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  • 経営学部
  • TPPは我が国に何をもたらすか?
  • 岩田 伸人 教授
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  • TPPは我が国に何をもたらすか?
  • 岩田 伸人 教授

TPPが目指すもの

2013年3月、安倍晋三首相は「環太平洋パートナーシップ(TPP)」交渉への参加意志を正式表明しました。その後、すでに交渉入りしている参加11ヶ国の会合で、日本の参加が正式に認められ、10月にインドネシアのバリ島で開かれた首脳会合では「2013年内の妥結に向けて困難な課題に取り組む」との声明を採択しました(図1)。
日本のTPP参加は、TPP域内、特に米国向けの(自動車やトラックを含む工業製品の)輸出拡大が期待できる反面、安い農産品の流入が増えて日本の農業が打撃を受けたり、規制撤廃によって食品や医療分野の安全・安心が脅かされたりする懸念もあると言われています。そこで今回は、TPPの基礎知識と、交渉をめぐる主な論点について考えてみましょう。

 

まず、そもそもTPPとは何なのでしょうか。

 

TPP(環太平洋パートナーシップ:Trans-Pacific Partnership)とは、アジア太平洋地域を中心とするAPEC(アジア太平洋経済協力)域内での商品・サービス・資本(資金)・労働力の移動を今以上に自由化するために、その障壁となる輸出入の関税を最大限に撤廃するとともに、域内諸国の財・サービスの規格・基準や諸制度をできるだけ統一化または調和化することを目指す自由貿易協定のことであり、EPA(経済連携協定)の一つです。TPPがこれほど騒がれるのは、それがアジア・太平洋という広い地域で、米国主導のもと、従来のEPAやFTAを上回る自由化度の世界で最も高いものを目指しているからです。

 

特定の国や地域との貿易を活発にするための貿易自由化の取り組みには「FTA(Free Trade Agreement=自由貿易協定)」や「EPA(Economic Partnership Agreement =経済連携協定)」があります。FTAとは、関税や輸入数量制限など、主として“モノの貿易”の障害を相互に削減・撤廃する協定のこと。これに対してEPAは、“モノの貿易”にとどまらず、サービスや資本・労働力の移動、知的財産権の保護などを含む、幅広い経済活動の拡大に関する協定を指します。

 

ではTPPは、従来のFTAやEPAとどこが違うのでしょうか。

 

第1に、従来のFTAやEPAが特定の2国間や地域内の貿易自由化を目指しながらも、その加盟国は当初の交渉参加国のみであるのに対し、TPPは交渉参加国を固定せずに、最終的にはAPECのメンバー21ヶ国・地域すべての域内自由化を目指している点が特徴です。
実は、「ASEAN+3ヶ国(日中韓)」と「ASEAN+6ヶ国(日中韓、インド、ニュージーランド、オーストラリア)」も、将来的にはAPECのメンバー全てを取り込むのが目標です。そして最終的にはAPECを一つの自由貿易地域(FTAAP)に統合するのが理想とされています。

 

第2に、TPPは物品にかかる関税の撤廃やサービス貿易の自由化だけでなく、それ以外の分野(投資、競争、知的財産、政府調達など)の域内共通ルール作りのほか、新しい分野(環境、労働、分野横断的事項など)を含む包括的協定である点です。

 

そして、TPPの最大の特徴は「原則的に例外なき自由化」を目標として輸入関税の100%撤廃を掲げている点です。こうした特徴から、TPPは「広い分野でのグローバルな貿易の自由化を目指す、完成度の高いFTA」ということができるでしょう。注意すべきは、世界159ヶ国が参加するWTOでは国内の農業補助金の削減も厳密にルール化されたうえで交渉されているのに対して、TPPでは農業補助金のルールが無く、削減交渉も一切行われない点、およびTPP交渉参加国の多くが米国市場向け輸出の拡大を期待している点です。

「世界の自由貿易の枠組み」の流れとTPP

なぜ国際社会において、このような貿易自由化の取り組みが行われているのでしょうか。
1930年代、当時の世界大恐慌のなかで、英国やフランスは、植民地を含む自国の経済圏の国とそれ以外の国を差別し、外に向かって高い関税を設定しました。こうした保護主義の蔓延が、世界大恐慌を広げていく原因となりました。その後、多くの国々が競うように保護貿易の姿勢を強めた結果、経済摩擦や政治的対立の激化を招き、第二次世界大戦を引き起こす一因となったと言われています。

 

この反省から、すでに戦時中から米英の両大国を中心に、世界経済を自由貿易の下で制度化しようという構想(大西洋憲章)が練られ、戦後の1948年に資本主義諸国を中心に「関税及び貿易に関する一般協定(GATT)」が結ばれました。1991年12月のソビエト連邦崩壊を一つのきっかけにして、当時GATT下で進められていた多数国間貿易交渉である「ウルグアイ・ラウンド」の下で、新しい自由貿易体制を司るWTO(世界貿易機関)が、1995年に発足します。WTOはGATTを取り込み、さらにサービス貿易の自由化や知的財産権の保護規定を定めた諸協定を加えた、名実ともに自由貿易を維持・推進する国際機関です(図2)。

 

WTO下でドーハ・アジェンダ(一般には、ドーハ・ラウンド)と呼ばれる多数国間貿易交渉は2001年にスタートしましたが、八つの分野で先進国グループと途上国グループの対立があり未だに終結していません。WTOでは各国の利害関係が複雑になり、交渉をまとめることが困難になったのです。とくに先進国と、急速に台頭してきた新興国(中国、インド、ブラジルなど)と先進国の対立によって中断と再開を繰り返した末、2008年には交渉が決裂。現在は事実上の休止状態となっています(なお最近イエメンのWTO加盟が承認されたため、加盟国は160になります)。

 

その後、WTO事務局長が、それまでのEU出身のパスカル・ラミー氏から、ブラジル出身のロベルト・アゼベド氏に代わったことを契機に、交渉分野が従来の八つから農業分野などを含む三つに絞られて、やっと今年の12月7日に部分合意が成立しました。

 

このような経緯から、近年、WTOに代わって注目されているのがFTAやEPAです。加盟国が多く、交渉が難航しているWTOとは異なり、FTAやEPAは当事国間で同意すれば短期間で実施することができます。また、特定の品目については例外扱いにするなど、自由化の内容についても弾力的な取り決めが可能です。こうした利点があることから、最近ではFTAやEPAの締結が急増しているのです。

 

TPPは、2006年にシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4ヶ国間で発効したFTAが前身であり、当時「P4」と呼ばれていました。実はそれ以前の2001年ごろ米国を含む5ヶ国つまり「P5」でFTAを締結する案があったのですが、米国が脱けて「P4」となったのです。2008年に米国がP4をベースにしたTPP設立のための交渉参加を表明したことをきっかけに注目を集めることとなりました。2010年にはP4の4ヶ国に米国、オーストラリア、ペルー、ベトナムを加えた8ヶ国で交渉を開始。その後、マレーシア、メキシコ、カナダが交渉に加わり、2013年7月に日本が正式参加したことで交渉国は計12ヶ国となりました。発効すればアジア太平洋における貿易の新しい枠組みが実現し、域内の成長力をさらに高めると期待されています。また2013年11月29日の新聞報道によれば、韓国がTPP交渉に参加する方針とあります。

TPP参加で日本の農業は壊滅する?

日本がTPPに参加することによって得られる最大の経済的メリットは、長期的には域内で生産される工業製品の物流コストが下がる事による輸出競争力の向上にあります。国境を超えて移動させる度にかかる関税がゼロになることを考えれば当然のことです。また様々な規格・基準が域内諸国間で統一され、相互に承認されれば、これも輸出や現地生産をやり易くします。つまり、域内の異なる国で生産した部品をゼロ関税で自由に融通しあうことができるので、サプライチェーンのコスト削減が期待できます。日本企業が何千社と集積している東南アジアの国々がTPPに加盟すればその恩恵は更に大きくなります。

 

反面、TPP参加にはデメリットも予想されます。これまで日本が13ヶ国と個別に結んでいるEPAでは、コメ、砂糖、乳製品、牛肉・豚肉、および麦の重要5分野について関税が撤廃されないままでしたが、TPPではこれら全ての、または多くの品目で関税が大幅に撤廃される可能性があります。もしTPP交渉で、貿易の対象となる全9018品目のうち、これら5分野の総計586品目、つまり6.5%の農産物品目数の関税が撤廃されないならば、貿易自由化率は93.5%となってしまい、TPP交渉が目標と掲げる原則100%レベルの自由化からはほど遠くなります。TPPが世界で最も自由化率の高いFTAを目指すというのであれば、後で述べるように、少なくとも98%の自由化率は必要との見方もあります。いずれにしても、我が国の食料自給率をどう考えるかという議論が背景にあります。日本国内でTPP参加の是非が議論される際に「産業界 vs 農業界」の図式となっているのはこのためと考えても良いでしょう。

 

いま、TPP参加に反対する農業団体などは「TPP参加によって日本農業は壊滅する」と主張していますが、これは本当なのでしょうか?

 

TPP交渉における原則は「分野を問わず、全ての関税を撤廃する」ですが、実際には国内産業の保護という観点から、参加各国はいずれも例外扱いしたい“聖域”を抱えています。例えば米国の場合は砂糖、カナダは乳製品について関税撤廃に反対しています。日本の場合は、コメ、砂糖、乳製品、牛肉・豚肉、および麦を「重要5分野」として関税維持を求めていく考えです。TPP交渉では、最終的に「98%程度」の自由化を求められるとの見方があります。これは、全9018品目数を100%として、その内の2%、つまり約180品目が例外として自由化しなくとも良い品目数になります。もしそうなれば、もみ、玄米、精米、米粉など58品目の総称であるコメは、問題なく自由化の例外にできるでしょう。

 

私自身は、日本政府がとるべきスタンスは「自由貿易の維持拡大と日本農業の両立」であると考えています。日本の農業では、ある程度は大規模生産に向いているコメなどの穀物類が戦後の農地改革で農地が細分化されたことで生産コストが高まり、国際競争力に乏しいとの見方が一般的です。他方、大規模生産に馴染まない果物や野菜などの農産物は海外でも高い評価を得ていますし、農業の技術水準の高さにも定評があります。農業分野の貿易自由化は、日本農業の高コスト体質を変革し、自由化に負けない輸出競争力をつけるための“千載一遇のチャンス”との見方もあります。しかし、望ましいのは我が国の多様な食料・農産物品種を消滅させることなく、いざとなれば最低限の食料確保ができる体制をできるだけコストをかけないで維持することにあると思います。日本政府に求められることは、「農業者の雇用」を維持する事に重点をおくのではなく、「日本農業の存続」に重点をおいた長期的かつ強固な政策を打ち出すことです。その為には、「競争力の向上」などの抽象的な表現ではなく、例えば、農産物を栽培するための耕地を宅地に転倒することを禁止するなどの、具体的な措置やルールが求められます。

 

本当に保護が必要な品目については、関税ではなく補助金で保護するという方法がグローバル・スタンダードとなっています。自由貿易の維持拡大と農業を両立させるために、政府が関税に代わる新しい保護制度を打ち出すなど「農業の構造改革」に本腰を入れる時期がやってきたのです。バラマキと揶揄された民主党政権下の減反(=生産制限)を条件とした「戸別所得補償制度」は、安倍自民党政権になって、「経営所得安定対策」に名称替えされ、ゆくゆくは農家が自由に農産物を生産でき、多様な生物の生存を促したりCO2の排出を抑えたりといった、環境保全措置に対する寄与度に応じて補助金を支払う制度へと転換される可能性があります。

「経済」だけでは論じられないTPP

日本のTPP参加の是非を論じるうえでは、「TPPが持つアジア太平洋地域の政治的、社会的な意味」についても考慮することが重要です。TPPは一義的には経済連携(EPA)の枠組みですが、政治的・外交的にも大きな影響を及ぼすからです。

 

アジア・太平洋地域で進められている自由貿易協定の枠組みには、TPPのほかにASEANの10ヶ国と日本・中国・韓国を含めた「ASEAN+3」、これにオーストラリア・ニュージーランド・インドを加えた「ASEAN+6」があります(図3)

 

経済の面から見た場合、日本がこの3つの枠組みのうち、どれを重視するかの参考基準の一つは、「加盟によってGDPがどれだけ伸びるか」です。TPP参加交渉を決断するのに先立って日本政府が発表した試算によると、「ASEAN+3では4兆円」「ASEAN+6では5兆円」「TPPでは3兆円」の利益が期待できるとされています。これだけみれば、日本が選ぶべき選択肢は、ASEAN+6であるように思えますが、日本政府内にはTPP交渉の行方が、他の二つの交渉の流れにプラスの影響を与えるとの期待があります。

 

では今度は、この3つの枠組みを「どの国が参加国として名を連ね、どの国が議論をリードしているか」という観点からみてみましょう。ASEAN+3およびASEAN+6における中心的な国は今後も市場拡大が見込まれる中国であり、米国は交渉に参加していません。一方、TPPは米国がリードし、中国は参加していません。

 

日本がこの3つの枠組みのうち、どれを重視するかは、米国と中国というアジア太平洋地域の2つの大国のこの地域での主導権争い、そしてその中における日本の立ち位置とも深い関係があります。領土問題を抱え、国家安全保障上かつてないリスク要因を抱えている日本にとって、米国との同盟関係を維持・強化することは不可欠です。この視点から見れば「日本がTPPへ加盟すること」は必要かもしれません。

 

世界有数の経済大国であり“貿易立国”を標榜する日本には、米国、EUとともに戦後世界の自由貿易体制をリードしてきた長い歴史があります。日本がこれまでどおりキープレイヤーであり続けるためには「TPPに参加しない」という選択肢はあり得ないのではないか・・・私はそう考えています。

 

特に重要なことは、TPP交渉で自由化の対象品目や自由化度が高まるほど、それが呼び水となって、我国が交渉中のEUとのFTA交渉や日中韓FTA交渉での自由化度もさらに高まるという戦略的な好循環が期待できることです。

 

(2013年掲載)

あわせて読みたい

  • 『アジア太平洋の新通商秩序』 山澤逸平・馬田啓一編(勁草書房:2013)
  • 『反・自由貿易論』 中野剛志著(新潮社:2013)
  • 『日本通商政策論』 馬田啓一・木村福成・浦田秀次郎編著(文眞堂:2012)
  • 『戸別所得補償制度、農業強化と貿易自由化の両立を目指して』 岩田伸人著(経団連21世紀政策研究所:2011)
  • 『グローバル化で世界はどう変わるか』 ジョセフ・ナイ編著(英治出版:2004)

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経営学部

  • 経営学部
  • 岩田 伸人 教授
  • 所属:青山学院大学 地球社会共生学部 地球社会共生学科
    担当科目:国際貿易論Ⅰ・Ⅱ(第一部)、グローバリゼーションとWTO/日本の農業とWTO(第一部)、研究指導演習Ⅱ(A)・(B)(大学院)
    専門分野及び関連分野:国際貿易, 貿易政策
    ※岩田教授は、2017年4月1日付で地球社会共生学部に移籍しています
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