私たちが生きている世界には、
身近なことから人類全体に関わることまで、
さまざまな問題が溢れています。
意外に知られていない現状や真相を、
本学が誇る教員たちが興味深い視点から
解き明かします。
家庭で料理を作るとき、あなたはまず何を考えますか。
「何を作ろうか」「冷蔵庫に何があるのか」
「足りない材料はあるのか」「買い出しに行く必要はあるのか」
「何時にご飯を食べるのか」「どんな手順で作ろうか」
人によってそれぞれ考える順番は違うかもしれませんが、上記のようなことを考えますね。それでは、カレーライスとサラダを作ることにしましょう。冷蔵庫には、たまねぎ、じゃがいも、レタス、トマトがあるとします。カレーライスとサラダを作るには、カレーライスにお肉か魚介、そしてにんじんが必要になりますね。ここでスーパーに足りない食材を買いに行くことでしょう。あるいは、そろそろ帰宅する家族に残りの材料を買って来てもらうなどの手だてを立てることでしょう。
さて、料理のスタートです。お米を研いでご飯を炊く準備をし、お肉や野菜の下ごしらえをし、カレーを作り始めます。カレーの具を煮込んでいるときに、サラダを作るなどして、食べるタイミングに合わせて料理ができるように、主婦(主夫)は頭を働かせて家事をしていますね。
このように家庭で料理を作るときに、主婦はいろいろなことを考え、頭をフル回転させています。そこには、冷蔵庫の中の「在庫管理」、お金に関する「原価計算」や「予算統制」、おいしさに関する「品質管理」、効率的に料理が作れるようにスケジューリングする「生産管理」、台所のどこに何を置いておけば素早く取れるかの「作業管理」など、これからお話する「IE(Industrial Engineering:経営工学)」の基礎があるのです。
日本IE協会によると、「IE」とは「人、物、金、情報、時間などの経営資源を、科学的な方法で有効に使い、市場が要求する商品とサービスを高品質で安く、しかもタイムリーに提供するとともに、それを達成する人々に満足と幸福をもたらす方法を探求する活動」であると定義されています。
主婦の「料理活動」に例えて言えば、「物(食品)やお金、時間」などを、効率的に効果的に使い、お客様である「家族」に、グッドタイミングでおいしい料理を提供し、家族に満足と幸福をもたらす…といったところでしょうか。料理をしながら片付けもするような手際のよい主婦は、まさに「IE」のプロフェッショナルと言えるのです。
「人、物、金、情報、時間」などの資源を有効的に使い、生産性を向上させるためには、日々の問題解決、すなわち「改善」が大切です。「改善の哲学」として覚えてほしいフレーズがあります。
「There is always a better way.(ものごとには必ずよりよいやり方がある)」
あるお母さんが「料理に時間がかかりすぎてすべての家事がおしてしまい、睡眠時間が減ってしまった」という問題を持っていたとします。お母さんはその問題を分析し、何が問題だったのかを見つけ、料理の手順や時間などを考え工夫し、次の日は睡眠時間が確保できるようにするでしょう。これが「改善」です。「改善」のためには、まず最初に自分の「夢」や「ありたい姿」を描きだすことが大切です。
私は現在51歳で大学の教員と企業の改善のお手伝いをしています。5年後の夢として、(大学の教員として)学生のみなさんと楽しく研究し、企業のみなさんと楽しく改善したいと思っています。そのために必要なことは、おもしろい研究テーマを増やし、自分自身の改善能力を向上させることだと考えています。定年後には、みなさんに必要とされる人でありたい、そして毎日みんなで楽しく過ごしたいと思っています。超未来としては、死を迎えたとき「こんなヤツがいた」と人々の記憶に残り、また天国で再会し酒を飲みたい仲間を増やしたいと思っています。
夢を描くことで、現実を正しく把握し、理想としての夢を描き、さらにその実現に必要な事が明確にされてきます。これはまさに問題解決そのものです。難しく考えないで、次のポイントに着目しながら、自身の夢を描いてみましょう。
1. 絵やマンガで描く
2. 近い将来と未来など時間別に描く
3. 個人、家庭、会社など空間別に描
4. 近い将来の夢を毎年更新する
5. 悪い状況も含めた環境変化を考慮に入れて描く
6. より高次の理想を描く
夢は描き、願うことが大切です。願えば実現する可能性が出てきますが、願わなければ何も起こりません。買わないと当たらない宝くじみたいなものですね。
また夢を描くことの最大の効用は「勇気がわいてくること」です。他にも、制約がとれる、今何をすべきかわかる、自信を持って第一歩が踏み出せるなど、「夢」という言葉一つで、前向きに明るくなれますよね。
夢を描いたら、夢に向かって小さな改善から始めてみましょう。一歩一歩改善を積み重ねることで、人は改善力を身につけて成長していきます。そのとき、大きく分けて3つのステップを踏んでほしいと思います。下の表をご覧ください。
ステップ(1)は、「現象をよく観るためのキーワード」です。ステップ(1)で現実を正しく把握し、問題が何かを見いだすことがとても大切で、ここが「改善」のスタートとなります。特に良く「みること」「きくこと」、そして「シンプルに考えること」に着目してやってみましょう。
ステップ(2)は「多くの良いアイデアを出すためのキーワード」です。「前提条件を疑うこと」から始めましょう。
ステップ(3)は「夢の改善に向けたキーワード」になります。次の問題を考えてみてください。
9点を5本の線で一筆書きにするのは簡単でしょう。しかし、この問題では4本の直線しか使えません。さて、あなたはどう答えを導き出しますか。この問題を解くキーワードは「発想の転換」です。
一見9点で作られる四角の枠の中で考えがちですが、枠から線を飛び出させながら、傘を描くように書いてみると、4本の直線で一筆書きができます。
さらに、3本と1本の直線の場合も考えてみましょう。
3本の場合も同様に、枠を大幅に飛び出し、点の円に面積があると考え、円の面積内で斜めに線をつなげていけば、3本の一筆書きができます。また1本の場合ですと、この1本がものすごく太い線だと考え、9点の点を全部ぬりつぶすようにひくと、1本の一筆書きが可能になります。
このように一見どうすればいいか分からない、検討がつかない問題でも、固定概念にとらわれず、発想の転換で問題解決を試みると答えが見えてくるものなのです。小さな改善から始め、発想の転換で問題解決をしていき、それを積み重ねていく、これが夢につながっていくのです。
アメリカで約120年前に誕生した「IE」という学問の世界で、とても有名なのがトヨタ自動車の「リーン生産方式」です。1950年代、故大野耐一副社長が工場の改革に着手し、その軸としたのは「現場の1分1秒を大切にすること」でした。「7つのムダとり」「ジャストインタイム(JIT)」「自働化」を軸にして行われ、その改善活動は、リーン生産方式といわれ、今でも研究し続けられています。
私は昨年、アメリカ初、すなわち世界初の「IE」学科が設立されたペンシルバニア州立大学で1年間学んでいたのですが、その生産に関する講義の1/3はトヨタの「リーン生産方式」を中心とした、日本の「改善」に関する内容でした。日本の「モノづくり」、またそれに伴う「改良し続ける技術」は、世界中が研究し続けるほど有名で、誇れるものなのです。
「IE」は、「人」「物」「金」「情報」「時間」を広く学び、科学的に有効なアプローチを見つけ、生産性をあげるための活動をする学問です。それぞれのデータをとって分析し、図式化することで、ムダが見えてきます。そのムダを排除することによって、より効率的に生産性をあげるための活動が何かを見つけていくのです。夢に向かって、さまざまなデータをとり、それをもとに考えて、より良くしていくこと、これが「IE」なのです。
日本中、世界中の工場や企業で有効活用されている「IE」は、実は日々の暮らしの中ですでに体験していること、またそれが役立っていることを再確認してほしいと思います。そして、自身の夢に向かって、小さな改善から進めていってほしいと願っています。改めて尋ねさせてください。ここが「IE」のスタートです。
「あなたの夢は何ですか?」
(2012年掲載)