青山学院大学の教員は、
妥協を許さない研究者であり、
豊かな社会を目指し、
常に最先端の研究を行っています。
未来を創る本学教員の研究成果を紐解きます。
TOPIC
研究のポイント
宇宙線と呼ばれる高エネルギーの荷電粒子は、超新星残骸などに存在する宇宙プラズマ衝撃波で作られると考えられます。宇宙線は、人工衛星の故障や宇宙飛行士の被ばくの原因となり、惑星の長期的な気候変動や生命進化にも影響を与える可能性が指摘されていますが、そのメカニズムは解明されていません。従来は人工衛星による観測が唯一の実証研究の手段でしたが、青山学院大学・山崎了教授ら8大学の共同研究グループが大型レーザーを用いた実験によって実験室内に宇宙プラズマ衝撃波を生成させることに成功したことで、宇宙線の生成メカニズム解明に向けた研究が大きく前進するものと期待されます。山崎教授らは、この成果を米科学誌“Physical Review E”に2本の論文として発表しました。
トピックを先生と紐解く
山崎 了
理工学部 物理科学科
京都大学 理学部卒業。京都大学大学院 理学研究科 物理学宇宙物理学専攻 博士後期課程修了。京都大学 博士(理学)。専門分野は宇宙物理学、プラズマ物理学、天文学、天体物理学。大阪大学、広島大学を経て2010年度から本学に着任。2020年、日本物理学会第25回日本物理学会論文賞を受賞。
宇宙線の起源解明は宇宙物理学の主要テーマの1つ
世界有数の出力をもつ大型レーザーによる実験で宇宙プラズマ衝撃波の生成に成功
世界で競争になっている宇宙線の生成過程解明に一歩近づく
まず、「衝撃波」と「無衝突衝撃波」について説明します。衝撃波は、地球上でもいたる所で発生し、例えば超音速で移動するジェット機の先端や、爆弾が爆発した時にも発生します。これは、超音速で動く分子などの集団の構成粒子と空気中の分子が衝突する(運動方向が変化する)ことで起こります。宇宙空間では爆発現象が多く起こるため、衝撃波も多く存在します。例えば超新星爆発などでも衝撃波が発生します。宇宙規模の衝撃波は10~100光年以上にもなりうる巨大なものですが、超新星爆発で発生した衝撃波はおよそ100万年に1回ほどの頻度で地球を通過しているのです。
地上の衝撃波と宇宙の衝撃波との決定的な違いは、衝突する集団の構成粒子が宇宙ではプラズマ(電離した荷電粒子の気体。例えば電子や陽子が自由に動き回っている状態)であり、その密度がとても薄いということです。地上の空気の密度に比べて宇宙空間のプラズマの密度は1兆分の1、さらにその1,000万分の1程度です。そこまで薄いのであれば、構成粒子同士は衝突しないようにも思えます。「衝突するから衝撃波ができるのに、衝突しそうにない。でも宇宙には衝撃波がある。それはなぜか?」という疑問を込めて、宇宙にある希薄プラズマ中にできる衝撃波を「無衝突衝撃波」と呼びます。これは、「衝突がない」という意味の「無衝突」と「衝突するからこそ生じる衝撃波」を2つ並べることで、その不思議さを伝えている言葉です。衝突しそうにないとはいえ、宇宙に衝撃波があるのは事実ですから、我々人間がそのメカニズムを解き明かしていないだけだと考えられますが、これまでもさまざまな研究が行われてきたものの完全には解明に至っていません。その衝突過程の中で構成粒子の一部の粒子がエネルギーを獲得して宇宙線となります。宇宙線は宇宙の基本的な構成要素の1つであり、宇宙線の起源解明は宇宙物理学の主要テーマの1つとなっていますが、そのプロセスもよくわかっていません。こうした謎に迫るべく、これまで私は衝撃波で起こる物理過程の解明を目指し、理論研究、観測研究、スーパーコンピュータによる大規模シミュレーション研究などを行ってきましたが、その過程で出会ったのが「実験室宇宙物理学」と呼ばれる分野の研究でした。
天体現象は地球から遠く離れた宇宙空間の果てで起こるため、その現場まで行くことは不可能ですが、地上の実験施設で天体現象と同様の状況を作り出せれば、細かな条件まで手元でコントロールすることが可能になり、宇宙観測とは桁違いに豊富な実験データが取得できるのではないか、という考えから始まったのが実験室宇宙物理学です。これは、宇宙物理学の分野において、宇宙観測、理論・シミュレーションに次ぐ第3の新たな研究手法として注目されています。実験室宇宙物理学の進展によって、これまで未解明だった現象や物理過程が解明できるかもしれません。
私たちは2014年から大阪大学や九州大学、富山大学などと共同で、世界有数の出力をもつ大阪大学レーザー科学研究所の大型レーザー「激光Ⅻ号」を用いて衝撃波での物理過程の解明に向けた衝撃波生成実験を行うことになりました。毎年公募される同研究所の共同利用・共同研究へ無衝突衝撃波の生成実験の実験提案を行い、採択されて実験を開始。私と九州大学の松清修一教授が研究代表者として、各々1週間ずつマシンタイム(*)をもらって実験を行い、お互いにノウハウを蓄積していきました。実験では、宇宙空間と同じ状況を実験室に再現するため、装置内に窒素ガスを充填し、強い磁場をかけます。この状態で大型レーザーをアルミ板のターゲットに照射するとプラズマ化したアルミの爆風が広がります。この爆風が、プラズマ化した周囲の窒素を圧縮することで宇宙空間と同様の衝撃波が生成されるのです。これは、従来の衝撃波生成法と比べ、衝撃波のパラメータ(条件)を高精度で測ることができるメリットがあります。パラメータを能動的に制御でき、再現性も担保されることで、この分野の研究が大きく進展する可能性があります。
実験に際して、青山学院大学からは、私だけでなく、田中周太助教や学部生・大学院生も参加して、実験装置のデザイン(磁場発生コイルの形状やアルミ板ターゲットの設計や計測装置の配置決定など)から実験データの取得、データ解析、物理的解釈の議論などを担当しています。実験には、九州大学や北海道大学、富山大学、大阪大学の研究者や学生も参加して、総勢20名程度のチームで実験データの取得などを行いました。理論的解釈の段階では名古屋大学、東北大学、東京大学の研究者もチームに加わりました。
そして、2019年度に行った実験で、宇宙プラズマ衝撃波を実験室に生成させることに成功したのです。欧米各国でも似たような先行研究は行われていましたが、宇宙プラズマ衝撃波を宇宙空間と同じ状態で地上の実験室で生成したケースはこれが初めてとなります。2022年、この実験で取得したデータ解析の結果を踏まえて米国科学誌“Physical Review E”に2本の論文として発表するに至りました。1本の論文の筆頭著者は九州大学の松清教授で、もう1本の論文の筆頭著者は私です。
*マシンタイム…大型レーザー「激光Ⅻ号」を使用できる期間
山崎教授:総勢20名にもなる大人数での実験を取りまとめ、すべてのプロセスを把握して最終的に判断する責任者としての苦労も多かったですが、良いデータが取れた時はその苦労も吹っ飛ぶ思いでした。2014年に実験を開始して、2019年に成果が出始めるまで時間がかかりましたが、その最大の要因は、プラズマに磁場をかけるプロセスでした。
田中助教:宇宙空間のプラズマは磁場を伴う「磁化プラズマ」と呼ばれる状態になっているため、それを実験室で達成するためには、コイルに大量の電流を流して磁場をかける必要があります。その際、回路のどこかで異常放電をしたり、コイル間に大きな力がかかってコイルが破損したりするなど、さまざまなアクシデントが起こる可能性があり、作業には苦慮しました。
学生1:周囲の人からも、複数の大学のスタッフ・学生が関わる実験に参加できるのは珍しい機会だといわれました。青山学院大学だけでなく、他大学の先生や学生とも関わりながら、計測で得られたデータを介して各々の知見を共有できたことは大きなメリットでした。
学生2:私は、普段はこのレーザー実験とは異なるテーマの研究を一人で黙々と進めている感じなのですが、この大人数の実験グループにも参加したことで、チームで研究を進める楽しさを知ることができました。
山崎教授:青学の学生たちのコミュニケーション能力の高さが、他大学を含む大人数での実験の場でも発揮されていたと思います。
これでようやくスタート地点に立てたという気がしています。ただ、現時点では、実験室で衝撃波を生成できたという報告に過ぎず、詳細な科学的知見を得るのはこれからです。世界でも同様の実験や研究が進められており、各国間で競争になっている状況ですが、「磁化プラズマ中を伝播する無衝突衝撃波の物理を調べる」という目的は同じでも、それぞれ実験手法が微妙に異なります。私たちとしても「負けられないな」という思いがあるので、今後もデータを取得しながら無衝突衝撃波や宇宙線の生成メカニズムの解明に向けて尽力していきたいと思っています。今は2019年以降の2020年から2022年に行った実験データの解析を急ぎ進めているところですが、興味深い結果が得られそうなので、これをまた論文などの形で発表していく考えです。