青山学院大学の教員は、
妥協を許さない研究者であり、
豊かな社会を目指し、
常に最先端の研究を行っています。
未来を創る本学教員の研究成果を紐解きます。
TOPIC
NEDOとは
NEDOは正式名称「国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構」の略称で、「持続可能な社会の実現に必要な研究開発の推進を通じて、イノベーションを創出する、国立研究開発法人」(機構HPより)です。エネルギー・地球環境問題の解決や本邦の産業技術力の強化に対し、さまざまな分野でプロジェクトをマネジメントし、産官学の研究を後押ししています。
評価のポイント
近い将来、太陽電池モジュールの大量廃棄とそれに伴う産業廃棄物の増加という問題が発生することが見込まれています。一方で今後、国内の発電量における太陽光発電の割合を高めていくことを考えると、太陽電池モジュールのリサイクル技術の確立が大きな課題となってきます。解決に向けた一つのアイデアとして、石河教授らのグループの開発技術に価値があると評価を獲得しました。
トピックを先生と紐解く
石河 泰明 教授
理工学部 電気電子工学科
同志社大学工学部電子工学科卒業。奈良先端科学技術大学院大学 物質創成科学研究科 物質創成科学専攻 博士後期課程修了。博士号取得後、欧米の大学で博士研究員として研究活動を行い、2006年10月からシャープ株式会社に勤務。2010年4月より奈良先端科学技術大学院大学 物質創成科学研究科等の准教授を務め、2020年4月より本学理工学部電気電子工学科准教授、2023年4月より教授。専門領域は太陽電池や熱電変換をはじめとする半導体素子やモジュール構造および信頼性の研究。
近い将来、太陽光発電設備の廃棄物が急増
太陽光発電は今後も発電量増加が期待されている
廃棄物が少なくリサイクルされやすい太陽発電モジュールを開発
さらに高効率な太陽光発電を可能とする太陽電池の研究も
今回の研究課題は「リサイクル容易な曲面・超軽量結晶シリコン太陽電池モジュールの開発」です。
現在屋外で利用されている一般的な太陽電池モジュールは、結晶シリコンを主体としていますが、さまざまな衝撃や温度変化など、屋外の過酷な環境でも壊れにくくするために封止材と呼ばれる樹脂と表面の強化ガラスでしっかり固められています。だからこそ、繊細な電子デバイスであるにもかかわらず、20年以上も屋外に設置され、環境に曝露されていても利用できるわけです。
現在、太陽光発電の導入が世界中で急速に進められていますが、こうした太陽電池モジュールの寿命はおおよそ20〜30年程度と言われていますから、いずれ廃棄物が大量に出てくることが予想されています。使える素材は再利用しようというリサイクル技術も検討開発されていますが、現在の太陽電池モジュールはガラスと樹脂でしっかり封止されているので、破砕して材料を分離しなければならず、非常に手間やコストがかかります。
そこで樹脂封止を用いないリサイクルしやすいモジュールの開発をNEDO先導研究プログラム「新概念結晶シリコン太陽電池モジュールの開発」で、北陸先端科学技術大学院大学の大平圭介教授と共同で2021年から進めました。その後民間企業の協力も受けながら、2023年からは「リサイクル容易な曲面・超軽量結晶シリコン太陽電池モジュールの開発」として開発を継続しています。
構造的に分解しやすいものにすることで、モジュールの構築に使われる部材などの回収・再利用がしやすくなり、産業廃棄物としての太陽電池モジュールの排出を削減することができるようになります。2010年頃から急速に導入が進んだ日本の太陽電池モジュールは、今後、2030年過ぎから一気に寿命を迎え、その廃棄物としての排出量はNEDOの試算で2020年度には約0.3万トン(2015年度の産業廃棄物最終処分量に対する0.03%)から2036年度には約17〜28万トン(同1.7〜2.7%)まで増加してしまうと考えられています。
今後、国の施策では石炭や石油、原子力などの電源構成における再生エネルギーの割合を大きく増やしていくことが検討されています。その再生エネルギーの中でも、風力や地熱、水力などより太陽光の利用が大きくなるとの見通しが立てられています。そうした背景を踏まえると、現在のがっちり固めてあるモジュールをそのまま利用して太陽光発電の割合を増やしていけば、廃棄物となるモジュールの量も増加を続けていくことになってしまいます。
私自身、長く太陽電池の研究をしてきて、せっかく導入された太陽電池がゴミ問題を引き起こすことに残念な気持ちを抱いていました。今回、本プロジェクトで、多くの方と協力しながらリサイクルに向けた試みに携われることに大変意義を感じています。また、このプロジェクトだけがゴミ問題の解決になるとは思っていませんので、今後、多くの研究者によって多様な試みがなされていくといいなと考えています。
現在共同で開発を進めている「リサイクルが容易な太陽電池モジュール」の構造は、太陽電池をガラスではなくポリカーボネートで覆う構造にしてあり、カバー部が取り外しできるようになっています。ただし、開発していく上で単に取り外しができるようにするだけでは意味がありません。いかに現在用いられているモジュールと同程度の発電効率や維持性能を確保した上で、さらにリサイクルが容易になっていることが大切です。
現在の課題は、光の反射による発電効率の低下をどう防ぐかという点にあります。透明ポリカーボネートを太陽電池の光入射側に置くと光の屈折率が大きく変化してしまい、反射が増大することで電気エネルギーへの変換効率が落ちてしまうという弱点があります。そこで当研究室ではカバー部に関して、屈折率を合わせた反射防止膜や新しいテクスチャ構造などのナノレベルでの開発を担当して進めています。またカバー部だけではなく、太陽電池の本体とも言えるセル部においても同様に屈折率を調整するための機能膜等の検討を行い、モジュール全体として光の反射による損失を抑制し、現状の太陽電池モジュールと同等の発電効率を発揮しながら、天候など屋外の環境に耐えうるモジュール構造の実現に向けて開発に取り組んでいます。
現在、設置されている太陽電池モジュールもすべてが同時に壊れるわけではありません。それぞれに用いられている部品の性能差などもあり、少しずつ寿命を迎えていくことが予想されています。とはいえ、冒頭にお話ししたように、2030年以降は多くのモジュールが限界を迎えると考えられますから、本プロジェクトで開発を進めている新しいモジュールはその頃には実用化していることを見据えて、外部の仲間とともに取り組んでいます。
大学での研究には、時には数十年といった長期的な視野を見据えた基礎的なものと、数年後の実用化を見据えた開発・応用的なものがあります。私の研究室ではいくつかの研究が同時並行的に走っていて、たとえば「新しい熱電変換材料の研究」といった比較的長いスパンで取り組んでいるものもありますが、本プロジェクトに関しては協力企業の知見や観点を生かしながら、早い段階での実用化、事業化を見据えたものになっています。研究には多様な切り口があり、どれが良い悪いということではなく、それぞれにモチベーションを高められる部分があります。研究に加わってくれている学生には、そのモチベーションの源となる部分を伝え、共有しながら一緒に取り組んでいます。なので、研究のゴールが近いからやりがいがある、ない、逆に遠いからある、ないといった違いはありません。ただし、ゴールが近いものはどちらかと言えば社会貢献性が見えやすい、長期的なものは知的好奇心が刺激され、学術機関として新しい知の創出に貢献できるといった違いはあるかもしれません。
現在の研究領域は、太陽電池をはじめとする光電変換材料や熱電変換材料およびそれらのデバイス、信頼性に関する研究ということになりますが、最初に太陽電池に関心を抱いたのは小学生の頃ですね。科学雑誌に記事が掲載されていて、そこに「1時間分の太陽光で、地球上の人間が使う1年分のエネルギーになる」ということが書いてあり、子どもながらに感動したのがこの道に進むきっかけとなりました。
その後、高校生になる頃にはすっかりその思いも忘れてしまっていましたが、大学で半導体に関する講義を受けていた際に太陽電池の内容を聞き、幼い頃に抱いた関心がパッとよみがえり、講義が終わったその足で図書館へ行き、関連本を数冊一気に読みました。大学院では太陽電池に関する研究を行い、その後のキャリアが現在に続いているという感じです。
半導体は皆さんが手にするスマートフォンを始め、あらゆる電子機器に使われていますが、それが太陽電池に使われればエネルギーを消費するのではなく生み出す材料になる。その興味深さがこの研究分野に本格的に進んだ大きな理由です。
私の研究室をはじめとして、本学の学生は非常に率直でまじめな学生が多い印象で、わからないことがあれば素直に聞きに来てくれる学生がそろっています。そして本学部には彼らがそれぞれの関心に沿って楽しく学べる環境がそろっています。研究テーマに対して興味が薄れると勉強も楽しくなくなってしまいますが、青山学院大学の理工学部には多種多様な研究テーマがそろっていますから、自分自身の関心に沿って研究活動をしてみたい方にもおすすめできる環境だと思います。
現在、太陽光発電には大きな壁が二つあると考えられています。一つは光電変換効率の壁。現在屋外で利用されている一般的な太陽電池における光の電気エネルギーへの変換効率は、もはや理論的な限界に近いところまで来ています。もう一つは、現状の太陽発電モジュールは広大な設置面積を必要とするという問題です。設備を設置して問題のない場所は限られ、山間地などでは森林伐採の問題などが発生しています。当然、設置に関するガイドラインは整備されていますが、それがきちんと遵守されていくのか。また今後、発電量を増やしていくために場所が確保できるかというのは大きな問題となります。
そういう点を踏まえ、当研究室でも理論的に大幅に効率が上げられるタンデム型太陽電池の開発を進めています。中でも従来の結晶シリコン太陽電池とともに、低コストで作製可能な次世代太陽電池(ペロブスカイト太陽電池)を用いたものの研究を進めています。この技術が確立すると、これまで設置が困難だった建築物の屋根や壁などに太陽電池を設置できるようになるほか、小型化したり、曲げられるようになったりということも期待でき、これまでとは異なる場所で太陽光発電が可能になると考えられています。たとえば電気自動車が太陽電池モジュールを搭載して、自身で発電しながら消費していく電気の「地産地消」を実現する可能性も見えてきます。
現段階では、ペロブスカイト材料を用いても従来の結晶シリコン材料と同様に安定して一定期間性能を発揮し続けられる太陽電池の開発が技術的な壁となっていますが、材料として、さらにモジュールとして、それぞれの性能を向上させることで、今以上に太陽光発電が使われていく未来に貢献したいと考えています。