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世界を解き明かすコラム
ー 研究者に迫る ー

私たちが生きている世界には、
身近なことから人類全体に関わることまで、
さまざまな問題が溢れています。
意外に知られていない現状や真相を、
本学が誇る教員たちが興味深い視点から
解き明かします。

  • 文学部 英米文学科
  • 掲載日 2026/05/12
  • 作家や作品の「受容」を多角的に分析し、文学の社会的役割の再認識へ
  • 松井 優子 教授
  • 文学部 英米文学科
  • 掲載日 2026/05/12
  • 作家や作品の「受容」を多角的に分析し、文学の社会的役割の再認識へ
  • 松井 優子 教授

スコットの詩や歴史小説を「受容」という視点から読み解く

私の専門分野は英文学・文化です。中でも19世紀を代表するウォルター・スコットをはじめ、連合王国内で異なる制度や文化をもつスコットランドの作家を主な研究対象としています。多様性が重視される現代での重要な先例として、作品における独自のキャラクター像の構築や語りの技法、複数のアイデンティティーの表現などを考察しています。

エディンバラ市街に立つスコット記念塔の足元の彫像

 

スコットは、長篇物語詩『湖上の美人』や中世イングランドを舞台とした歴史小説『アイヴァンホー』などを著し、20世紀前半にかけて日本を含め国内外で多大な文化的影響力をもっていました。『湖上の美人』をはじめとするスコットランドを舞台とした作品は、現代まで続くタータンチェックの流行につながっています。現在でも用いられている「薔薇戦争」や「フリーランス」という語は、『アイヴァンホー』での使用がきっかけで広まったと言われ、騎士道をはじめ中世への関心だけでなく、遊園地のメリーゴーラウンドのアトラクションにこの作品の影響をみる研究者もいます。没後には、生誕の地エディンバラの中心部に、作家に献じられたものとしては世界最大級とされる高さおよそ61メートルの記念塔も建立されました。にもかかわらず、現代ではほぼ忘れられてきた作家です。

 

そこで、まずはスコットの詩や歴史小説が当時の社会で受け止められていた文脈や果たしていた役割を多角的に検証し、その「受容」の実態や20世紀以降の劇的な変容の謎に迫ることに関心をもっています。19世紀には、オペラ化や舞台化をふくめてスコット作品の翻案が多数生み出され、現代で言うスピンオフ作品も書かれています。作品の場面や登場人物は、多くの著名な画家や当時発明されたばかりの写真の題材となっていました。さらには、住んでいた邸宅や作品の舞台がいわゆる「聖地巡礼」の目的地となり、国内はもちろん、ヨーロッパや北米からも多くの「文学観光」の旅行者が訪れました。読者が作品の具体化に物理的・身体的に関与していくこのような事例もふくめ、多様な出版形態が示唆する一般読者層との関係や、学術雑誌での批評、初等教育や大学など各種教育現場での位置づけ等について考察しています。

 

そこからは、スコット作品がこれら多様な受容を通して、当時の読み手が現実の土地と想像的な関係を結び、過去の記憶を重ねながら現在を理解し、未来を構想する回路となっていたことや、読み手どうしのコミュニケーションの契機にもなっていたことが浮かび上がってきます。これは時代を越えて文学が果たしている不可欠の役割ですが、スコットの場合、歴史小説という史実と虚構が複雑に絡み合うハイブリッドなジャンルの作家であったことも、こうした受容のありかたを促進したと思います。一方で、逆にそれゆえに、のちに「人気作家」ないし「大衆作家」と位置づけられて学術的な研究が遅れ、現代での認知度の劇的な低下につながる一因にもなりました。そのため、現代的現象にもつながる19世紀の多様な受容の実態を把握し、その社会的役割に関する考察とあわせて、スコットの歴史小説における語りの手法や人物造型の特徴等の分析を通じて、その現代的意義や歴史小説批評のありかたについてさらに探っていきたいと考えています。その一環として、最近では、スコットの活動や作品における土地と人間との関係をめぐって、「環境」という観点からのアプローチも試みています。

19世紀の「文学巡礼」の目的地の一つ、スコットランド・ボーダーズ地方の廃墟のメルローズ寺院

スコットランド文学というもう一つの文脈

スコットを読み解く際のもう一つ重要な視点は、彼がスコットランドの作家だということです。1603年のジェイムズ6世/1世による同君連合を経て、スコットランドとイングランドの議会が合同し、グレートブリテン王国が成立したのは1707年のことですが、両地域はその後も独自の法律や学校制度を維持してきました。スコットは、この言わば多民族国家イギリスの想像を試みてきた作家で、その点からもスコット作品の読解は現代的意義をもっていると思います。

 

同じ作家でも、スコットランドの視点から読み直すと新たな側面が見えてきます。たとえば、ピーター・パンが登場する『ピーターとウェンディ』で有名なJ・M・バリは、最初は、スコットランドの主要言語の一つであるスコッツ語を用いた短編集で一躍人気作家の仲間入りをしました。バリの故郷キリミュアをモデルとしたこれらの作品は一般的な英文学史ではほとんど扱われることはありませんが、19世紀末のスコットランド文学・文化を考える際には欠かすことのできない作品となっています。そのバリは実はシャーロック・ホームズのパロディも書いていて、エディンバラ生まれのコナン・ドイルとは友人でした。ドイルのホームズ・シリーズと同じくロンドンを舞台とする『ジキル博士とハイド氏の怪事件』の著者R・L・スティーヴンソンも、やはりエディンバラの出身です。その視点で両作品を再読すると、彼らの故郷の要素がさりげなく潜んでいることに気づくでしょう。加えて、スコットランドの作家に多くみられる複数のアイデンティティーの表象の工夫やスコットランド文化を体現するキャラクター像など、発見や驚き、興味は尽きません。

 

従来の見解にとらわれない、自由で新しい視点での考察やそれによって得られる知見は学術的な営みの基本だと思いますが、英文学史では「忘れられた作家」スコットのかつての文化的影響力の大きさや、スコットランドというもう一つの文脈の存在は、自分が身を置いている「英文学」という制度自体の歴史化や相対化にもつながっています。それは担当している講義を構成する際に特に留意していることでもあります。

 

ゼミナール(ゼミ)でも、スコットランド出身のジョージ・マクドナルドのファンタジー作品やバリの『ピーターとウェンディ』を取り上げることがあります。この場合、スコットランド作家というだけでなく、特に英国小説を読む際の基本となっている、階級、ジェンダー、人種という3つの視点も意識して読み進めています。たとえば、ウェンディをヴィクトリア時代の中産階級の理想的女性像や帝国的価値観との関連で分析する受講生もいれば、タイガー・リリーとアメリカ先住民の表象を考察する学生、男性性という点からダーリング氏について考察する学生もいます。さらに、『ピーターとウェンディ』の各種エディションに付けられた挿絵の分析や複数の映画版の比較など、同じ作品を読んでも受講生の発表内容は一つとして重なりません。こうした学びも、現代社会や一つの事象を多角的に考察するヒントにつながっていくと思います。

作家博物館の看板と、スコットランド作家ゆかりの地をめぐる文学ツアー

青山学院大学で研究を続けてきたからこそ得られた、忘れ難い経験

幼い頃から本を読むのは大好きでしたが、特に記憶に残っているのは『メアリー・ポピンズ』の翻訳を読んだときのことです。少年少女向けの世界文学全集の一冊で、そこにあったからというだけで読み始めたところ、まさに一瞬で桜通り17番地へと連れていかれ、夕食に呼ばれてもやめられなくなるほどでした。行ったこともない場所で、起こるはずもないことが描かれているのに、まるで一緒に体験しているかのような、もう一つ別の世界がそこに出現したかのような、言葉のもつ魔法の力を経験したできごとです。それは英語という言語や英国への興味につながり、英語を習い始めて最初に買った『メアリー・ポピンズ』のペーパーバックは、今につながる原点の一つになっていると思います。

 

文学研究に魅せられたきっかけの一つは、大学時代のある授業でした。毎週、作家や作品名が伏せられたテクストだけを与えられ、レポートを提出するというもので、手がかりがない状態から歴史・文化的知識と想像力を総動員し、作品と対話しながら読み解くうちに、「能動的に読む」ことの面白さを実感しました。スコットの小説第一作『ウェイヴァリー』を読み、その社会像の提示のスケールの大きさや、スコットランド作家ならではの歴史的視点の複雑さに驚いたのもこの頃です。その後、当時日本ではスコットランド文学研究はあまり広まっていなかったため、現地の大学院でも研究を進めました。

 

研究の道に進んでからは、作品に記されている内容だけではなく、物語を成立させている「書かれていないもの」に特に留意するようになりました。「行間を読む」ことはもちろんですが、それだけでなく、文学作品を、それが属するより広い言葉のネットワークの一部として、あるいは、ある一つの表現を支えている全体の構造について考えながら読むという意識もその一つです。その意味でも、文学作品の読解は、広く社会や文化をテクストとして「読み」、理解することに通じるでしょう。また、当然ながら、物理的な条件や読者の存在も作品を成立させている要素として欠かせません。たとえば、安価な出版物の普及は、社会の物質的な繁栄や普通教育、印刷技術や輸送手段の発展等によっても支えられていますし、それを手に取る読者の期待も、娯楽だったり、知識への渇望だったり、それに基づく社会への批判だったりとさまざまです。それらも念頭に作品を読み解くことは文学の社会的役割を考えるという点でも重要ですし、「今そこにあるものを成立させている要因は何か」を問い続ける姿勢は、文学にとどまらず、多くの学問分野に通じます。

 

スコット受容研究では嬉しい出会いもありました。19世紀末に台頭してきていた大衆読者層との関係では、当時多数出版されていた「廉価版」の重要性に着目していたものの、安価な普及版だけあって図書館での所蔵例は少なく、目にする機会も限られています。ところが、青山キャンパス旧図書館の書庫で別の資料を探していたときに、偶然にもその一つを見つけたのです。ほの暗い書庫の一角で、粗い紙に小さな文字がびっしりと二列に並ぶ『ウェイヴァリー』を開いた瞬間、タイムスリップして、知識欲に駆られてこれを手に取った当時の読者の一人になったかのような感覚を覚えました。さらに、『アイヴァンホー』の日本語翻案の一つ『梅蕾余薫』に接する機会にも恵まれました。スコットは、シェイクスピア、ブルワー=リットンと並んで、明治時代に最初に翻訳された三人の英国作家の一人で、この二人の作品とともに、青山学院資料センター(現青山学院ミュージアム)に所蔵があったのです。英語教育と英文学研究に150年の歴史をもつ本学ならではの、忘れ難い経験です。

 

その一方、今度は日本では初のケースという先駆的な教育プログラムに関わることができていることもありがたく思っています。本学大学院文学研究科英米文学専攻博士前期課程の「環境人文学プログラム」(2024年度設置)がそれで、こちらは、地球環境問題に応答する取り組みとして、自身のこれまでの研究を環境という視座からとらえ直すことにもつながっています。

スコット作品からの引用が並ぶエディンバラのウェイヴァリー駅

 

高校生の皆さんは、一見異なるさまざまな事柄に興味があると思います。まずはそれらのあいだにあるはずのつながりを自分で見つけてみてください。それが文学や英語と結びつくものであれば、文学部英米文学科はそのつながりの核を深く探究することで、別の新しい面を発見する、有意義で刺激的な学びの場となることでしょう。社会と自分自身への多様な視点と解放に続く知的冒険の旅を楽しんでください。

あわせて読みたい

  • 松井優子『スコット―人と文学』(勉誠出版、2007年)
  • 日本カレドニア学会編『スコットランドの歴史と文化』(明石書店、2008年)
  • 福田敬子・上野直子・松井優子編著『憑依する英語圏テクスト―亡霊・血・まぼろし』(音羽書房鶴見書店、2018年)
  • 結城正美編著『モア・ザン・ヒューマンの物語―環境人文学10のシークエンス』(青山学院大学総合研究所叢書)(ミネルヴァ書房、2025年)

青山学院大学でこのテーマを学ぶ

文学部 英米文学科

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