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世界を読み解くコラム

  • 経営学部
  • サービス品質を可視化し、これからの「顧客満足」のあり方を探求する
  • 小野 譲司 教授
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日本に適した顧客満足度調査「JCSI」

私の研究分野はマーケティング、特にサービス産業の市場分析とマーケティングが専門です。飲食・小売、旅行・宿泊、鉄道・航空、エンターテインメントなどコロナ禍で大きな影響を受けている業種から、金融・保険、通信、物流、フィットネスなど、いわゆる第3次産業と呼ばれる、GDPの7割を超える経済セクターです。工業製品などとは異なり、企業が提供するサービスは無形で目に見えず、その品質を機械で測ることもできません。日本中のさまざまな企業が展開するサービスを対象に、そのような目に見えない「品質」がお客様目線・利用者目線でどのように見えているのか、そこからリピーターがどのように生まれてくるかといったメカニズムを理論とデータに基づいて研究しています。

 

日々、私が研究を進めていく中で一つの軸となっているのが、「JCSI(日本版顧客満足度指数:Japanese Customer Satisfaction Index)」のデータを用いた実証研究です。2006年、第一次安倍内閣時に産業政策の一つとして、サービス業の生産性を向上させるプロジェクト「サービス産業生産性協議会(SPRING)」という産学官の協議会がスタートしました。私はその一環で、サービス産業での顧客満足度を可視化させる顧客満足度調査の開発グループの主査として参画しました。このような大規模なプロジェクトは、一人の研究者レベルでは実施が難しいので、夢のような機会でした。

当時、アメリカやアジア諸国では、同様の指標としてACSI(American Customer Satisfaction Index)というものが使われていました。当初、開発グループではそのライセンスを取得して利用するのが良いのではないかと考えましたが、いざ「ACSI」を導入しようとしても、日本の状況にそぐわない点が出てきます。インターネット調査に向いていない調査手法や日本向きではない設問があり、調査の精度を保てなくなる恐れがあったのです。例えば「ACSI」には特定企業に対する“complaining(苦情)”を行なったかを、消費者に尋ねる設問があります。これを日本にそのまま導入すると、実際は不満を感じる経験をしていても、「苦情を申し立てた」という回答が極端に低くなってしまい、モデルがうまく推定できなくなってしまうのです。最近はレビューサイトやSNSが発展してきてだいぶ環境が変わりましたが、日本人ないしアジア人は、米国の消費者に比べて企業に直接、不平不満を言わない傾向にあるようです。そこで、私たちのグループでは、この部分を「このサービスを友人に推奨したくなりましたか」といった“推奨意向”を測る設問にあらためました。平たく言えば、友人や他人にクチコミしたいかどうかです。こうした技術的な工夫を積み重ねる一方、企業の方々で構成する企業アドバイザリーグループを組織化するなど、日本人の傾向に合わせた形で顧客満足度を測れる仕組みを開発しました。

このように単にACSIを置き換えるのではなく、日本に適した形で新たな指標作成に着手しました。そうして3年かけて開発されたのが「JCSI」です。2009年に正式にスタートして以降、国の予算を離れて民営化し、毎年、調査を継続しています。調査対象は2021年時点では32業種、約400社・ブランド、約12万人にも及ぶ国内最大級の顧客調査として、多くの企業でさまざまな目的でご活用いただいています。

 

日本向けにチューンアップした「JCSI」データからは、日本のサービスに関する、さまざまな発見があります。2021年夏に診断システムから知見までのガイドブックならびに解説書として『サービスエクセレンス CSI診断による顧客経験[CX]の可視化』(生産性出版)を出版させていただきました。その中で、日本におけるサービスエクセレンス、すなわち、優れたサービスの意味がいかに変化し、多次元で捉えなくてはならないかが示されたと思います。例えば、日本のサービスを言い表すキーワードとして「おもてなし」があります。顧客満足を生み出すサービスといえば、もっぱら至れり尽くせりの人を介した「おもてなし」サービスの充実にあると暗に考えられている感があり、私はそれにいくばくかの疑問を持っていました。事実、顧客サービスに関する講演会やセミナーでは、おもてなしの評価が高い一流ホテルや高級旅館の方が登壇されるのが定番だったのです。

 

確かに「おもてなし」の充実は素晴らしいことです。微に入り細にわたって、多彩な心遣いが施されたサービスは利用者の高い満足を生み出します。けれど、必ずしも人を介した手厚い「おもてなし」だけが顧客満足に結びつくとは限りません。「サービスは素晴らしいが値段に見合わない」「接客せずに放っておいてほしい」といったニーズを持っている人々もいるでしょう。

 

「JCSI」は実際にサービスを経験した顧客を継続的に調査することによって、そうした顧客心理の多様な側面を浮かび上がらせることをねらいとしています。その中でも重要なキーワードは、消費者がサービスに対して「コストパフォーマンス(コスパ)」を重視した評価をより厳しくするようになった、ということです。店舗を持たないオンライン専業の旅行会社(OTA)、銀行、証券は、伝統的な人を介した業態よりも高い満足度を得ていますが、その原動力となっているのは手数料の低さをはじめとした「コスパの良さ」です。ビジネスホテルや新興航空会社もコスパの良さが一貫して高く評価されています。一流ホテルのおもてなしに満足する利用者もいれば、格安ホテルで得られるコスパに満足する利用者も、手頃な値段で手頃なサービスに満足する利用者もいます。高級ホテルは高級ホテル、格安ホテルは格安ホテルと最初から分けて考えるのではなく、「JCSI」では同業種を網羅的に分析します。こうした比較について、そもそもジャンルが違うとか、格が違うものを比較することに何の意味があるのかというご指摘もいただきましたが、問題は専門家が見た格式ではなく、顧客がどう見ているかにある、と考えています。あるブランドで提供されるサービスに顧客が何を期待し、それを満たす品質のサービスが、適切な対価で提供されたかどうか。そうした観点に立って、サービスエクセレンスを捉え、データでその様子を可視化することが、少しはできてきたのではないかと思っています。

多様なニーズに対して多様なサービスを実現する

「JCSI」では、サービス品質とコスパを見出すことによって、日本のサービス業のさまざまな点が見えてきました。先程のホテルの例のように、知覚価値はさまざまな点で顧客満足度に影響しています。特に印象的なのは、異業種から参入した企業のサービスです。常識にとらわれないイノベーションで顧客満足度を高めていく例が、さまざまな場所で見られました。

 

金融業界でも従来のメガバンクに対して、新規参入したオンライン銀行が高い満足度を生み出しています。ホテル業界や保険業界、旅行代理店などにもそうした傾向が見られます。一つの業界で長く実績を築いてきた企業の良さはもちろんあります。けれど、異業種から参入した企業は、時代の流れのようなものを上手くとらえられるのかもしれません。顧客ときめ細かに接点を設けて提供していく「ハイタッチ」型のサービスばかりではなく、インターネットを活用し、なるべく顧客との接点を抑えたコストパフォーマンスの良いサービスも満足度が高い。そのような傾向が、知覚価値(消費者が製品に対して抱く品質や費用に対する総合的な価値判断)の可視化によって浮かび上がってきました。

 

 

さらに見えてきたのが、地方の隠れた人気サービス業の存在です。全国での知名度は高くなくても、地域に根ざしたコンビニエンスストアやドラッグストア、あるいは交通事業者の顧客満足度が非常に高いケースがあります。必ずしも中央に本社がある巨大チェーンの満足度が高いわけではありません。経営規模がそこまで大きくない地域の企業でも、高い満足度を生み出すことが明らかになった。このことは同じようなローカル企業にとって、大きな励みになっているのではないでしょうか。

 

もちろん、全国で誰もが知っているようなマーケットシェアの高い企業ほど、多くの消費者が利用しています。そうすると顧客満足度も高くなると思われがちですが、必ずしもそうとは限りません。むしろ「JCSI」の調査結果を見ると、マーケットシェアと顧客満足度には、一方の因子が増加すると他方が減少する、逆相関の関係性さえ浮かび上がってきます。多くの方は、マーケットシェアが高いブランドは、顧客満足度も高いと思われるようです。多くの人が支持しているからこそ、売上高が大きくなり、シェアが高くなるはずだと。人々のサービスに対するニーズが同じならそうしたことは起こりえます。しかし、現実はそうならないことが多いです。なぜでしょうか。たくさん売れるということは、いろいろな人に支持されている一方で、端から端までさまざまな嗜好の人に対応しなければいけません。例えば、通信業界を見ると、大手3社(3ブランド)の知名度やユーザー数が圧倒的ですが、実は調査結果を見るとその満足度はそこまで高くありません。それよりも格安スマホと呼ばれるカテゴリーのブランドの方が高い満足度を示す傾向にあります。マーケットが大きくなればなるほど、利用者の望みは多様になり、万人が満足するサービスは簡単ではなくなってきます。「高くても親切かつ対面接客があって便利」を望む人もいれば、「有名ブランドの安心感」を望む人も「コスパが一番大事」と考える人もいます。市場シェアの大きな企業は、そうした多様なニーズに応えなければなりませんが、どうしても期待に添えない顧客が一定数存在するため、総体的に満足度が低くなってしまうのです。

 

近年、そうした好みの多様化に対して、企業はある戦略をもって対応しようとしています。携帯電話の大手3社が格安ブランドを運営しているように、今やさまざまな業種で大手企業は「多ブランド化」戦略を打ち出しています。例えば、航空業界では日本航空(JAL)も全日本空輸(ANA)も傘下にLCC(格安航空会社)を抱え、従来のフルサービスを求める利用者にも、簡素化されたサービスでもコスパを求める利用者にも、それぞれ対応できる体制を構築しています。ホテル業界でも超高級ホテルを運営している企業が、それ以外に中堅、リーズナブルと5倍、6倍も価格差があるような複数ホテルブランドを運営していることが珍しくありません。アパレル企業が価格帯を分けて複数のブランドを運営していることは皆さんもよくご存じだと思います。サービスの利用者にとっては「絶対にこのブランド」ということではなく、使いたい時に使いたいサービスが選べるような時代になっています。

 

経営学では、企業経営にはいくつかの志向パターンがあると考えられています。1つは「技術志向」。簡単に言えば、高級・高度な技術やサービスを生み出していけば、会社は発展するだろうという考え方です。2つ目は「財務志向」。稼げる仕事、儲かる客を大事にしようという考え方。そして3つ目は「顧客志向」。お客様の目線に立って、新規の利用者をどうやってリピーターへ育てていくかというマーケティングで強調される考え方です。最初にお話しした「おもてなし」で言えば、「果たしておもてなしは真の顧客志向なのだろうか?」と考えるのがマーケティングの発想とも言えます。もしかしたら、おもてなしに固執してしまうことは、自社の接客の技術レベルの高さを押しつけているように、一部の顧客には見えてしまうかもしれません。技術や利益だけを追求するのでは顧客視点のマーケティングになりません。利用者が何を望んでいるかについて考え、そしてサービスを実現・提供していくことが、マーケティング戦略にとって非常に重要なのです。

サービスのあり方は画一的ではない

「JCSI」はこの10年余り、サービス分野に限られていますが、日本の消費者・ユーザーの声を丁寧に拾ってサービス品質の可視化を行ってきました。それによって企業やブランドごとに顧客満足度の高低を浮き彫りにし、生産性を向上させる重要な指標として、ずっと活用されつづけています。しかし、その一方でリスクもあると私は考えています。それは、「満足度の高いこの企業のやり方が正解」といった画一的な考え方を引き起こしてしまうのではないかということです。

 

ここまでお話ししたように、サービスに決まった唯一の正解はありません。人によって求めるものはそれぞれ異なります。マーケティング研究では「市場の異質性」と呼んでいますが、異質なニーズをもった人々で市場は構成されることが多いのですが、人それぞれに望むサービスに手が伸び、そして満足を得られる市場こそが理想的です。サービスの質を単純化してしまい、市場が画一的なものになってしまってはおもしろくありません。

 

東京には世界の主要都市に類を見ないほど、数多くの飲食店が密集しています。ラーメン店を見てもミシュランガイドに載るような高級店もあれば、昔ながらの庶民的なお店もあります。さらに、店主がこだわりを追求している店、いつ行っても安心できるチェーン店など……。もちろん、雰囲気重視で味はイマイチとレビューサイトにコメントを書かれる店もあります。食に対する人の好みや価値観は多様ですので、一概にランキングをつけられるものではありませんが、いろいろな選択肢の中から、お気に入りの店を発掘するのが、食通やカフェ巡りをする人たちの楽しみなのかもしれません。特に東京や大阪をはじめとした大都市圏は、そうした多種多様なお店に満ちていて、私たちにはその時々で望む店へ訪れる楽しさがあります。また、タピオカドリンクや唐揚げが流行り出すと、国内のあちこちに次々と新規出店が起こり、オリジナリティを競っています。飲食業は開業・廃業率が高く、新陳代謝が激しい産業ですが、それが多様性のあるサービスが生まれるダイナミズムなのだと私は思っています。

 

ところで、外国人観光客に向けて複数の外国語メニューを用意するなどのサービスの標準化をして、認証を行うべきではないかという考え方があります。衛生、安全性、プライバシー保護といったことは最低限必要なことですが、そうでないことも多々あります。観光客の中には、観光客目当てではないローカルなお店の雰囲気を体験したい人もいて、読めない日本語のメニューだけを見てあれこれ味を想像しながら、当てずっぽうで注文することこそ旅行の楽しさだと考える人もいるでしょう。逆に、私たちがイタリアに旅行してレストランで日本語メニューが出てきたらどう思うでしょうか。もちろん、ありがたいと思う人もいれば、観光客向けだなとネガティブに思う人もいます。どちらを取るかは店や企業がどうするかという経営方針の問題でもあります。

 

私が研究対象としている中堅・大手の企業は、ブランドの看板を背負って、当たり外れが少ないサービスを確実に提供することが顧客から期待されます。知らない土地に行って、どの店に入ったら良いか困った時、見慣れた看板のファストフードやコンビニを安心して利用できるのは、消費者にとってとても大切な価値です。そうしたお客様の信頼や期待を確立するために、いわゆる「チェーン」と呼ばれるサービス業者には、いつも安定した接客や味、店の雰囲気といった目に見えないサービスを管理する仕組みが必要とされるのです。もちろんこのことは飲食市場に限らず、さまざまな業種にもあてはまることです。

「JCSI」は大企業中心の調査ですが、私のこれからの研究課題としては、中小零細や個人経営といった多数の中小サービス業をも視野に入れた研究の推進です。多様性があるからこそ、どの利用者にとってもちょうどいいポジションのサービスが見つかり、さまざまなサービスが活況を呈していく。「JCSI」は日本のサービス業の素晴らしさの一端を顧客の視点から可視化してきました。引き続き、もっと多くのサービス業における顧客経験のあり方を見つめつづけていくつもりです。(2021年10月掲載)

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  • 所属:青山学院大学 経営学部 マーケティング学科
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