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世界を読み解くコラム

  • 文学部
  • 「SSARCモデル」が導く
    一人一人の認知能力に適した
    学び方を選べる未来
  • ロビンソン,P.J. 教授
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言語習得の研究に大切なこと

私の専門は言語学の第二言語習得(SLA)で、とりわけ言語習得における「注意」、「意識」および「認知能力の役割」に関心をもっています。私の研究の中で最も注目されている分野は「Task-based language learning(タスクにもとづく言語教育)」の認知基盤です。この分野では、日常生活における実際の言語使用が、言語運用能力の熟達にどのように関わるかを研究します。“タスク(課題)”とは、例えば、レストランを予約したり、医師に心身の状態を伝えたりといった、日常生活での行動を指します。

 

授業で実践する際、どのような順番で学習者にタスクを与えるのかが重要になります。研究では、課題を認知的に負荷の軽いものから複雑なものへと徐々に変えていくのが効果的だとわかりました。これを「認知仮説(Cognitive Hypothesis)」と呼んでいます。例えば、当人の趣味など熟知した内容である場合、課題は学習者にとって負荷の軽いものとなりますが、あまり知らない内容について会話するときはより複雑になります。

 

また、異なる「認知的な次元」の要素を組み合わせることで、難易度をコントロールできます。例えば、電話でのコミュニケーションは対面で話すよりも難易度が上がります。話す内容が現在ではなく過去のことなら、さらに複雑さが増すでしょう。話している相手の様子がわからないうえ過去を思い出すという作業も必要になり、複数の認知要素が同時発生するからです。このようにタスクの難易度をシンプルなものから複雑なものへと徐々に変化させていくことで、効果的な学習が可能になると考えています。

 

面白いことに、課題が複雑になるにつれ、使用する言葉はより複雑になり、正確性が問われます。複雑な課題を達成するために、正確にコミュニケーションを取る必要があるからです。その分、頭を働かさねばならず、言葉の流暢さは失われます。私は、話し方の正確さや流暢さをいかに評価するかを研究しています。印象や直感は大切ですが、それだけでは十分ではありません。言語の正確性や流暢さを客観的に評価する方法を追究しています。

世界とシェアするクリエイティブなアイデア

私は、課題を適切な順序で課すことにより認知負荷を高め、学習効率を向上できる教授設計理論を編み出し、これを「SSARC(Stabilize, Simplify, Automatize, Restructure, Complexify )モデル」と名づけました。SSARCには3つの段階があります。第1段階は単純化(Simplify)と定着化(Stabilize)で、それまでに獲得した限られた知識を安定的に使用できるようになることをめざします。第2段階では、現在身につけている第二言語の知識を使って、意識せずとも自動的に(Automatize)、できるだけ流暢に話せるようになることに焦点を当てます。最終段階では、もてる知識を再構築し、言語をより複雑なレベルで運用することに集中的に取り組みます(Restructure and Complexify)。SSARCは各人のワーキングメモリ容量と注意配分力に応じて個別化した効率的な学習を可能にするので、実は第二言語の学習だけでなく、あらゆる分野の教育に応用できるモデルなのです。

 

このSSARCのアイデアは重要な研究分野となり、さまざまな国の研究者に広がって発展しています。学問的なアイデアは間違っていればすぐに消滅しますが、正しければ他の研究者に継承されていきます。SSARCモデルは他の研究者の興味を喚起している段階であり、将来的にどのような発展を見せるかは予測できませんが、私個人としてはSSARCモデルに新たな面を付け加えたいと思っています。クリエイティブに考える余地がまだ残されているのが、SSARCモデルの良いところです。

 

研究者がクリエイティブな発想を得たら、個人の内にとどめてはいけません。アイデアは、共有することで他者と関わり、大きなものに成長していきます。実際、SSARCモデルは多くの人の研究対象になったり、論文のテーマになったりしています。私が執筆した論文も世界中の研究者に注目され、引用回数は第二言語習得と応用言語学の分野で世界の上位1%にランクインしています。自分のアイデアが世界中の人々に取り上げられるのは大変嬉しいことですし、私の研究に触発された研究者が、SSARCモデルを用いて言語学以外の研究も大きく発展させてくれることは大きな喜びです。人生においてクリエイティブであることは大変重要だと考えていますので、それができる研究環境を幸せに思っています。

世界を良くする言語学研究

私は人間の思考の違いにとても関心があります。人間が多様な考え方をするのはなぜなのでしょう。思考の多様性は言語の使い方の差に関連するのでしょうか。また認知の違いは言語学習能力にどのような影響を与えるのでしょうか。

 

そもそも言語をマスターできる人と、長い時間をかけても一向に上達しない人の差はどこにあるのでしょう。決してやる気の問題だけではありません。では、言語学習において重要な能力は何か。記憶力なのか、注意力なのか、はたまた推論能力なのか。研究はまずそれぞれの能力をテストし、測定することからはじめます。

 

「知力を測りたい」と言われると、多くの人はあまり良い気がしないと思います。成績をつけられ、他者と比べられる印象をもつからです。しかし、私の考える知能テストは、他者と比較するためではなく適性を調べるためのテストです。一人一人の知能の差を認識し、適性を理解することで、各人に最適な学修環境を提供できます。音楽に関する知能、分析に適した知能、言語に適した知能など、人それぞれに強みをもつ分野があり、それらをしっかり把握すれば学習者の知能に最適な学修方法を提供できるのです。

 

今後は、各学習者が自分に最適な学習プログラムとマッチングできるシステムを開発したいと考えています。スマートフォンやPCで簡単に測定できれば大変有用になるでしょう。20年前にも心理学分野で「人にはそれぞれの知能に最適な学習法がある」という学説を唱えた学者たちがいましたが、私のアイデアは彼らにとても近いです。テクノロジーの進歩によって、将来的には簡単に自分の最適な学習プログラムが見つかるようになるでしょう。先のことは分かりませんが、私たちの研究が個々の学習の最適化に役立つのであればとても嬉しいですね。言語学は一見、社会課題の解決とは関連していないように見える研究ですが、実は世界を良くすることに役立っています。私は自分自身を「問題を解決するための研究者」だと考えているのです。(2021年掲載)

あわせて読みたい

  • 「The Routledge Handbook of Second Language Acquisition and Individual Differences」(pp. 1-15)Robinson, P. 著 The Cognition Hypothesis and individual difference factors. In S. Li, P. Hiver, & M. Papi 編(New York: Routledge,2021)
  • 「The Cambridge Handbook of Task-Based Language Teaching」(pp.205-225)Robinson, P. 著 the Cognition Hypothesis, the Triadic Componential Framework, and the SSARC Model: An instructional design theory of pedagogic task sequencing. In M. Ahmadian & M. Long 編(New York: Cambridge University Press,2021)
  • 「The Concise Encyclopedia of Applied Linguistics」(pp.40-44)Robinson, P. 著 Aptitude in second language acquisition. In C. Chapelle 編(Oxford: Wiley-Blackwell,2020)
  • 「Encyclopedia of Language and Education: Vol. 6. Language Awareness and Multilingualism」(pp.125-134)Robinson, P. 著 Attention and awareness. In J. Cenoz & D. Gorter 編(New York: Springer,2017)
  • 『Second Language Task Complexity: Researching the Cognition Hypothesis of Language Learning and Performance』Robinson, P. 編(Amsterdam: John Benjamins,2011)

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文学部

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  • ロビンソン,P.J. 教授
  • 所属:青山学院大学 文学部
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