青山学院大学の教員は、
妥協を許さない研究者であり、
豊かな社会を目指し、
常に最先端の研究を行っています。
未来を創る本学教員の研究成果を紐解きます。
TOPIC
「未踏チャレンジ2050」とは
国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が主催する、従来の発想によらない革新的な技術の開発により、日本が2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会を実現すべく、エネルギー・環境分野の中長期的な課題を解決していくことを目的としたプログラムです。
評価のポイント
高温超伝導を実現するバルク磁石の育成技術確立を通じて、医薬、化学、食品、材料など多様な分野に用いられるNMR(Nuclear Magnetic Resonance:核磁気共鳴)装置の小型化・省消費電力化を実現し、膨大な導入・維持コストの問題を解決しうる点が評価されました。
トピックを先生と紐解く
元木 貴則 助教
理工学部 物理科学科
東京大学 工学部 応用化学科卒業。東京大学大学院 工学系研究科 応用化学専攻 博士前期課程修了。同大学院 博士後期課程中途退学。東京大学 博士(工学)。専門分野は無機材料科学。特に超伝導体に関する研究に従事し、今回採択された高温超伝導体バルク材料のみならず薄膜材料の高機能化などにも力を注ぐ。
高温超伝導体を用いたバルク磁石の新しい作製手法を確立
既存の作製手法の諸問題を簡便に回避できる可能性
高温超伝導体を活用することによるNMRの小型化、低消費電力化への道筋
元々は学生の卒論・修論研究がきっかけでした。既製の超伝導バルク体同士を、中間層を介して超伝導状態のまま接合させる研究テーマだったのですが、「それを片方だけにすれば接合部分をバルク体として育てることができるのではないか」と学生が修論研究で取り組んでくれたことが着想のきっかけです。
今回採択された課題は、そこから育ったバルク磁石の育成法を確立し、将来NMRに用いることができるような高温超伝導体バルク磁石を再現性良く作製する、その手法の確立を目的としたものです。
既存のNMRは3メートルほどの高さがあるほど大型で、液体ヘリウムを多量に用いるため、大規模な研究施設でしか扱えないものでした。今回の研究課題が実現すれば、簡便な液体窒素浸漬や家庭用コンセントで利用可能な小型冷凍機冷却によって、用途に応じた適切な磁場発生能力を持ったNMR装置を開発することができるようになり、その大きさを卓上サイズにまで小型化することが可能になります。また、蒸発するヘリウムを冷凍機冷却で再凝縮、循環させる現行機に比べて1台あたり年間40,000キロワットアワー(kWh)=CO2換算で約3トン程度削減できると考えられ、カーボンニュートラルにも貢献できます。
NMRというのは、極めて強い磁場の中に試料を置き、核磁気の共鳴現象を通じて物質の分子構造等を分析する装置です。非破壊的な手法で分子の構造や化学反応など詳細な情報を取得できることから、その用途は医療、医薬、化学、食品、材料など多方面へ拡大しています。私たちに馴染み深いところでは、病院などにあるMRI(Magnetic Resonance Imaging:磁気共鳴画像)診断装置も画像の描写に重きを置いたNMRの一種と言えます。
さまざまな産業分野で活用されているNMRですが、その運用には大きな弱点があります。それは大型の装置と多量の液体ヘリウムを用いることです。現状、装置の中核を為す超伝導(超電導)磁石を動かすためには、絶対零度に近い極低温環境をつくる必要があり、そのためにNMRは巨大で維持コストの大きな装置にならざるを得ません。
NMRの中には極めて均一で強力な磁場を生み出すために超伝導材料が用いられています。現在の装置に主に使われているものは、低温超伝導線材で作られた大型コイルで、これは液体ヘリウム下(4.2ケルビン(K)=マイナス269℃)でのみ利用できるものです。この環境を実現するためには、先ほどお話ししたように大型の断熱容器や希少な液体ヘリウムを再凝縮して循環するための冷却装置が必要であり、電力も大量に消費せざるを得ません。それに対し、現在、私たちが研究している高温超伝導体強力バルク磁石をNMRに用いることができるようになれば、比較的簡便な液体窒素浸漬冷却環境下(77K=マイナス196℃)でも2テスラ(T)級、さらに100ワット(W)クラスの低消費電力の小型冷凍機を組み合わせた中低温域(20〜60K=マイナス253℃〜マイナス213℃)では最高10T級の磁場発生が可能になると見込まれます。その分、液体ヘリウムを冷凍機冷却で循環させる現行機に比べて、小型化・省消費電力化が可能になります。
また、現行のNMRに用いられている低温超伝導線材コイルは性能を落としても、NMR全体としての製作コストがほとんど変わらないため7T以下のNMRはあまり普及していません。そのため、本来10T級の磁場を必要としないケースであっても、結局フルサイズのNMRを用いなければなりませんでした。それに対し、私たちが開発を進めている高温超伝導体強力バルク磁石であれば、2T~7TのNMRを小型かつ低コストで開発可能になるというメリットも有しています。
材料を「育成する」と言いますが、通常超伝導体のバルク磁石は小型の単結晶などを「種」として結晶を成長させることによって作られていきます。まず従来のバルク磁石の育成法を解説します。従来のものはペレット上部に設置した小型の種結晶を核として、そこから水平(横)・鉛直(下)と3次元的に成長させるため、円柱形状のような単純な形状のものしか育成できません。また大型化に極めて長時間を要することも課題となっています。例えば直径100ミリメートルのものを作ろうと思えば1カ月程度かかりますが、育成の再現性に乏しいため「作ってみないと使えるものかどうかわからない」ことも大きな課題です。NMR用の強磁場発生には1億分の1の磁場の乱れもないことが求められる中、水平方向への成長と鉛直方向への成長が混在する従来のバルクはこの極めて高い均質性の達成が困難でした。一方で私たちが研究を進めている手法「単一方向溶融成長法」(Single-Direction Melt Growth:SDMG法)では、既存のバルク材料を薄く板状に切り出したものを大型の「種基板」として用います。そうすることでバルクは鉛直(上)の一方向のみに育ち均質性の保持が容易になり、また径(水平)方向のサイズに依存しないので、原理的には大型化によって育成時間が変化せず、数日での短時間育成が可能です。さらに、NMR用途に求められるリング形状を含むさまざまな形状のバルクを直接育成することが可能であるという利点があります。
従来法は3次元的な成長方向があるため質にばらつきが出るというお話をしましたが、そのために、理想的には同心円状となるべき磁場が発生するエリア(捕捉磁場)も長方形状など円形度の低いものになったり、完成品によってばらつきを生じたりします。一方、私たちが開発したものではさまざまな直径のものを試しても、いずれも捕捉磁場が極めて同心円に近いかたちで分布し、高い磁場性能を発揮します。これによって高い再現性で高温超伝導体強力バルク磁石を開発できる可能性が示されています。
NMR用途には超伝導体バルク磁石の中心に穴が通ったドーナツ型の磁石形状が必要です。従来の方法では円柱形状のバルクの中心に機械的に穴を開けるのですが、その際に磁石が壊れるリスクもあります。しかし、SDMG法では、最初から育成するバルク磁石の前駆体ペレットをドーナツ型にしておけば上方向にだけ成長していくので後から穴を開ける必要もありません。そのため、従来法に比べ、形状の自由度は非常に高いものになっています。本研究では広い温度帯で超伝導性能を発揮する、つまり臨界温度が高い希土類を用いてバルク磁石を開発しているため、この技術を活用することによって自由な形状で再現性が高く、かつ液体ヘリウムを必要としない高温超伝導体強力バルク磁石の開発が可能になることが見込まれています。
大型化、均質化、高再現性の実現など、材料面で卓上NMRに求められる水準をクリアすることを目指しています。現状では直径30ミリメートルぐらいのサイズであればきれいに作れるものの、それ以上になると「種基板」の接触面での均一性が崩れていくのか、うまくいかないケースが出てきます。今後はこうした課題をクリアしていき、まずは大型化を実現していきたいと考えています。
先にもお話ししたように液体ヘリウムを用いないNMRが実現すれば、装置の消費電力が大きく軽減されます。また卓上サイズの装置が完成して汎用化すれば、例えば食品や有機合成、薬品などの製造ライン上に何台もNMRが配置されるような未来が訪れ、製品の安全性や高品質化にも大きく貢献しうると思います。消費電力量を抑えることで脱化石燃料・カーボンニュートラルにつながる技術を確立した上で、磁気共鳴装置の活用が大きく拡大する未来を思い描いています。