AGU RESEARCH

世界を解き明かすコラム
ー 研究者に迫る ー

私たちが生きている世界には、
身近なことから人類全体に関わることまで、
さまざまな問題が溢れています。
意外に知られていない現状や真相を、
本学が誇る教員たちが興味深い視点から
解き明かします。

  • 教育人間科学部
  • 『音の世界』と『心理』とのつながり
  • 重野 純 教授
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  • 重野 純 教授

「音」と「心」を考える

 まずは下のそれぞれの「Play」をクリックして音を聞いてみてください。

 

60歳代【Play】10000Hz

 

50歳代【Play】12000Hz

 

40歳代【Play】14000Hz

 

30歳代【Play】16000Hz

 

20歳代【Play】17000Hz

 

 

 どの音まで聞こえましたか?自分の年齢と見合わず、ショックを受けている人も多いかもしれませんね。聴力は年々低下していきますが、それには個人差があります。私たち人間は20Hz~20000Hzの音を聴く事ができるとされていますが、言葉は3000Hz前後ぐらいまで聞こえれば聞き取ることができます。電話も以前は3000Hzまでしか通さない仕組みでしたし、健康診断の聴力検査では、1000Hzから4000Hzの音域の中での検査となっています。8000Hzが聞こえれば、日常生活にはほとんど支障はきたさないと言って良いでしょう。

 

 なぜ、心を学ぶ「心理学」なのに、「音」についてお話しているかというと、そこには深い関係性があるからです。金属をこすり合わせて出る「キーン」という音を不快に感じたり、音楽によって不安な気持ちが和らいだり、元気になったり。普段の生活を振り返ると、「音」によって「心」が変化していることがお分かりになるでしょう。
「音楽」が「心理学」の中で研究されるようになったのは、19世紀の終わり頃から20世紀の始めと言われています。しかし、古代から「音楽」を使って、病気を治すという流れがありました。ギリシア神話に出てくる「アポロン」という神様は、「音楽」と「医術」を司る神様とされ、その2つは密接な関係性をもっていると信じられてきました。しかしながら、当時は病気の原因など分からず、薬も未発達な時代ですから、音楽を聴いても本当に病気が治るということではありません。「音楽」によって、精神的に痛みや苦しみが和らいだ感じがすることを、経験的に分かっていたということです。その古代からの流れは、現代では「音楽療法」として発展を続けています。精神科病院はもちろん、アメリカでは80年くらい前から、非行少年らの更正のために音楽が使われるようになりました。
それでは、このように人間の心に深い関係性を持つ「音」について、これからお話したいと思います。

「音」が「人」に与える影響とは

 言葉や音楽はもちろん、物の響きや動物の鳴き声など、様々な「音」の中で、私たちは生活していますね。「音」とは、空気の振動によってできる「波」であり、それが耳に届き、脳が音として認識しています。この音の波=音波は「1秒間にくり返される」周波数をHz(ヘルツ)という単位で表します。周波数が少ないほど音は低く、周波数が多いほど高音です。先にもお話しましたが、人間は20Hz~20000Hzの音を聴くことができますが、その範囲は動物によって異なります。

 

 私たちはある範囲の音を聴き、それを「音」と言っていますが、その範囲を外れたものも「音」であることには変わりません。聞こえない「音」も、日常生活の中で私たちに様々な影響を与えています。
人間が聞ける音の範囲を超えた高い音を「超音波」といい、イルカやコウモリなどは、この「超音波」を知覚することができます。人間には聞こえない「超音波」ですが、様々なジャンルで人間社会に役立っています。例えば、石を砕いたり、病院では胎児や胆石の診断などを行ったり、また人が立ち入るのが危険な原子力発電所の炉や配管のひび割れなどの点検に使われたりしています。
逆に、人間が聞ける音の範囲より低い音は「超低周波音」と呼ばれ、耳に圧迫感を感じさせたり、何となく不安を感じさせたりする音と言われています。100Hz以下の音は低周波音といい、高速道路の近くの住民が、何となく心理的苦痛を感じたり、体調がよくなくなったりするのは、高速道路から発する低周波音によると考えられています。音として聞こえなくても体や心への影響があるのです。

 人間を取り巻く音環境は、大きく変わりました。昔は「音」と言っても、自然界に存在する音や自分の歌声や口笛ぐらいで、現代のような大きな音を出す楽器やスピーカー、車や電車、ジェット機などもありませんでした。昔と比べ、音の種類も多くなり、音量も大きくなった現代に、昔の人がタイムトラベルしたらどうなることか、想像しきれません。右の図を見てください。現代でも電子機器に頼らず、また大きな音を立てることなく、日常生活を静かに暮らしているマバーン人は、アメリカのニューヨークに住む人と比べ物にならないくらい聴力がいいことが分かります。都会の音がどれだけ耳に負担なのか、そして耳にとって静かな環境がどれだけ重要なのかが分かりますね。

耳の老化を食い止めよう

音環境が変わっても、耳の機能は昔のままです。目は見たくなければつぶればいいですが、耳は耳栓をしても、全く聞こえなくなるワケではありませんね。耳は聴覚器官で、頭の奥深いところにあるため、手術もできません。大きな音に囲まれて生きている現代社会の私たちは、自分の耳を自分で守らなければならないのです。
「耳」は「外耳」「中耳」「内耳」と、大きく3つに分けることができ、音の受容器として働くのは、「内耳」の「蝸牛」にある基底膜上の有毛細胞です。人が音を認識するまでには、次の過程があります。

この中で一番重要なのが、有毛細胞です。「蝸牛」の中の基底膜上にある有毛細胞がゆれることによって、音波を電気信号に変換します。この有毛細胞がダメになると、音波が到達しても電気信号に変換出来ないため、脳で音が認識できなくなるのです。有毛細胞は、老化や大きな衝撃を受けて曲がったり、倒れてしまい、その働きが十分にできなくなっていきます。手前が高い音、奥が低い音を受け止めるようにできているので、手前の有毛細胞は傷みやすく、高い音から聞こえなくなっていくのです。高齢になると高い音が聞こえなくなるというのは、こういうことからです。
しかし、人間の体はうまくできていて、一度や二度大きな音を聴いたぐらいで、すぐその機能が働かなくなるというワケではありません。ただ、長い期間、大きな音を聴き続けていると、耳の老化は早まります。
近年、音楽プレイヤーとヘッドホン・イヤホンの急激な発展で、自分の好きな音楽を、他人に迷惑をかけることなく、いつでも聴くことができるようになりました。しかしヘッドホンなどを使って、耳に直接大きな音を入れることは、耳にとっては大変な負担です。また、通勤や通学などの長い時間聴き続けるということが、さらに耳への負担を大きくしています。このように、ヘッドホンで音を聴き続けることで難聴の症状が出ることを「ヘッドホン難聴」と言います。最近、耳の老化年齢が早くなった理由はここにあるとも言えるでしょう。耳は、機能が衰えたら、回復は望めません。そうならないように、常日頃から十分注意が必要です。なるべくヘッドホンを使わずにスピーカーで聴きましょう。どうしてもヘッドホンを使うときは、静かなところで音量を調節した後、地下鉄などに乗って聞こえなくなっても、音量をあげないことです。聴こえなくなったら聴かない。これが1番です。また、コンサートなど大音量の場所に行った後は静かな時間を持ち、耳を休ませてあげることも大切です。

人間に関わる事すべてが「心理学」

最初にお話ししました通り、「音」と「心」は密接な関係があります。ストレスなどにより音が聴こえなくなる「心因性難聴」、また言葉を発することができなくなる「失語症」などの症例もあります。また精神分析の父と言われるオーストリアの精神科医・フロイトは「人間の心には『無意識』が存在する」とし、自分の感情を無意識下に抑圧することによって、身体に様々な症状が現れると考えました。フロイトの患者さんにエリザベートという若い女性がいました。義理の兄に恋をしてしまったエリザベートは、その許されざる恋に悩み続けたことで、足が痛くて歩けなくなってしまった。しかし、その思いを治療者に打ち明け自覚したことで、足の痛みが和らぎ歩けるようになった。このように、心の悩みが体に症状を出す事もありますし、「音」のように外的要素が心の負担になり、体に症状を出すこともあるのです。
「心がどこにあるのか」というのは、永遠の問題ですが、心の問題によって身体に症状が出たりすることから、「心理学」を学ぶときには、人間の体についての知識が必要とされます。また、最近では「心は脳にある」とも言われ、脳の働きを知っていることも大切です。さらに発した症状を分析する点から、科学的な見地でアプローチし、統計的にまとめることも必要とされます。「心理学」というと、一見文系的な視点で見る方が多いと思いますが、実は理系的な学問であるのです。

この人間社会で、人間が関わることすべてが「心理学」の学びにつながります。例えば、ビルを建てるにしても人間が建てるわけですし、法律も人間社会のルールを決めるわけですので、「心理学」につながっていきます。図を見ていただければ分かるように、一見関係なさそうなジャンルでも「心理学」としての学問の花が咲きます。社会の中における意識や行動についての研究をする「社会心理学」、人間の知覚や脳の働きについて研究する「認知心理学」、ストレス等の心の問題を心理学的知識と技法を通して解決しようとする「臨床心理学」、スポーツを心理学的に研究する「スポーツ心理学」。私は、音楽や言葉という「音」の視点から「心理学」の研究をしていますので、ぜひこのジャンルに興味を持ってほしいとは思いますが、みなさんの興味のある事からで構いません。今回のお話で、社会全体を「心理学」を通して考えるきっかけになってくれるとうれしいです。これからも学問の樹は、まだまだ様々なジャンルで心理学という花を咲かせることでしょう。

 

(2012年掲載)

あわせて読みたい

  • 『キーワード心理学シリーズ2 聴覚・ことば』 重野純著(新曜社:2006)
  • 『音の世界の心理学』 重野純著(ナカニシヤ出版:2003)
  • 『言語とこころ』 重野純著(新曜社:2010)
  • 『キーワードコレクション 心理学 改訂版』 安藤清志・渡辺正孝・高橋晃・藤井輝男・山田一之・重野純・石口彰・浜村良久・八木 保樹:著(新曜社:2012)

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教育人間科学部

  • 教育人間科学部
  • 重野 純 教授
  • 所属:青山学院大学 教育人間科学部 心理学科
    担当科目:音楽心理学、卒業研究Ⅰ・Ⅱ、心理学演習ⅢB
    専門分野及び関連分野:認知心理学, 音楽心理学, 心理言語学, 実験音声学
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