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過小評価な原発コスト

2011年3月11日、東日本大震災が発生。地震と津波の被害はもちろん、福島第一原発事故による被害は甚大なものとなったのは言うまでもありません。この大震災により、日本は「いのちと暮らし」について日々考えさせられることとなりました。

 

事故収束のために、今でも現場では懸命な作業が続く中、全国に54基ある原子力発電所では地層調査が行われ、各地の発電所の近くに活断層の存在が指摘されたり、北海道電力泊原発3号機(北海道泊村)の定期検査の停止により、2012年5月3日未明から原子力発電が全面停止になるなど、原子力発電の現状が日々変化しています。また、原子力発電の再稼働がなければ、電力不足が懸念されるとして、再稼働ありきの報道が日々なされ、原子力発電の存在そのものが問われているのが現状です。

 

 

そもそも原子力発電は、原爆の製造技術を原子力潜水艦の動力用原子炉に応用し、さらに商業用に転用したもので、濃縮ウラン等の核物質ばかりか、研究そのものをアメリカの監視下におかれた上で進められました。アメリカそして日本政府のもと、東京電力を始め民間企業が押し進めてきたのが原子力発電なのです。政府は国民に、他の発電よりコストが安いとし、全国に設置を進めてきましたが、今回の福島第一原発事故により、その試算コスト計算は過小評価であることが明らかになってきました。下表を見てください。

 

政府の原子力委員会と民間の原子力資料情報室などが主張する計算には大きな隔たりがあります。一番の大きな違いは、「重大事故時の損害費用」です。5.7兆円という予算は東京電力が賠償しなければならない最低限の費用であり、除染費用は限定的で、首都圏などのホットスポットは全く考えられていないのです。
また福島第一原発事故が起きて以来、10万年に1度とされていた発生確率は、500年に一度と改正されました。しかし実際には、1979年のアメリカのスリーマイル島、1986年のロシア(旧ソ連)のチェルノブイリ、そして2011年の日本の福島と、約10年に1度の割合で、巨大な事故が起きているのが現実です。原子力発電の安全神話は、机上の理論なのです。

 

安全神話のもとの損害賠償制度

現在でも、福島では17万人もの人が県内外に避難し、1万人を超える小・中・高校生が県外に転出しています。子どもの将来を考えて出て行く人、仕事や生活のことを考えて戻る人、様々です。生まれ育った土地を離れるのも、放射能を心配しながら地元に戻り生活する人も、どちらも地獄だと言わざるをえないでしょう。宮城や岩手からの避難も少なくありません。
福島・宮城・岩手だけではありません。広い範囲での放射能汚染の危険性、また放射能の影響で今後多発する可能性がある白血病やがんなどの後発性障害に対しての損害賠償の問題は、依然として解決の糸口がつかめないままです。仮に損害賠償を受けたとしても、もちろん「いのちと健康」を取り戻すことはできません。

 

原子力損害賠償法は、日本だけでなく世界的にもアメリカの「プライスアンダーソン法」がもとになっています。また「事故は起こらない」という前提で、掛け金も少なく運営されてきました。

 

 

上図の損害賠償制度の構成を見ていただけるとお分かりのように、賠償の方法には3つのパターンがあります。原子力事業者の損害賠償措置額は1200億円が上限とされており、これを超える額は事業者に対し、国が援助を行うことになっています。1200億円の賠償に当たり、(2)の政府と事業者との補償契約については、年間1サイト(発電所)あたり3600万円、全サイトで8億9000万円の掛け金で補償契約をしてきましたが、その金額は少なすぎ、またそれは積み立てられることもなく、政府の一般会計に入り、毎年消えて行っていたのも問題です。

 

また今回の福島の場合は、とりあえず(2)のパターンとされました。しかし、(1)のパターンなのか、もしくは地震、津波の影響の(2)のパターンなのか、東日本大震災を「異常に巨大な天災地変」としてとらえる(3)のパターンになるのか、その実質をめぐって綱引きが続いています。震災から1年以上たった今でも、責任の所在が明らかになっていません。被害をくり返さないためには、責任の所在をはっきりさせ、保障の実現が不可欠なのに、進んでいないのです。

再保険からも見放された福島

1999年に起きた茨城県東海村のジェー・シー・オー(JCO)の臨界事故の際は、避難費用や農作物への風評被害を含め、約8000件の賠償請求があり、約7000件が支払い対象となりました。総額154億円が支払われたわけですが、巨額負担が必至の今回の福島の場合、東海村のように賠償範囲が認められるのかは、全く見えてきません。

 

東京電力と政府で、責任のなすり合いをしながら、損害賠償問題が前に進まない現実に輪をかけて、民間の損害保険会社で構成されている「日本原子力保険プール」は、東京電力福島第一原発に対する損害保険の契約が切れた2012年1月に、1200億円の保険を打ち切りました。営利目的で運営される民間保険会社としては、事故の現実に直面し、これ以上、保険契約を継続することは難しい、リスクが高いという判断をするのは当然のことと思います。

 

みなさんは「再保険」という言葉を聞いたことはありますか。今回のような天災の他に、ジャンボジェット機事故、宇宙衛星事故などの巨大なリスクに対して、多額の保険金の支払いが必要となる可能性がある保険について、保険会社(保険者)がリスクを分散するために、責任の一部を他の保険会社に引き受けてもらう制度のことを言います。「保険の保険」という意味で「再保険」といい、日本原子力プールの背後には国際的な再保険ネットワークがあります。

 

 

しかしながら、今回の福島の事故で、国際的な再保険も引き受け先がなくなってしまい、保険の継続ができなくなったのです。原子力損害賠償法では、保険加入が義務づけられ、無保険の状態では原子炉の冷却や使用済み燃料のとりだしなど事故収束のための作業ができなくなるため、東京電力は政府に1200億円を供託して、事故が起きた場合には、賠償用に引き出せる仕組みを臨時的に作りました。
また事故責任の所在を明らかにしないまま、政府直属の「原子力損害賠償支援機構」という機関が作られました。これにより、賠償責任を誰が追うのか先送りされ、財源がないところで、国民の税金を使い、原発事故の賠償が行われていくことになるでしょう。

「保険」は「社会を映し出す鏡」

ここまで実質的に何も解決されずにきている原子力損害賠償は、制度自体が原発推進のための実務上の検討以外には、ほとんど研究がなされず、今まできてしまったことが大きな問題です。私は30年以上前からそのことを言い続けてきたのですが、これらの問題は「保険」が経済学、社会科学において理論的に考察されてこなかったという学問のあり方を反映しています。

 

損害保険や生命保険などの保険は、商品経済つまりは資本主義の芽とともに生まれ育ちました。その広がりのもとで、政府が実施する社会保険が労働者保険として19世紀のドイツ(当時のプロシア)で生まれました。当時のドイツは後進国として、イギリスやフランスに追いつけ追いこせの時代。労働なくして経済発展はできないので、一番保険を必要とされる労働者向けの保険ができたのが最初でした。その後各国に社会保険が広まり、第二次世界大戦後、社会保険から社会保障へと発展していったのです。

 

 

世界中どこにでも「保険」はあるのですが、とりわけ私たちの日本では保険づけになっていると言ってもいいでしょう。日本の社会保障の中心は、社会保険にあります。「医療保険」、「介護保険」、「雇用保険」、「労災保険」、「年金保険」など公的保険のほか、民間の「生命保険」や「自動車保険」など、生活のすべてに「保険」が浸透しています。もはや「保険」なくして生きることも死ぬこともできなくなり、現代社会も機能しなくなっています。

 

「保険」は「社会と人間を映し出す鏡」です。世界中の「保険」に注目してみると、そこにはその国の社会と人々、社会の運営の仕方など、資本主義の違いが見えてきます。日本はアメリカ向きで、福祉国家と言われる北欧諸国とは、社会も人も、国の運営も全く違うのです。私は日本とアメリカの資本主義は行き詰まっていると感じています。経済成長を徹底すれば、社会は安定し、暮らしは安定するのかと言うとそれもまた違うでしょう。日本の将来を考えるとき、現状の日本の社会のあり方とそれを反映した「保険」のあり方を再度見直す必要があるのではないでしょうか。

 

2011年3月11日、東日本大震災は、私たちの「いのちと暮らし」を一変させました。いのちが失われては、よりよい人間の状態、労働と生活、社会を求める努力を含めて、そのすべてが意味を失います。「保険」を経済学、社会科学という観点で考察することで、今ここにある社会とリスクの現実、そして未来が様々に見えてくるのではないかと思っています。

 

(2012年掲載)

あわせて読みたい

  • 『保険の社会学―医療・くらし・原発・戦争』 本間 照光著(勁草書房:1992)
  • 『団体定期保険と企業社会』 本間 照光著(日本経済評論社:1997)
  • 『社会科学としての保険論』 本間 照光、小林北一郎:著(汐文社:1983)
  • 『階層化する労働と生活』 本間 照光他共著(日本経済評論社:2006)

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  • (インタビュー当時、経済学部教授)

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