AGU RESEARCH

未来を創るトピックス
ー 研究成果に迫る ー

青山学院大学の教員は、
妥協を許さない研究者であり、
豊かな社会を目指し、
常に最先端の研究を行っています。
未来を創る本学教員の研究成果を紐解きます。

  • 理工学部 化学・生命科学科
  • 掲載日 2026/06/23
  • 高機能性フォトクロミック分子開発で誰も見たことのない現象に挑む
  • 阿部 二朗 教授
  • 理工学部 化学・生命科学科
  • 掲載日 2026/06/23
  • 高機能性フォトクロミック分子開発で誰も見たことのない現象に挑む
  • 阿部 二朗 教授

TOPIC

阿部二朗教授が高速フォトクロミック分子の開発で、高機能性フォトクロミック分子研究を国際的に牽引

フォトクロミック分子開発とは

量子化学計算に基づき、光照射によって分子構造と色が可逆的に変化する「フォトクロミック分子」を設計・合成する研究分野です。阿部教授は2000年代以降、数々の画期的な分子の開発を通じて、この分野に大きな進展をもたらし、国際的にも高い評価を受けながら世界の研究を牽引しています。

世界的な注目度

その象徴的な成果の一つが、化学分野で特に権威ある米国化学会(American Chemical Society)の学術誌『Journal of the American Chemical Society』への複数回の掲載です。同誌は、新規性・独創性が極めて高く、化学研究において重要な価値を有すると認められた研究成果が掲載される国際的な学術誌です。阿部教授の研究は、2009年の論文「A Fast Photochromic Molecule That Colors Only under UV Light」を皮切りに、同誌に複数回掲載されており、その成果は国際的にも高く評価されています。

評価のポイント

調光レンズなどに活用されているフォトクロミック分子は、光を当てることで単に色が変化するだけではなく、分子構造そのものが可逆的に変化するという特徴をもっています。この性質を生かし、今後は表示材料、記録媒体、センサーなど、さまざまな分野への技術的応用が期待されています。阿部教授は、色が変化した後に光を遮断すると瞬時に元の状態へ戻る「高速フォトクロミック分子」の開発に取り組んできました。これらの研究成果は、将来的な応用につながる基盤技術として、国内外で高く評価されています。


イラスト:矢印

トピックを先生と紐解く

阿部 二朗教授

早稲田大学理工学部応用化学科卒業。早稲田大学大学院理工学研究科応用化学専攻修士課程ならびに博士後期課程修了。工学博士。複数の大学での助手、専任講師、助教授を経て、2003年4月に青山学院大学理工学部化学科に助教授として就任。2010年10月より、本学理工学部化学・生命科学科(学科改組)教授。専門分野は光化学、物性化学、機能分子化学、構造有機化学。機能性分子材料の創製および物性化学や有機フォトクロミック分子を主な研究テーマとして掲げる。

フォトクロミック分子とはどんなものですか?

フォトクロミック分子とは、光、主に紫外線のエネルギーを受けることで分子の形、すなわち構造が変化し、それに伴って色、正確には光の吸収の仕方が可逆的に変わる性質をもつ分子です。身近な例としては、紫外線が当たると色が濃くなる調光レンズ、いわゆる調光サングラスがあります。これは、レンズの表面にフォトクロミック分子を含む膜がコーティングされているため、屋外で紫外線を受けると色が変化する仕組みです。

手元に調光サングラスがあれば、レンズの表面と裏面に光を当てて、レンズの色が変化する様子を比べてみてください。裏面に光を当ててもレンズの色が変わらないことで、表面だけにフォトクロミック分子の膜が塗られていることがわかります。裏面から光を当てても、レンズは紫外線を吸収してしまうため、表面には紫外線が到達しないためです。フォトクロミック分子はこのほかにも、光で色が変わるネイル用品や衣類などにも利用されており、かつては屋外に出ると色が変わるスキーウェアなどにも応用されていました。

透明なレンズに紫外線を当てると色が変わっていく様子

フォトクロミック分子はどのようなことに用いられるのでしょうか?

フォトクロミック分子は、単に色が変わるだけではなく、光によって分子の形、すなわち構造そのものが変化するという特徴をもっています。この性質を利用すると、分子を二つの異なる状態の間で切り替えることができます。例えば、それぞれの状態をデジタルデータの「0」と「1」に対応させれば、光で情報を書き込み、消去できる光記録材料として利用することが可能になります。また、光刺激によって動作する分子マシンや光メカニカル材料、光に応答して形や性質が変わるナノ構造体、光で機能を切り替えられる触媒など、さまざまな先端分野で研究が進められています。さらに、細胞内の微細な構造を高精細に観察する技術や、光によって生体機能を制御する技術など、医療・生命科学分野への応用も期待されています。

近年では、フォトクロミズムを利用して太陽光エネルギーを化学エネルギーとして蓄える「蓄熱技術」も注目されています。例えば、無色のフォトクロミック分子に太陽光を当てると、分子構造が変化し、色のついた状態になります。この状態は元の無色の状態よりも高いエネルギーをもつため、そのまま維持することでエネルギーを分子内に蓄えることができます。そして、エネルギーを利用したいタイミング、例えば、太陽光発電ができない夜間などに、分子を元の安定な無色状態へ戻すと、不安定な状態から安定な状態に戻る際のエネルギー差が「熱」として放出されます。この熱を利用することで、発電や暖房などへの応用が期待されます。このように、フォトクロミック分子は、情報記録、エネルギー利用、医療・生命科学など、幅広い分野での応用が期待される注目の分子材料です。

先生の研究室で開発された高速フォトクロミック分子はどのようなものですか?

フォトクロミズム、すなわち光によって分子の構造と色が可逆的に変化する現象は、古くから知られていました。しかし、従来のフォトクロミック分子には、一度色が変わると元の状態に戻るまでに数分程度を要するものも多く、反応速度の遅さが応用上の大きな課題でした。

私たちの研究室では、この課題にいち早く取り組み、2005年に、室温で約180ミリ秒という極めて短い時間で元の無色状態に戻る、世界初の高速フォトクロミック分子を開発しました。これは、まばたきよりも短い時間で色が消える画期的な分子です。さらに2008年には、反応速度を一層高めた第二世代の高速フォトクロミック分子の開発にも成功しました。

これらの成果は、フォトクロミック分子の高速応答化を世界に先駆けて実現したものであり、化学分野の権威のある学術誌「Journal of the American Chemical Society(JACS)」に掲載されました。また、その新規性と応用可能性の高さから、各種メディアでも画期的な技術として大きく紹介されました。

それほど大きな話題となったのは、なぜでしょうか?

大きなポイントは、分子の色や形といった状態をミリ秒単位で高速に制御できるようになったことです。例えば、調光レンズを思い浮かべてみてください。自動車の運転中、色のついたレンズのままトンネルに入ると、視界が急に暗くなってしまいます。しかし、高速で元の無色状態に戻るフォトクロミック分子を用いれば、トンネルに入った瞬間にレンズが素早く無色に戻り、明るく見やすい視界を保つことができます。また、色の変化を高速で制御できることは、映像や表示技術への応用にもつながります。例えば、2011年に私たちの技術がメディアアーティストの真鍋大度氏の作品制作に活用されました。

ホログラムとは、物体の空間情報をもつ物体波と参照光を干渉させて、その干渉縞を記録材料に記録したものですが、普通のホログラムは、固定された「静止画像」として表示されます。一方、高速フォトクロミック分子を用いれば、干渉縞を高速に書き換えることが可能になります。実際に、私たちは世界で初めてとなるフォトクロミックフィルムを用いたホログラム動画を実現することに成功しました。

このように、発色状態と無色状態を高速で制御できるようになったことで、フォトクロミック分子の応用可能性は大きく広がりました。その点が、本研究が大きな注目を集めた要因の一つだと考えています。

その後、高速「逆」フォトクロミック分子も世界で初めて開発されていますね。

通常のフォトクロミック分子が光によって色づくのに対し、光を当てると色が消える性質をもつ分子は「逆フォトクロミック分子」と呼ばれます。このような分子は自然界にはほとんど存在せず、人工的に合成された例も限られていました。さらに、従来の逆フォトクロミック分子は、色が回復するまでに長い時間を要するものが多く、高速応答性の実現が大きな課題でした。私たちは研究を進める中で、光を当てると極めて短時間で色が消える分子構造を偶然発見しました。

この成果をまとめた論文も、先の高速フォトクロミック分子開発と同様に、JACSに掲載され、多くの研究者から注目を集めました。現在では、ヨーロッパの研究者を中心に、私たちが開発した分子を基盤とする研究が広がっており、関連する論文発表も活発に行われています。

この技術も応用可能性が大きく広がっているのでしょうか?

従来のフォトクロミック分子は、光を受けると発色する、つまり色がつく性質をもつため、照射した光が物質の表面付近で吸収されやすく、物体の内部まで光が十分に届かないという課題がありました。そのため、フォトクロミック反応は主に表面近くで起こるにとどまっていました。

一方で、高速逆フォトクロミック分子は、光を当てることで逆に色が抜ける性質をもつため、光が物体のより深い部分まで届きやすくなります。さらに、人の目には見えない近赤外光を用いて色を消すことも可能で、まるで手品のように色を自在に操る不思議な現象を実現できる点が大きな特徴です。

この特性を活用すると、例えば液晶材料の中に高速逆フォトクロミック分子を組み込み、光によって分子の形を変化させることで、それに連動して液晶分子の配列やらせん構造のピッチを変化させることができます。その結果、液晶が反射する光の波長、すなわち私たちの目に見える色を自在に制御できるようになります。こうした仕組みは、従来のように電気信号で表示を制御するディスプレイとは異なり、光信号によって色や映像を描き出す新しい表示技術へと発展する可能性を秘めています。将来的には、消費電力を大幅に抑えた次世代ディスプレイや光制御型表示材料への応用が期待されます。

こうしたさまざまな分子の開発はどのように行われるのでしょうか?

新しい分子を生み出す研究は、まず頭の中で「どのような機能をもたせたいか」を考え、それを実現する分子構造を思い描くことから始まります。次に、その構造をもとに量子化学計算を行い、どの波長の光にどのように応答するか、どのくらいの速さで元の状態に戻るのかなどを予測します。その結果、「これはいける」と判断できた場合に、初めて実際の合成作業へと進みます。この過程で特に難しいのが、机上で設計した未知の分子を、どのような手順で実際に作り出すかという「合成ルート」を一から考えることです。反応の実現性や難易度、さらに使用できる試薬の制約などを考慮しながら、まるでパズルを解くように合成工程を組み立てていきます。一つの反応ステップに数週間を要することもあり、目的分子の合成には数ヶ月から数年かかることも珍しくありません。さらに、長い時間をかけて目的の分子を合成できたとしても、実際に光を当ててみるまでは、期待どおりの性質を示すかどうかは分かりません。新分子の開発は、緻密な設計と地道な実験、そして多くの試行錯誤を積み重ねる研究です。

阿部研究室に設置されている超伝導高分解能核磁気共鳴装置(NMR)

そんな苦労のある研究の醍醐味はどんなところに感じられていますか?

どれほどの苦労があっても、最終的に光を当てたときに、分子が予想どおり、あるいは予想を超える反応を示した瞬間の喜びは計り知れません。私は「まだ世界の誰も見たことのない、オンリーワンの現象を発見すること」に大きな魅力を感じています。その喜びこそが、研究を続ける原動力になっています。もちろん、既存の成果を改良し、実用化やスケールアップへとつなげる研究も非常に重要です。しかし私自身は、まったく新しい領域を切り拓くことこそが、研究の醍醐味だと考えています。その喜びを味わうために、日々研究に取り組んでいます。

これから先はどのような研究を進めていきたいと思っていますか?

現在は、単に色が変わるだけでなく、光によって磁性、すなわち磁石としての性質や、分子の動き、さらには分子同士の集まり方まで制御できるような、多機能な分子システムに関心をもっています。分子は、原子同士が結びついてできています。分子の形が変わるということは、原子同士の結びつき方が変化することを意味します。通常、原子同士は2つの電子がペアになることで結びついており、この状態では磁性が打ち消し合っています。しかし、フォトクロミック反応を利用して、この結びつきを光で切ったり、再びつなげたりすることができれば、電子スピンの状態を変化させ、光で分子の磁性を自在に操ることができるようになります。このような研究は「電子スピンの光制御」と呼ぶことができます。

今後は、こうしたスピン状態の制御技術を、分子エレクトロニクスや生命科学との接点へと発展させていきたいと考えています。例えば、光によって生体機能を制御する技術や、細胞内で起こる現象をより高精細に観察する技術の実現にも大きな可能性を感じています。もともと私自身は量子化学の研究に取り組んでいたこともあり、化学と物理、特に量子科学が重なり合う領域に強い関心をもっています。その境界領域から、これまで誰も見たことのない新しい現象を生み出していくことが、私の大きな研究テーマです。

これから研究に向き合う受験生や大学生へメッセージをお願いします。

研究の最大の魅力は、まだ誰も知らない未知の現象に出会い、自分の力で新しい発見に近づけることです。もちろん、実験は思いどおりにいかないことのほうが多く、失敗や試行錯誤の連続です。しかし、その先には、予想を超える発見に出会える瞬間があります。それこそが、科学を探究する大きな醍醐味だと思います。私は研究室の学生に対して、毎週レポート提出を課すなど、少し厳しい指導をしています。それは、日々考え、記録し、振り返る習慣が、研究者としての思考力を鍛え、将来の大きな成果につながると考えているからです。実際に、私の研究室の学生たちは、これまで多くの研究成果を論文として発表してきました。

高校までに蓄えた知識を「星」に例えるなら、大学での研究では、その星と星をつなぎ合わせ、自分だけの「星座」を描く思考力が求められます。大切なのは、「なぜだろう?」「面白そう」と感じる知的好奇心です。自分だけの問いを見つけ、粘り強く考え、挑戦し続ける経験は、将来、どのような道に進んでも、必ず大きな力になります。
ぜひ皆さん、挑戦することを楽しんでください。

※掲載されている人物の所属や役職、研究内容は、
原則取材時のものです。

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