AGU RESEARCH

世界を解き明かすコラム
ー 研究者に迫る ー

私たちが生きている世界には、
身近なことから人類全体に関わることまで、
さまざまな問題が溢れています。
意外に知られていない現状や真相を、
本学が誇る教員たちが興味深い視点から
解き明かします。

  • 地球社会共生学部 地球社会共生学科
  • 「中進国の罠」に陥るメキシコ経済。
    その地域間格差や貧困の課題を考察する
  • 咲川 可央子 准教授
  • 地球社会共生学部 地球社会共生学科
  • 「中進国の罠」に陥るメキシコ経済。
    その地域間格差や貧困の課題を考察する
  • 咲川 可央子 准教授

経済成長が停滞するメキシコの現状

経済発展の途上にある国々を中心に貧困等の諸課題を分析し、開発の道筋を見出そうとする開発経済学。なかでも、私は留学経験のあるメキシコの経済が抱える課題に強い関心を持ってきました。一つ目は格差の問題です。メキシコは、国全体としては中所得国に分類されますが、格差が激しく、貧しい地域もあれば豊かな地域もあり、アメリカから離れた南部ほど貧困率が高い傾向にあります。路上で一芸を披露したり、簡単な食事を提供する商売をしたりして日銭を稼ぐインフォーマルセクター*1 の人口が国全体で6割とも言われ、新型コロナウイルス感染症(コロナ)の流行も大きく影響しているだろうと推察しています。二つ目がグローバル・バリュー・チェーン*2における役割についてです。メキシコはグローバル・バリュー・チェーンに取り込まれたことで国内に工場ができて生産拠点となり、雇用が生まれて経済が上向いた地域もありました。しかし、安い労働力を用いて低付加価値な工程を担う段階で経済成長が停滞してしまい、国全体としては先進国入りできない「中進国の罠」という状態に陥っています。こうしたグローバル化と所得格差との関連にも着目しています。

一方、格差社会でありながら幸福度が高いという調査結果もあり、メキシコ人のおおらかで明るい国民性はとても興味深いです。現地で知り合った私の友人に関して言えば、家族との絆が強固だという印象です。また、経済的にはアメリカと深い結びつきがあるものの、心情的にはかつて戦争に負けて領土を奪われたという根強い反発心を抱いている側面もあり、それにも関わらずアメリカに憧れる人もいるなど複雑な感情が垣間見えます。

近年はメキシコに足を運ぶ機会が限られているうえ、各種データが出揃うまで時間がかかるため明言はできませんが、コロナ禍のような厳しい状況において最も影響を受けるのはインフォーマルセクターのようなセーフティネットのない脆弱な人々で、彼らの仕事は減少していると考えられます。また、メキシコはコロナによる致死率が高いと言われているのも気がかりです。

格差について考えさせられる国立宮殿の壁画(ディエゴ・リベラ作)

 

*1 労働者の給与、社会保障、休暇などの労働条件が法律や契約で守られておらず、税金も納めていない雇用形態。

*2 1つの財を生産するための生産活動を細かな工程に分け、それぞれの工程ごとに最も効率の良い国で生産する国際産業連関。

メキシコ経済研究の道へ進んだきっかけ

私は青山学院大学国際政治経済学部で学んだ後、本学大学院修士課程に進学しました。学部時代に第二外国語として履修したスペイン語の独特の語感が好きで、授業以外にも外部の公開講座に通うなどして勉強し、3年次になる前の春休みにはスペイン・マラガに短期語学留学して集中的にスペイン語力を磨きました。また、3年次で入った経済理論のゼミナールでの学びとともに、開発経済学の授業の受講をきっかけにこの分野に強い関心を持ち、スペイン語圏のラテンアメリカの開発問題について研究したいと考えました。最初の修士論文ではチリを対象に開発経済学分野の研究に取り組みました。さらに現地を自分の目で見たくてグアテマラの農村でのNGO活動にも参加し、電気も水も通っていない村で保育所建設の後方支援に携わりました。拙いスペイン語でどこまで役に立てたか定かではありませんが、そこで暮らす人々と触れ合い、星降る夜空の下で豊かさとはどういうことかと考えました。大学院修了後、一旦就職したものの、留学したいという思いを抑えきれず、働きながら政府の奨学金の試験や大学院の入試などを受験。退職してメキシコ大学院大学(修士課程)に進むと報告した時には、周囲の方々はとても驚かれたようです。メキシコから帰国後も研究心が止まずに、神戸大学大学院(博士後期課程)に遠距離通学をして博士号を取得しました。

これまでの研究においては、「経済理論」「実証」「国の特徴」を3本柱に据え、多角的なアプローチを試みてきました。「経済理論」は考え方の土台、「実証」は客観的・科学的な検証方法、「国の特徴」は理論や統計的手法だけではわからないことを調査するということです。マクロ経済学、ミクロ経済学、国際経済学、開発経済学の理論をベースに、統計的手法を用いた分析・実証や、現地での質的調査を組み合わせて研究を行っていきたいと思っています。幅広い文献に目を通すとともに、現地の状況を「自分の目で見て理解する」ことも重要であると思います。

大学院時代2年強の期間をメキシコシティで暮らしたこともあり、上記の研究3本柱を念頭にメキシコの開発問題についての論文を書いてきました。例えば、マクロ経済学の経済成長論に基づいて、メキシコの地域間で生産性の格差がどの程度あるかについて検証したり、貧しい州が豊かな州にキャッチアップしているかどうかについて検証したりしました。独自のネットワークにより、一般には公表されていない詳細な都市別・財別の価格データが入手できたこともあり、国際経済学の理論に基づき、メキシコの国内の都市間で物価が一律に向かっているのかどうかについて検証したこともあります。やはり、私が大きな関心を寄せるのは格差や貧困の問題です。「経済理論」「実証」「国の特徴」すべてをアップグレードさせ、格差是正に向けた方策に結びつく成果を目指してさらに研究を深めていきます。

現在も交流が続いている留学先のメキシコ大学院大学

知らないことを知る面白さと、日常生活にある発見

学修・研究の醍醐味は「知らないことを知る面白さ」に尽きると思います。私はずっと経済学に携わってきたので、経済学的な思考で社会を見る習慣があるのですが、本学部に着任してからは、これに社会学や政治学、国際協力的な思考を加え、社会を複眼的にとらえるようになってきました。そうすると、日常生活の中にもさまざまな気付きが生まれます。インターネット通販を例に挙げれば、注文する側としてはワンクリックでなんでもすぐに届くため、忙しいときには便利ですが、荷物が届くたびに段ボールが増えていきます。一方、配送業者側から見れば、不在の場合には何度も訪問しなければならないなど負担が増すばかりです。過剰な段ボールは環境問題の1つでしょう。インターネット通販の問題はSDGsの目標12「つくる責任 つかう責任」にも大きく関わっています。廃棄費用を消費者負担にするといった方策で少しは改善に向かうかもしれませんが、そこには複雑な問題が絡んでおり、それだけで解決するとは思えません。コロナ禍もあってインターネット通販の需要は伸びており、各社の競争も激しくなっている状況で、配送業に携わる人たちの労働環境も厳しさを増しており、この仕組みを俯瞰的に考え直すべき時期にきていると感じます。

好奇心とエネルギーという最大の武器を生かしてチャレンジを

学生時代を振り返ってみると、当時の私にとって好奇心とエネルギーが最大の武器だったことは間違いありません。良くも悪くも若かったのでしょう。興味の赴くまま、やりたいことに挑み続けた結果、今があります。当時、インターネットの整備も今ほど進んでおらず、情報は自分で探して取りにいかなければ得られないものでした。例えば、グアテマラでのNGO活動に参加した際には、外務省職員だった大学院のクラスメートからアドバイスをもらい、青山キャンパスの目の前にある国連大学からNGOリストを入手して、ラテンアメリカにプロジェクトを持つNGOに片っ端から電話で問い合わせたり足を運んだりして聞きまわっていました。おもしろそうだと感じて、行きたいと思ったら行く方法を模索して、突き進んでいたように思います。今は学内でもさまざまな情報を得られる体制が整っているので、学生の皆さんにはそれらを積極的に活用し、興味・関心のあることにチャレンジしてほしいです。

教員としては、社会で活躍できる人材の育成に力を注いでいます。私自身、若さゆえの無謀な所もあったし、紆余曲折もありましたが、周りの方からの影響を受けつつ先生方の指導で大きく成長できたと感じています。学生には学問的知識にとどまらず、良識や知恵、判断力や行動力、リーダーシップ、協調性、コミュニケーション力を身に付けて巣立ってほしいと願います。そのような学生達が社会で活躍してくれれば、社会貢献につながると考えています。

今後の研究に関しては、海外渡航が可能になればフィールドワークを再開する予定です。本学部と関わりの深いアジア諸国との関係にも興味があります。経済理論と実証に現場の目を組み合わせ、私にしかできないテーマを追究していきます。

 

(2022年6月掲載)

あわせて読みたい

  • 「メキシコにおける所得格差の変遷:地域間格差、グローバル化、インフォーマル部門の考察から」咲川可央子著 『ラテンアメリカ所得格差論-歴史的起源・グローバル化・社会政策』浜口伸明編(国際書院:2018)
  • “Regional Convergence in Mexico, 1970-2005: A Panel Data Approach” Sakikawa, Kaoko “Growth and Change 43 (2)” 252-272 (2012)

  • “Estimación de la productividad total de los factores regional de México, 1988-1998” Sakikawa, Kaoko『ラテンアメリカ論集』第37号, 25-41 (2003)

青山学院大学でこのテーマを学ぶ

地球社会共生学部 地球社会共生学科

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