次の問題を考えてみてください。
「あなたは船旅をしています。ある日突然の嵐で船が難破し、海に投げ出されました。翌朝海岸に打ち上げられていたところ、同じ船に乗っていた人に起こされ目覚めました。そこは無人島だとわかり、救助が来るまで2人での共同生活が始まりました。そして、半年が過ぎたある日、再び大きな嵐があり、翌朝海岸に倒れている人を1人発見しました。揺り動かしてみると意識を取り戻しました。これから、この島での生活は2人から3人になります。さて、今後の生活はより幸せなものとなるでしょうか」
ここでは3人の性別は関係なく単に「人」として考えてみてください。
社会性の強い存在である人間は、孤独になることを恐れます。2人での生活においては、相手に不満があっても「この人がいなくなると1人になってしまう」というある種の潜在的な恐怖の感覚から、かけがえのないたった1人のパートナーを本能的に大事にする感覚があります。「2」であることには「死の感覚」がつきまとい、常にパートナーを大事にしようという気持ちが働くのです。
一方3人目が加わると、この相互依存的なバランスが崩れます。3人の関係では、もし自分以外の2人のどちらかと大ゲンカをしても、また1人がいなくなっても、残った1人との関係を続ければ良いので、自分が完全に孤立した状態になることはありません。この「死の感覚」の欠如により、3人の関係は政治的な争い事や駆引きが絶えなくなり、結果的には必ず「2人の友好的な同盟関係」と「1人の共通の敵」という構図に至ります。逆説的に言えば、1人の「共通の敵」を持つことで、2人は「強い協力関係」を維持できることになるのです。
数学では「1+1+1=3」です。これは代数学においては真理です。ソーシャル・ネットワーク(social network; 社会ネットワーク)では、三者の関係を「トライアド」(triad) と言いますが、人間社会での三者の関係においては「3」は必ず「2+1」になることを意味します。言い換えれば、現実の人間の社会的な関係には「1+1+1=3」は存在せず、常に「3=2+1」になると考えられるのです。このように2人に比べて3人の関係はずっと複雑であり、そこには数学では説明できないダイナミズムが存在するのです。
したがって、問題の答えは「2人のときに比べ、3人の生活は不幸になる」となります。
人間社会において「3」は必ず「2+1」になると説いたのは、近代社会学理論の基礎を築いたドイツ人のゲオルク・ジンメル (Georg Simmel) です。彼は、まだ「ネットワーク」という概念すら存在しない20世紀初頭に、個人と社会の間のレベルに広がる「個人が属するさまざまな人々の集まり」(associations) の深い意味に気づき、そこから社会を説明しました。彼は「society arises from the individual and the individualarises out of association」(社会は個人から出現し、人々の集まりの中から個人が現れる)という深い含蓄のある言葉を残しています。
人間は本来非常に社会的な動物であり、日常生活において完全に孤立して生きてはいけません。私たちの生活における人間関係を考えてみれば、意識するしないに関わらず、日々さまざまなネットワークのメンバーとして活動していることが理解できます。
人々が属するネットワークの形は時代によって変化します。特に中世から近代社会に移行した段階で、劇的な変化が起こり、その関係性の構造は、インターネットの時代に入った現在でも基本的に変わっていません。
中世ヨーロッパでは、人々は、キリスト教教会を生活のよりどころとし、教会、家族や親戚、農作業などのコミュニティ・ネットワークの中で、地域と強い結びつきを持って生活していました。血縁や地縁を基本とするこのようなネットワークでは、その構成メンバーが重なる部分が多く、いくつものネットワークが同心円状に重なる (concentric) こととなります。
その後産業革命により、多くの人々が都市労働者として生活の基盤を都会に移しました。人類史上初めて、人々が血縁や地縁などの強い結びつきを離れ、職場内の人間関係、政治的な団体、社交クラブ、知的サロンなど、それぞれに異なる合理的な存立の目的を持ったいくつものネットワークに所属しながら、都市の住人として生活することになったのです。それぞれの存在目的が異なることで、それらのネットワークはメンバーが重複する部分が少なく、同心円とはならずに、重層的に交差する (intersecting) イメージとなります。これは人類史上での大きな社会構造の変化なのです。
ソーシャル・ネットワークに焦点をあてると、社会の違った側面が見えてきます。ひとつの行為の主体である「個」を「ノード (node:英語で[点]、[節点]、「交点」などの意)」 すなわち点として捉え、その関係性をさまざまな指標として計量したり、ノードの間の関係を点と線で表現した相関図であるソーシャル・グラフ(ネットワーク・グラフ; network graph)として可視化する方法は、ソーシャル・ネットワーク・アナリシス(social network analysis; 社会ネットワーク分析)と呼ばれ、経済社会学 (economic sociology) として、企業のマネジメントや戦略、組織のコミュニケーションなどにおいて、欧米を中心に学術的に研究されてきました。
近年日本でもSNSの広がり、ソーシャル・ビジネスの流行、ビッグ・データの解析、地域コミュニティの活性化への取り組みなどへの注目が集まる中で、その理解が進みはじめたところです。
日本でソーシャル・ネットワークと言うと、SNS やオンラインのコミュニケーション、東日本大震災後に流行した「絆」と言う言葉、地方都市におけるコミュニティ・デザインの取り組みなどが連想されると思いますが、その概念の根本は、組織論、経営戦略、企業経営等との関連で、企業を構成する組織の人間関係やコミュニケーション、アライアンス(alliance:戦略的提携、英語で「同盟」、「連合」などの意)や系列などの企業間関係などを理解するために欧米を中心に発展した経緯があります。
歴史上初めて「企業経営」、すなわち「マネジメント」との関連でソーシャル・ネットワークの意味を明らかにしたのは、1930-40年代にアメリカ・イリノイ州のウエスタン・エレクトリック社で行われた有名な「ホーソン実験」(Hawthorne experiments) です。
そのひとつが、「部品を組み立てる作業において、現場の照明を暗くすると、労働者の生産性はどうなるのかという実験でした」。誰もが「生産性が下がる」と予測するでしょう。しかし予想に反して生産性が上がるという実験結果を得ました。ハーバードやMITから参加していた研究者は頭を悩ませ、一度は研究を終えましたが、数年後、労働者に徹底的にインタビューしたところ、高名な研究者が来て、自分たちの仕事を実験対象にしてくれたことがうれしく、彼らをがっかりさせてはいけないと思い、暗くなっても生産性を落とさないように無理をしながら懸命に努力していたということが明らかになりました。
また「基盤の組み立てと配線を行う作業 (Bank Wiring Observation Room) で、14人がどのように仕事をするか」という実験を行いました。流れ作業の役割分担を決め、賃金はグループ全体がノルマを達成することで支払われ、それ以上の生産量を達成した場合には、グループ全体のパフォーマンスとして評価し、個人がその分配を受けられるというルールを作り実験を行いました。
実験を繰り返すうちに、14人の間には、フォーマルな役割分担とは異なる人間関係が生まれていました。昼休みに一緒にポーカーをした仲間、仕事を助け合った仲間、口論した相手など7種類のネットワークを分析した結果、関係が濃密な2つのグループが存在したことを突き止めます。右の図は、14人の基盤の配線作業の実験において、異なる種類のネットワークをネットワーク・グラフとして描いたものです。いろいろな種類のつながりがあることが一目瞭然でしょう。
さらに驚いたことには、彼らの間にはさまざまな「密約(codes)」が存在したことです。例えば、あまり生産効率を上げすぎると、次回から生産目標が上げられ、より多く作らなければならなくなるので、一生懸命に働きすぎないようにすること。また、逆に怠けすぎると賃金がもらえなくなるので、ほどよいペースで仕事をこなそうという、明文化されていないインフォーマルな取決めを自分たちで勝手に作っていたのです。
これらの実験から、労働者の心理状態が仕事へのモチベーションとして生産性に多いに影響すること、そして、フォーマルな組織のルールがあっても、実際には自分たちで勝手にインフォーマルな組織や仲間内の取決めを作り、そのネットワークの中で仕事を進めていくという人間像が浮かび上がってきました。このことから、「マネジメント」とは、人間の心の内部の「モチベーション」に大きく影響される人間という存在を扱うものであり、あたかも機械を扱うように、科学的に流れ作業を細分化し、役割分担により公平な賃金を個人に支払っても、現場の生産性には、組織あるいは集団の力学として、インフォーマルな人間関係としてのソーシャル・ネットワークのダイナミクスが、決定的な意味を持つことが明らかになったのです。
経済社会学の視点からは、「ノード」としての「人」と「人」との関わりすべてがソーシャル・ネットワークであり、そこにはノード間の競争や協力など色々な関係のダイナミクスが生まれます。それは、時にセンシティブであり、多様性に富み、またダイナミックに変化する多面的なものであり、その理解は、個人が社会人として現代社会を生きていく上で極めて重要なものです。
社会科学としての「ソーシャル・ネットワーク・アナリシス」は、社会現象を「2つのノードのペアの関係」を基本に考えることから始まります。ひとつの組織内の人間関係を調べるのであれば、その分析レベルは、個人の間の関係となります。また、ひとつの組織の中のチームを対象とするのであれば、チーム内の人間関係やチーム間の関係などを分析します。そして、企業間の関係、さらに国家間の関係などを考えることも可能であり、分析レベルとして何をノードとして捉えるのかが重要であり、ノードのペアを基本単位として、ミクロやマクロなどの分析レベルの制約を飛び越えることが可能であることが大きな特徴です。
ノードが何らかの社会的な行為を行い、別のノードと接触することで、そこに関係が生まれます。ネットワークを構成するノードの数、ペアの関係性と部分や全体の複雑な構造、そしてそれらがリンクしている様子をソーシャル・グラフとして「点」(vertex)と「線」(line; edge; and arc) で可視化したり、計量して表現したりすることも可能です。
現実のネットワークには、共感 (empathy) による仲間意識を持つことなどで、つながりが新たなイノベーショ ンの広がりを作り出すこともあれば、時に閉鎖的なネットワークの存在が、権力の集中を生み出すなど、集団のダイナミクスにおける危うさもあります。ソーシャル・ネットワークの意味を深く理解し、それらを戦略的に応用すれば、社会にさまざまなイノベーションを起こすことも可能です。社会の情報化と個人の管理が進む現代社会において、民主的で自由な社会を実現する実践的な知識として、積極的に応用していただければと思います。
一見すると目には見えない社会の構造として、個人や組織にとって極めて重要であるソーシャル・ネットワーク。この研究分野は約100年もの歴史を持ち、その組織研究や企業経営への応用は、アメリカ社会学を中心に1980年代以降急速に発展しましたが、残念ながら日本ではその理解はあまり進んでいません。個人が自由に意思表示できる社会を作るため、そして、その中でメンバーとして生き抜くために、ソーシャル・ネットワークのパワーとその深さを学んで欲しい。組織におけるコミュニケーションのあり方や、経営戦略、社会のさまざまなイノベーションとの関連を含め、多様性と自由なコミュニケーションが守られる社会システムの重要性を理解する意味からも、今後ソーシャル・ネットワークの理解が益々大切になるものと確信しています。
(2013年掲載)