AGU RESEARCH

未来を創るトピックス
ー 研究成果に迫る ー

青山学院大学の教員は、
妥協を許さない研究者であり、
豊かな社会を目指し、
常に最先端の研究を行っています。
未来を創る本学教員の研究成果を紐解きます。

  • 会計プロフェッション研究科 会計プロフェッション専攻/プロフェッショナル会計学(併任)
  • 掲載日 2024/05/31
  • 課税所得計算と企業会計の相違点を多角的・多面的に考察
  • 小林 裕明 教授
  • 会計プロフェッション研究科 会計プロフェッション専攻/プロフェッショナル会計学(併任)
  • 掲載日 2024/05/31
  • 課税所得計算と企業会計の相違点を多角的・多面的に考察
  • 小林 裕明 教授
TOPIC

小林裕明教授(会計プロフェッション研究科)が著書「課税所得計算と企業会計の接点と乖離」で「第32回租税資料館賞(著書の部)」を受賞

評価のポイント

変化のスピードが速い経済環境において新たな経済取引が創出されるのに伴い、企業会計の処理も多様化し、従来の課税所得計算の考え方とは乖離が広がっています。そうした状況が生み出すさまざまな論点を、体系的かつ多角的・多面的に提示している点に高い価値があると評価されました。

実務と学究の両立

本書では具体的な事例をていねいに積み重ねて研究することで、会計や税の賦課徴収といった「実務」と学問的な分析である「学究」の両面において、小林教授の実務経験も踏まえたうえで非常に論理性の高い記述がなされています。

イラスト:矢印

トピックを先生と紐解く

小林 裕明 教授

会計プロフェッション研究科 会計プロフェッション専攻/プロフェッショナル会計学(併任)

東京大学 経済学部卒業。1992年国税庁入庁。以後、岩国税務署長、国税庁審理室課長補佐、岡山大学大学院教授、仙台国税局課税第二部長等を歴任。在職中、国税庁在外研究員として、ゴールデンゲート大学大学院修士課程修了、修士(租税学)。2013年4月より現職。専門分野は租税法、税務会計。長く課税庁に勤務してきた実務家としての知見を生かし、自らの経験を踏まえた実務に役立つような専門的・実践的な内容で学生を指導。

企業会計と課税所得計算との間の基本思考の差異を中心に研究

会計のパラダイムシフトや基準の国際化に対し、伝統的な税の考え方との乖離が拡大

両者の関係を明確化することで、納税者・行政の予測可能性が向上し公平な課税の実現へ

第32回租税資料館賞(著書の部)の受賞はどのような点が評価されたとお考えですか?

本書では企業会計と法人税法の下で行われる課税所得計算との基本思考の差異を解明するため、課税事例を素材にして両者のギャップに焦点を当てて論じています。この書籍は租税資料館から研究費助成を拝受して2023年3月に出版したものですが、そのタイミングで租税資料館賞候補著書の募集に応募したところ光栄にも選出していただきました。
税法も企業会計もかつて定められたものがいつまでもそのまま通用するものではなく、経済活動の中から新しい取引事例が編み出されるたび、新たな視点や考え方が必要となってきます。この分野を研究していく上では、実務の中に素材を求め、それを学術的に分析していく作業の必要性を認識しています。私の官庁における実務経験と、そこから得た疑問や知見を出発点として研究を進めていった点を評価していただけたのだと感じています。

企業会計と課税所得の計算の間にある差異を重視されたのは、どのような理由でしょうか?

わが国の課税所得の計算は「確定決算主義」を取っています。確定決算主義とは、株主総会で承認された決算書の数値をもとに課税所得を計算する仕組みを指します。会社にとって決算書(財務諸表)を作り株主総会で報告するのは法律上の義務なので、法人税法はその社会インフラに乗って所得の算定を行っています。決算書は、会計基準に従って作りますので、会計基準が変われば税の計算にも直ちに影響してしまうという基本構造を持っていることになります。
ところが、その前提となる企業会計が、この四半世紀で大きな変革の道をたどっています。わが国の会計基準が国際財務報告基準(IFRS)へ接近(収れん)し、近年はこれをわが国の財務報告制度における会計基準として適用する企業が増えています。財務報告の目的も投資情報としての有用性が求められており、その有用性を向上するために将来予想や見積りを織り込んだ会計処理が考案され、会計処理の内容は大きく様変わりしています。

会計数値の変容は、確定決算主義の下で企業利益を出発点としている課税所得計算にも少なからず影響しています。もちろん、新たな会計基準が公表される都度、法人税法は会計基準の処理が課税所得計算に適合するものかどうかを判断しながら、税制改正を行って対応しています。しかし、現下の企業利益が課税適状な担税力を有しているか、主観的な見積りを加味した数値を課税の所得算定の前提としてよいかといった点は、絶えず問われなければなりません。企業会計のダイナミックな変容に対し課税所得計算がどこまでそれを採り入れていくのかが、税務会計分野の研究において根本的な課題であると考えています。

時代に合わせて変わる企業会計と税法のあり方にはギャップがうまれやすいのでしょうか?

そもそも会計と税とでは、利益に対して真逆のインセンティブが働きます。企業に多くの投資を呼び込むためには、投資家に対して利益を大きく見せる必要があります。一方で税額のことを考えれば、利益を可能な限り小さく見せたいという思考が働きます。開示情報としての利益は大きく、所得申告の場面では小さく見せたいという相反する欲求が生じます。
これを抑制するために、企業会計では、将来予想される費用・損失の早期計上を求める処理を要求したり、新しい収益認識の会計基準においては、将来の収益の減額リスクを織り込んだ金額の算定方法が規定されています。一方、税はもっぱら法的安定性を重視し、極力予想や見積りで収益や費用を計上しない法律関係の確定が求められています。会計基準がより進化し、将来のリスクを先取りするような処理を取ろうとすると、どうしてもこの税の確定主義と抵触してくることになるのです。

税の分野で国際的な合意が行われ、税制が大きく変わると報じられています。

デジタル経済が進展すると、GAFAMに代表されるデジタルプラットフォーマーは、支店や営業所など物理的な拠点を設けずに外国市場に参入することが可能です。すると、そういった物理的拠点の存在を納税義務のメルクマールとする従来の課税ルールが意味をなさなくなってきました。また、デジタル経済において収益の源泉である無形資産の重要性が高まると、企業は重要な無形資産を軽課税国に移転して使用料を払うことで所得を圧縮することが可能になります。
こうしたデジタル経済の特性に対応するため、OECDとG20が共同で新しい課税ルールを策定し、大筋で合意が行われました。これは、巨大デジタル企業が市場国で得た超過利益を市場国間で配分するという画期的な内容です。この新しいルールを踏まえて各国が制度化を進めているのですが、各国の利害や政治的対立があって実現には相当な困難が予想されています。
国は固有の課税権を持つ存在で、税法は基本的にドメスティックなのですが、会計基準と同様、グローバル化に伴って国際的な動きに同調するように税法も大きな変革を迫られているのです。

会計と税の違いを研究する上で、両者はどのようにあるべきだと考えますか?

会計基準と法人税法に基づく課税所得計算の差を完全に埋めることはできないし、そもそも会計と税とでは立ち位置が違うので本質的な差異はむしろあって当然だと思います。しかし、両者の差異が拡大すると、実務的な混乱が生じその差を埋める調整計算に多大な手間とコストがかかるでしょう。
私は、現在の確定決算主義という、企業会計をベースとする課税所得計算の在り方がわが国の社会経済にとって効率的であり、基本的にこの仕組みを維持すべきであると考えています。この仕組みは、課税所得計算と企業会計との異同を明確にしてこそ、安定的に運用していけると思います。その点にこの研究課題の社会的意義があると信じて、今後ともこのテーマに関する研究に取り組んでいきたいと思います。

研究者という現在の立場と、中央官庁で働いていたころの実務家の立場とはどんな違いを感じていますか?

今回の書籍にまとめたものは、これまで専門誌に隔月で連載してきた原稿がベースになっていますが、少しずつ研究を進めていく中で私自身も改めて気付かされた部分が大いにあります。国税庁の担当者として実務に没入していた時にはなかなか見えず、こうして立場を変えて外から見ることによって気付くことは数多くあります。また、霞が関にいると、社会的に大きな影響を及ぼすような案件に迅速かつ正確に対応することが求められます。それは言葉を換えると受動的、反射的な対応となり、残念ながら時間をかけて、じっくりと踏みとどまって先行きを考えることは難しいのが現実です。
しかし、今こうして大学に身を置くと、役所の中ほどタイムリーに情報が流れてくるわけではありませんが、考える時間は当時と比較すると豊富にあります。論文を書くのに時間をかけて考察しなければ理屈が見えてこないこともあります。生真面目な小役人だった半生と現在の仕事とでは、モノを考え結論を出す作業は一緒ですが、意識やペース配分が全然違いますね。

これから長期的にはどのような研究を進めていきたいと考えていますか?

今回の受賞の対象となった研究は、主に自分が経験してきた著名な課税訴訟事件に照らし、そこから課税所得計算と企業会計の相違を掘り起こして解明していったもので、自分の研究の中での位置付けとしては、いわば各論に相当するものです。この研究の内容を総括し、両者の共通点と差異の大きな枠組みを理論的にまとめていきたいというのが今後の研究課題です。できれば、企業会計と課税所得計算の関係性を表すルールというか、原則といったことをまとめていきたいと考えています。場合によっては、立法を見据えた提言なども必要かもしれません。
課税の公平を確保することは、執行機関の立場からすると「生命線」とも言うべき最も重要なテーマです。現在はアグレッシブなタックスプランニングによって納税を巧みに回避する企業行動が外資系を中心に見られますが、それを放置することは納税意識の低下につながります。一方で、きちんと納税する企業にとっての納得感も非常に大切です。企業側が納得できる形で正しい納税が行われ、国民全体の公平感が保たれる適正な課税を実現していくことにもつながると思い、現在の研究をさらに進めていきたいと思います。

最後に、会計や税を学び専門職を目指す学生の方々にメッセージを

これから会計や税を学ぶ皆さんに対しては、社会経済への関心を広く持ち、興味を持ったら自分でしっかり調べ、数字の背景にある意義や制度の趣旨、成り立ちを考える習慣を身につけてもらえたらと思います。その反復がきっと思考力を磨いてくれることでしょう。私の所属する会計プロフェッション研究科は、理論と実務がバランスよくミックスされた刺激的な学習環境を提供できると思います。自分の進路を定めるために、自ら文献を当たったり、勉強会に出たり、先輩を訪ねたりしながら情報を集め、将来に役立てていってもらいたいですね。

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