私たちが生きている世界には、
身近なことから人類全体に関わることまで、
さまざまな問題が溢れています。
意外に知られていない現状や真相を、
本学が誇る教員たちが興味深い視点から
解き明かします。
私たちの生活は、電子機器や機械に囲まれていますが、これらの機器が持つ最大の共通課題の一つ、それが「熱」です。コンピューターが熱くなると、動作が遅くなったり、急にフリーズしたりした経験は皆さんもあるでしょう。温まりすぎると機器が壊れたり、性能が悪くなったりするのが一般的で、この熱をいかに上手に逃がすか、あるいは運ぶかという技術こそが「サーマルマネジメント(熱制御)」です。
今、この熱の課題が、技術発展におけるボトルネックとなっています。例えば、私たちが利用するスマートフォン、AIを支えるデータセンターのGPU、そして、これから普及が進む電気自動車(EV)や、極限環境下の宇宙機材まで、高性能化・高密度化が進むほどに発熱量が増大しています。従来の冷却方法、例えばファンを回して風を送るだけでは、その熱量に追いつかない状況になってしまっているのです。EVの急速充電を例にとれば、充電時間を短くするために大電力をかけるとバッテリーが発熱し、冷やせないとバッテリーが壊れてしまう。だからこそ、バッテリーを急速に冷やす新しい熱制御技術が必須であり、これがクリアされないと私たちの生活はさらに便利にはなりません。
私の研究は、まさにこの「熱を自在に操る」技術を扱っています。熱を逃がすためのデバイス開発が中心ですが、特に力を入れているのが、2年前に私が見つけた「超熱伝導ヒートパイプ」の発明です。これは、従来の熱を伝えやすい材料の代表である銅のパイプと比較し500倍以上の熱を運べるという、世界最高の性能を叩き出しました。このアルミ製のパイプをデバイスの中に埋め込むことで、熱を効率的に逃がすことができます。
この超熱伝導ヒートパイプは発見されたばかりですが、企業の方々から高い関心を寄せていただいています。小型化では1ミリメートル以下の薄さまで追求し、将来的には私たちのスマートフォンにも搭載が可能となるでしょう。大型化としては1メートル級の長さのものもできました。この技術が、熱によって停滞していた様々な分野の技術革新を一気に前に進める鍵となると確信しています。

新たに開発した薄型マイクロヒートパイプ
私が、世界最高性能を発見するまでの道のりは、決して順風満帆なものではありませんでした。むしろ、泥臭く、コツコツとした実験の積み重ねと、ある種の偶然も味方をして生まれたと言えます。
実は超熱伝導ヒートパイプのヒントは、今から15年も前にカナダの大学で研究を始めたばかりの頃に、一度見つけていました。当時の私は「すごいことができているぞ」と興奮したのですが、周りの先生方や博士課程の学生からは「そんなことはあり得ない。実験手法のミスで出てきたデータであり、公表は差し控えるべき」と言われ、お蔵入りになっていました。熱の運び方として、常識から逸脱したデータだったのです。
この発見は実験時のミスによって起きました。ヒートパイプの中には液体を入れますが、液体の量は半分(50%)にするのが従来のセオリー。誰もがそれを守っていたのですが、私がたまたま計算間違いをして、50%入れるべきところを1/10の5%と非常に少なく入れてしまったことがポイントでした。結果、加熱部と加熱していない部分の温度が「ほぼ同じになる」という、驚異的な熱移動の成果が得られたのです。通常、熱はフライパンの柄のように、加熱されていない部分は熱くなく、また、移動する熱は徐々に冷めていくものです。しかし、私のヒートパイプでは100度で温めたところ、温めていない部分が99度になるという、熱を全て運び切るという現象が起きました。
しかし、私自身は心の中で「あれはただの失敗ではなかった」という思いをずっと持ち続けていました。そしてちょうど2年ほど前、研究環境が整ったタイミングで、本学の研究室の学生たちと「あの時と同じことをやってみよう」と再チャレンジしたところ、以前の驚異的な現象が再現できたのです。その時の感動は今でも忘れられませんし、鳥肌が立つような喜びでした。
私の研究は、高性能化だけを目指すのではなく、「どうしてそれが起きているのか」「なぜ良くなるのか」というメカニズムの解明を最も大事にしています。世界最高の性能を発見したと言っても、その仕組みが分からなければ研究者として論文にはなりません。学生と一緒に原子力施設に行き、原子炉から出てくる中性子をアルミニウムのパイプに照射し、レントゲンのように水の動きを可視化させるなど、今も地道な基礎研究を続けています。

原子力科学研究所(茨城)における可視化試験の風景
この超熱伝導ヒートパイプは、今後、宇宙での熱制御への応用も期待されています。横にしたり縦にしたり姿勢を変えても性能が変わらないという特性は、重力に依存しない宇宙環境で非常に有利だからです。2026年には、アメリカとイタリアの研究機関で、このヒートパイプの研究をさらに深め、研究について世界中に広める活動を行う予定です。
私の研究のもう一つの大きな柱は、工学の知識を医療分野に応用する「生体熱工学」です。熱制御というと、機器を冷やすことが中心ですが、熱を「溜める(蓄熱)」技術も重要ですし、医療では熱を「加える」技術も求められます。工学の博士号取得時から考えていた、「工学を医療に応用したい」という想いから、以前は医師と共同して脳出血患者の脳を冷やす脳低温療法の研究もしていました。そして今、特に力を入れているのが「磁気ハイパーサーミア(※腫瘍を高周波磁場で体外から加温する治療)」というがん治療への応用です。
がん細胞は42度から43度くらいの熱に弱いという性質が分かっています。この性質を利用して、がん細胞だけをピンポイントで温めて死滅させる方法を研究しています。通常のヒーターでは体内のがんだけを温めることはできません。そこで、医師の技術で、目に見えないほど小さなナノ粒子をがんに集積させてもらいます。私たちの出番はここからです。
このナノ粒子に、1秒間に数十万回もN極とS極を反転させる強力な磁場を当て、ナノ粒子から熱を発生させる仕組みを利用します。この発熱を精密に制御することで、周囲の正常な細胞を傷つけることなく、がん細胞だけを選択的に温めるという熱制御を試みるのです。工学の分野から、どうすれば最も効果的に熱をがんに届けられるかという部分を研究し、ハイパーサーミア学会など医師の集まる場にも積極的に参加し、連携しながら研究を進めています。

磁気ハイパーサーミアのイメージ図
また、ヒートパイプも、医療機器に応用されるようになりました。がんや赤ちゃんを診る超音波エコー機器、胃カメラの先端などにも熱を持つ部品があり、その熱を逃がさないと故障や性能低下の原因になります。私の研究室には、多くの企業から個々の可能性についての問い合わせが相次いでいる状況です。胃カメラの先端のような特殊な形状に、どう熱を逃がす装置を作るかといった、個別の課題解決のお手伝いをすることで、工学が人の健康に貢献できる、社会に役立つ可能性に満ちていることを実感しています。
私は、幼い頃から分解することが好きでした。目の前のものを観察して、目に見えない内部がどうなっているのだろうという強い好奇心から、家にあるラジオやテレビなどを分解しては、よく親に叱られていたのを思い出します。この探求心はやがて熱という、やはり目に見えないエネルギーの流れを勉強したいという思いにつながり、大学の研究室へ進むことになったのでしょう。
私の研究に対して、恩師はいつも「面白いね」と言ってくれました。これから研究を目指す人たちにも、自分の興味を追求し、誰かに「面白い」と共感してもらえるような独自の「問い」を見つけてほしいと思います。そうして探求を続けていくうちに、世界の見方は変わっていきます。研究は地味で泥臭い作業の連続ですが、ホームランを狙わずに、コツコツとヒットを積み重ねていくことで、必ず何かが見えてきます。
研究において最も大切なのは「問いを見つける力」です。高校までとは違い、大学は答えを学ぶ場所ではなく、問いを見つける場所。私たちが普段見ている車やスマートフォンも、一歩深く中に入り込んでみると、「なぜこう動いているのだろう」「どのような仕組みや問題があるのだろう」といった、面白い「問い」が次々と見えてきます。私は学生にいつも「なぜ」「どうして」と問いかけます。なぜなら、目に見えた結果だけでなく、その奥に隠れている、誰も気づいていない本質を見つけてもらいたいからです。この問いを追求するということは、大学でじっくりと向き合うからこそできる貴重な経験です。
2023年に受賞した青山学院学術賞