青山学院大学の教員は、
妥協を許さない研究者であり、
豊かな社会を目指し、
常に最先端の研究を行っています。
未来を創る本学教員の研究成果を紐解きます。
青山学院学術賞とは
専門分野の研究において学術の進展に寄与すると認められる業績を発表した青山学院の専任教員に授与される賞です。栗原教授が受賞した2025年度の学術賞では、大学・大学院から5名の教員が、これまでの体系的な研究や著書が評価され、受賞しました。
評価のポイントは
センシング技術や信号処理といった基盤技術を確立しつつ、それらを多様な領域に幅広く応用している点、さらに研究成果の応用先が人や社会の課題解決に直結しているため、社会的メリットが明確に理解しやすい研究である点が評価につながったと考えられます。

トピックを先生と紐解く

栗原 陽介教授
法政大学工学部システム制御工学科卒業。日立ソフトエンジニアリング株式会社システム事業部での勤務を経て、法政大学大学院工学研究科システム工学専攻へ進学。同研究科修士課程および博士課程を修了。博士(工学)。成蹊大学理工学部情報科学科助教を経て、2013年に青山学院大学理工学部経営システム工学科准教授に就任。2019年より同教授。専門はシステム工学、センシング工学。著書に『ヒューマンロボティクス 神経メカニクスと運動制御』(監修・翻訳)、『人工知能を用いた五感・認知機能の可視化とメカニズム解明』(共著)、『高齢者のためのテクノロジー応用』(共著)など。
専門分野はセンシング工学、計測工学、信号処理です。これらを基盤として、人間や設備、環境に関わるさまざまな現象や情報を計測し、その状態や特性を評価する研究に取り組んでいます。中でも、人間の生体情報を測る上で重視しているのが、「無拘束で計測する」センサー技術です。特に高齢者を対象とする場合、スマートウォッチのような機器であっても身体に装着することに抵抗を感じる方が少なくありません。こうした課題を踏まえ、身体に装着することなく生体情報を計測できる高感度センサーの開発を進めています。
もう一つ重要になるのが、実際の生活の中で無理なく使い続けられる技術にすることです。どれほど高性能な技術であっても、コストが高ければ広く普及させることは難しくなります。こうした観点から、性能だけでなく、低コストで実現できることも強く意識しています。
このアプローチにおいて特徴的なのは、秋葉原などで1個10円や50円程度で入手できる汎用的なマイクを基盤として活用している点です。これを独自に改良し、声よりもはるかに低い周波数帯域の感度を高めることで、人間の生体から生じる微細な振動を捉えられるようにしています。安価で大量に流通している部品を活用することで、実用化を見据えたシステム設計が可能になります。こうしたセンサーをベッドの下に設置するだけで、身体に一切触れることなく、睡眠中の脈拍や呼吸といった情報を計測できます。さらに、取得したデータを解析することで、健康状態や生活リズムなど、さまざまな情報を把握することも可能です。このように、センシング技術を通じて、人や社会の課題解決に資する研究を展開しています。

そうですね。分かりやすい例が脈波です。心臓は1秒に1回程度の周期で動いており、その際に発生する振動の基本周波数は、一般的に「音」として認識される周波数よりもはるかに低い帯域に位置しています。このため、こうした低周波の振動を高い精度で捉えられるよう、センサーをチューニングしています。呼吸はさらにゆっくりとした周期で、約5秒に1回程度の振動として現れますが、こうした微細な変化も安定して計測することができます。
一方で、血圧のような指標は、従来は圧迫帯を用いて測定する必要があり、無拘束での直接計測は容易ではありません。そのため、センサーによって取得した心拍情報などをもとに、間接的に推定する手法を用いています。
マイクを採用している理由は、民生品として大量に流通しており、非常に安価である点にあります。センサーを一から開発するとコストが高くなりがちですが、既存の汎用品を適切にカスタマイズすることで、低コストかつ応用性の高いシステムを実現できます。こうした特性は、技術を実社会で持続的に活用していく上でも大きな利点となります。これは本研究の大きな特徴の一つです。
また、IoT(モノのインターネット)やMEMS(微小電気機械システム)といった先端デバイスも併用しながら、安価で身近な技術によってどこまで高精度な計測が可能かを探究しています。こうした工夫そのものにも、研究としての大きな意義と面白さを感じています。

はい。私が最初に取り組んだのは「睡眠段階の推定」です。睡眠は、主観的には「起きてスッキリしている」と感じていても、客観的には十分な休息が取れているかどうかを判断することが難しいものです。そこで、睡眠中に計測した心拍データをもとに、睡眠の質や状態を推定するシステムを開発しました。当時は、まだスマートフォンの睡眠解析アプリなどが普及する以前の段階でしたが、将来的な高齢社会を見据えて、疲労回復や健康管理に対するニーズが高まると考え、この研究に取り組みました。解析結果から「眠りが浅い」などの状態が分かれば、「朝起きたら日光を浴びる」といった一般的な生活習慣改善のアドバイスにつなげることができます。このように、センシング工学を起点として、「デバイス開発」「高精度なセンシング」「ソフトウェアによる解析」、さらに「医療・介護分野における活用」へと至る一連のプロセスを、一貫して研究対象として取り組んできました。

そうですね。例えば、建築分野の計測にも取り組んでいます。一見すると、人間と建築は大きく異なる対象のように思われるかもしれません。しかし、人間を対象とする場合は、「健康管理」、住宅などの建物を対象とする場合は「品質評価」と呼び方は異なるものの、情報を計測し、必要な情報を抽出して評価・提供するという基本的な枠組みは共通しています。
具体的には、市販の差圧センサーを改良し、住宅の気密性を簡易に評価する研究なども行っています。このように、対象が異なっても、センシングと解析の技術を応用することで、さまざまな分野の課題解決に貢献できる点が本研究の特徴です。
研究者には、大きく分けて、自身の専門領域を定めて深く追究していく「深掘り型」と、複数の領域を横断しながら応用の可能性を探る「遊牧型」があると考えています。私はその中でも完全に後者のタイプです。学会や企業の方々との対話の中で「このようなニーズや課題がある」と気付くことが多く、そこから研究テーマが生まれます。大学卒業後に民間企業で研究開発に携わった経験があることから、学術的な視点に加え、ニーズ起点で物事を捉える考え方が身に付いていることも大きいと感じています。また、「現場百遍」という言葉があるように、「現場に足を運んで初めて見えてくることがある」という実感も、研究の方向性に強く影響しています。

応用範囲が多様な領域に広がっている点について、「大変ではないか」と問われることもありますが、実際にはそれほど負担には感じていません。というのも、分野ごとに一から手法を構築しているわけではなく、これまでに確立してきた基盤的なスキームを各領域に展開しているためです。コアとなる考え方や技術は共通しており、その上で対象に応じた調整を行っています。
例えば、新たな応用領域に取り組む場合でも、基礎実験として原理の妥当性を確認する段階であれば、数週間程度で検証を進めることが可能です。もちろん、その後に精度の向上や、企業との連携を見据えた品質の確保といったプロセスには一定の時間を要しますが、基盤部分については比較的短期間で展開できます。
医療や介護、建築など、さまざまな分野の現場の方々と対話を重ねる中で、むしろ現場の側から多くの課題や着想が提示されることが少なくありません。改まって「新しいアイデアを考えよう」と構えても発想は生まれにくいものですが、日常的な対話の中で自然に悩みや課題を共有いただくことで、「こうすれば解決できるのではないか」という着想が得られます。
対話の中から生まれた研究の具体的な例として、「嚥下(飲み込み)機能の測定」があります。高齢者では、嚥下機能の低下により、食べ物や唾液が誤って気道に入り、細菌が繁殖することで誤嚥性肺炎を引き起こすリスクがあります。このリスクを低減するためには、日常的に嚥下機能を手軽に確認できる方法が求められていました。
従来の方法ではX線透視が用いられますが、検査には一定の工程が必要であることに加え、放射線被ばくによる身体への影響もあるため、こうした検査を日常的に繰り返し行うことは現実的ではありません。そこで、これまでベッド下での計測に用いていたマイク技術を応用し、補聴器やネックレスのように首元や耳周辺に装着することで、喉頭の動きや嚥下時の振動を計測し、嚥下機能の状態を日常的に把握できる仕組みを開発しました。
このように、現場の課題に耳を傾け、それに対して技術的にどのような支援が可能かどうかを考えることが、新たな研究テーマの創出につながっています。
実際には、現場へシステムを導入しても、必ずしも活用されるとは限りません。機能が多いほど有用だと考えがちですが、現場は非常に忙しく、新しいシステムの導入自体が負担になることもあります。ある施設で高く評価された機能が、別の施設では「ボタンが2つあると使いにくい」と敬遠されることもあります。こうした経験から、広く普及させるためには、極限までシンプルにし、直感的に操作できる設計が不可欠であると実感しています。
また、情報の見せ方、すなわちユーザーインターフェース(UI/UX)やユーザー体験の設計も非常に重要です。学術的な場では定量的なグラフが重視されますが、現場では「一目で状態が分かる」ことが求められます。例えば、「花が咲いていれば問題なく、しぼんでいれば注意が必要」といったように、直感的に理解できる表現でなければ受け入れられにくいのです。
こうした点から、企業と共同でシステム開発を行う際には、「精度だけでなく、使いやすさや見せ方が普及において重要である」と伝えています。論文として成果をまとめるだけでなく、実際に使われ、利用者に価値を感じてもらえるところまでを見据えることが、研究のモチベーションにもつながっています。
今後のチャレンジとしては、応用分野の拡大に加えて、理論的な基盤をより深めていきたいと考えています。最終的には、誰もが応用的なシステムを構築できるような道筋を示すことを目標としています。センシングによって得られたデータやシステムの振る舞いを本質的に理解するためには、それらを適切に記述する数理モデルの存在が欠かせません。この観点から、微分方程式における数値積分法の誤差や、システムの挙動を表す特性根の幾何学的な歪みといったテーマを扱い、数値計算が本来のシステムの性質にどのような影響を与えるのかを分析する研究にも取り組んでいます。単に「計測した結果」を示すだけでなく、その背後にある現象や構造を理論的に理解することを重視しています。

また、大学の研究者・教員として、研究と同様に重視しているのが、学生の発想を引き出し、それを具体的な形へとつなげていくことです。例えば、工場で使用される圧縮空気の排出時に生じるエネルギーを回収する研究では、「ボルテックスチューブ(圧縮空気を高温と低温の流れに分離する装置)」と「ペルチェ素子(温度差によって発電するデバイス)」を組み合わせることで発電が可能ではないか、というアイデアが学生から提案されました。日頃からさまざまなデバイスに関心を持っているからこそ生まれた着想であり、優れた研究として学会でも評価されています。このように、理論と応用の両面を探究するとともに、学生の柔軟な発想を生かしながら、新たな価値の創出にもつなげていきたいと考えています。

※掲載されている人物の所属や役職、研究内容は、
原則取材時のものです。