではすべて理系の研究者の方々が受賞されてきました。今回の授賞式の際に、審査委員長の小宮山東大元総長がおっしゃっていたのですが、今は私たちがエネルギーを使わない生活をすることはないので、環境問題は(理系領域だけではなく)あらゆる分野に関わってくるテーマであるということから、今回は文系も含めて審査の対象にされたということだと思います。

今となってはテクノロジーだけで環境問題を考える時代ではないということでしょうか?

エネルギーの話で考えるのがわかりやすいと思いますが、省エネ分野の研究領域には「ジェヴォンズのパラドックス」と呼ばれる話があります。産業革命当時、1865年にイギリスの経済学者ウィリアム・スタンレー・ジェヴォンズが書籍に記したものですが、例えば、技術革新を起こして省エネを進めれば、実質的にエネルギー消費のコストが安くなります。これまでエネルギー代に2,000円かかっていたものが、1,500円で済むようになる。そうすると安くなった分だけ、さらに何かを製造したり、道具を使ったりするようになります。結局、省エネ技術で安くなったら、消費量が増えるだけで省エネにはつながらない、これが「ジェヴォンズのパラドックス」です。エアコンを進化させても、テレビを進化させても、結局は人間の”behavior”(ふるまい)の話もセットで考えなければ、エネルギー消費に関する問題は改善できないという視点がこの数年でさらにクローズアップされてきて、経済学の研究領域ともかなり内容がオーバーラップしてくるので、今回の市村賞に見られるように、工学的な領域だけで環境対策を考える時代から変わってきているのだろうと感じています。

環境経済学は新しい学問ということでしょうか?

環境経済学という学問が打ち立てられたのは、1970年代後半頃のアメリカだと思います。その後、ヨーロッパでも1980年代後半に活発になり、日本では今回ともに受賞した早稲田大学の有村俊秀先生が会長、私が副会長を務めている「環境経済・政策学会」が設立されたのが1995年ですから、それからおよそ30年ぐらいですね。そういう意味では、マクロ経済学や労働経済学など古くからある分野と比べれば、立ち上がったばかりの新しい領域と言えるかもしれません。

環境経済学とはどういった学問でしょうか?

もちろん経済学の一分野ではありますが、社会保障の問題が含まれていたり、経済学でありながら環境学的でもあったり、あるいは政治学的、場合によっては経営学の要素も含まれます。先ほど申し上げた「環境経済・政策学会」にも、経済学を研究する先生だけではなく、情報工学を専門とするエンジニアの先生もいれば、法学を専門とする先生や、政策系の先生もいますので、非常に学際的なニュアンスの強い学問になりますね。

環境経済学と古典的な経済学との差異はどのようなところにありますか?

経済学というのはどうしてもパターン化しやすい傾向にある学問です。精緻に研究しようとするほど、過去のパターンに現象を当てはめるような、ある意味演繹的なところがあります。前提として、経済学には数学的な経済理論モデルがあって、人間の行動パターンをデータ分析するとなると、その分析に適するようなデータを集めて、分析をします。そして、実際にはどのようなパターンが存在するかどうかを確認するという傾向があります。それほど、これまでつくられてきた経済モデルというのが強力でした。
しかし環境経済学もそうですが、経済学の新しい世界では、そうした理論的な見方はひとまず置いておいて、「まずは行動を見てみよう」というスタンスになってきました。今回、私が担当したカーボンプライシング政策が家計領域に与える影響の分析なども、まさに、まずは家計における消費の傾向を見て考えてみようというアプローチになっています。

そうした変化には「行動を見る」ことが可能になったという背景もあるのでしょうか?

これはおそらく環境経済学を研究してきた先輩方のおかげだと思います。まずアメリカでデータ分析などが進んだのは、情報の開示が日本よりもずっと進んでいたという背景があります。おそらく1980年代半ば頃から家計・個人単位で集めたデータに申請すればアクセスし、分析に利用することができるようになりました。ですから、各家庭の家族構成やその家族個々の消費行動などが、その頃から研究に利用できました。イギリスでもそうです。ところが日本は、もちろん役所でそのようなデータを集めてはいましたが、それは政策目的に使うものだと定められているということで、研究のために利用させてもらうまで時間がかかりました。研究者の先輩方が粘り強く交渉してくれたおかげで2000年代頃から、状況が劇的に変わり、ようやく少しずつデータを研究に使えるようになり、「行動を見る」ことが可能になりました。

ただ、データが集まるからと言って自動的に論文になるわけでもないと思います。

そうですね。データ自体が貴重なので、そのままで生かせるものもありますが、工夫をしてやっている場合もありますので、どちらとも言えますね。例えば、環境省からもエネルギー消費に関するデータをもらえるようになりましたが、月ごとに「電気代」とされた数字が出てきたとします。けれども、それだけでは使用量は分かりませんから、電気代の変動や地域ごとの価格を調べる必要も出てきます。そうした細かな部分の変化にもしっかり注意を配る必要がありますね。
今回の研究ではさまざまなアンケート調査を行いながら、同一世帯を約4年間フォローして、行動パターンや電気代の変動などを踏まえつつ、家計に関するリサーチをしました。一つの軸に同じ家庭・人を置き、もう一つの軸に消費動向を置いてパネルデータ化することで、社会状況などに変動が起きた際に、どのように行動するかといったことを調べました。そのように貴重なデータを生かしつつ、独自に工夫することで、カーボンプライシングなど省エネ対策を行った場合、家計にどの程度の影響が及ぶかを予測し、どのぐらいの省エネが期待できるかを検討しました。

家計と省エネの関係について、これからについてどのように考えていますか?

今回、家計におけるエネルギー消費の調査ということもあり、寒冷地にも何度か足を運びました。やはり暖房というのはエネルギー消費を考えた際に非常に大きな要素なんですね。その中で寒冷地の市役所の方に「どのような暖房費の助成制度があるか」などの話を聞くこともしたのですが、小さな自治体などに行くと省エネ問題について考えている方が少ないように感じました。
もちろん、省エネの重要性は理解しているけれど、日常の中ではなかなかそこまで意識が及ばないというのが実態だと思います。なので、まずはその意識を変えることが大事だと考えています。

小さなところからでも変えていくために大切なことはなんでしょうか?

やはりまずは考えることですね。今回の研究では、政策が家計に与える影響などを考察しましたが、そのような視点で考えた場合、個人がエネルギーをどんな目的で使っているのかを考える必要があるということを最近は思い始めています。例えば、暖房費といったものは我々が生活していく上で必要不可欠なわけです。それ以外にも人間が生活していく上では欠くことのできない要素というのが、エネルギー消費にはたくさんあります。生活のためには、エネルギーは必ず使わざるを得ないわけです。
一方で、極端な例ですが、裕福な方がレジャーで使うクルーザーはどうしても必要かというと、必ずしもそうではないとも考えられます。そこで今後は単純にエネルギー消費に課税するというよりも、その使い道に合わせた課税の仕方なども必要になってくるのではないかと思います。

一言で家庭でのエネルギー消費とまとめるのではなく、細かな点を見ることが大事なのですね。

それから、世帯の問題も大きいですね。やはり世帯の大きさというのはエネルギーの話をする上ですごく大きな要素で、照明や暖房というのは家族でシェアできるじゃないですか。電気代という点では冷蔵庫は非常に大きいんですが、これも家庭でシェアできる。けれど今は単身世帯が非常に増えていて、エネルギーをシェアせず、個別で消費するので、エネルギー効率がどんどん落ちていきます。一人暮らしという点では、高齢者の一人暮らしはもっと影響が大きくて、自室での滞在時間が長く、空調なども非常に多く使われるケースが多いので、エネルギー消費に対するインパクトが非常に強いんですね。環境経済について考える場合は、こうした社会問題も一緒に考えていかなければなりません。

家庭での省エネを進めるために、これまで海外で試行された施策などもあるのでしょうか?

電気の供給というのはピーク時に合わせてその供給量を調整しなければなりませんから、ピークを低く抑えることに意味があります。そのために、時間ごとに電気代の負担率を変えるような試みは世界中で行われています。例えば、夜11時以降の電気代を少し安くすることで、洗濯などを夜中にタイマーでしてもらうようにするとか。ただ、スウェーデンでは、この政策によって、夜中の洗濯のために、就寝時間が遅くなって負担が増えたという問題が起きたと言われています。

エネルギー消費を抑えるということは、どこかに不便が生じることでもあるんですね。

そうですね。産業革命当時から、時間を節約するために、エネルギーが消費されていると思います。なので”behavior”を改善して、エネルギー消費を抑えるということは、どこかに不便が生じることを社会として許容するかということにもなります。先ほどの洗濯の話のように、エネルギー消費を抑えたり、調整したりするために、個人の負担が増えることは望ましいことではないでしょう。今後も若い研究者の先生方と一緒に、これからの社会がどうあるのが望ましいかを考えながら、家庭におけるエネルギー消費についても考えつづけていきたいと思います。

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