青山学院大学の教員は、
妥協を許さない研究者であり、
豊かな社会を目指し、
常に最先端の研究を行っています。
未来を創る本学教員の研究成果を紐解きます。
機能性希土類薄膜の水素化/脱水素化反応機構とは
サマリウム(Sm)やガドリニウム(Gd)などの希土類元素を用いた厚さ100〜200ナノメートル(髪の毛の太さのおよそ1000分の1)の極薄膜は、水素との反応によって金属相と半導体相の間を行き来します。水素化/脱水素化反応機構とは、この相変化がどのように起こるのかを示すプロセスのことです。この相変化によって、光の透過率や電気伝導度、熱伝導度を制御することができます。
研究のポイント
これまで仕組みが十分に解明されておらず、濃度勾配による水素イオンの拡散が要因だと考えられていた水素化/脱水素化反応について、先端研究機関の協力を得ながら「その場(in-situ)観察(マルチモーダル解析)」を行うことで、その仕組みを解明しました。特に水素化反応については、拡散とは異なる機構に基づくことを明らかにしました。

トピックを先生と紐解く

重里 有三教授
北海道大学工学部応用物理学科卒業。同大学大学院工学研究科応用物理学専攻修士課程修了。北海道大学 博士(工学)。旭硝子株式会社(AGC)中央研究所の研究員を経て、米国ブラウン大学工学部物質工学科客員研究員(AGCより派遣)として研究に従事したのち、同社に復帰。その後、東京大学生産技術研究所講師を経て、1997年に青山学院大学理工学部に着任。2001年より同大学教授(当時理工学部化学科)。専門は固体化学、無機化学、応用物理学、物性物理学、プラズマ化学、薄膜工学。著書に『半導体プロセス・形状シミュレーション技術—加工精度向上のツボ—』(共著、2012年)など。
私たちが長年研究してきたのは、サマリウムやガドリニウム、イットリウム・マグネシウムなどの無機薄膜に、水素化・脱水素化反応を起こさせることで、金属と半導体の相転移が生じる材料です。この無機薄膜における「相転移」は、1996年に水素化物の超電導現象を研究していたオランダの研究グループによって偶然発見された現象です。金属の結晶格子の間に水素を取り込むと、水素を蓄えるだけでなく、物性が劇的に変化し、透明になったり鏡のようになったりすることで、光の透過率や反射率を制御できます。例えば、チェス盤の前にこの薄膜を置くと、金属状態では鏡のように機能するためチェス盤は見えません。しかし、水素化すると薄膜が半透明になり、チェス盤の模様が見えるようになります。半導体相に変化するためです。

さらに、電気伝導度も1桁以上変化し、それに伴って熱の伝わり方も制御できるようになります。金属の状態では電気を流しやすく、熱もよく伝えますが、水素化して半導体になると、電気も熱もほとんど伝えなくなります。つまり、光・電気・熱の物性を同時に可逆的に大きく制御できる、非常に興味深い機能性材料です。
水素化・脱水素化の方法としては、「ガスクロミック方式」と「エレクトロクロミック方式」の2つがあります。
ガスクロミック方式は、パラジウムという触媒を用いる方法です。パラジウムは水素分子(H₂)を解離して原子状の水素へ変換する触媒として機能します。ただし、水素は可燃性が高く取り扱いに注意が必要となるため、私たちは将来的な実用性も見据えて、窒素97%、水素3%からなる燃焼の危険性が低い混合ガスを用いて研究を行っています。このわずかな水素をパラジウムに接触させるだけで、中性の原子状水素が膜の中に拡散し、水素化反応が進みます。逆にガスの供給を止めて大気中に戻すと、水素が抜けて脱水素化し、金属に戻ります。 エレクトロクロミック方式は、水酸化カリウム水溶液中などの電解液中で負の電位をかけ、電気化学的にプロトン(水素イオン)と電子を注入する手法です。私たちは両方のアプローチで研究を進めていますが、今回、物理化学を専門とする鈴木教授と一緒に反応機構を解明したのは、サマリウム薄膜を用いたガスクロミック方式です。

これはかなり画期的な発見でした。実はこれまで、「水素化」と「脱水素化」は、濃度勾配を駆動力として水素濃度が高いところから低いところへ移動する拡散現象だと考えられていました。これは、塩水と真水の境界をなくすと、両者が混ざり合い、次第に同じ濃度になっていく現象と同じような考え方です。
しかし、今回のサマリウム薄膜を用いた研究によって、実際には「水素化」と「脱水素化」で異なるメカニズムが働いていることが分かりました。
「水素化」では、まず水素化物の「核」が生成され、その後、核の成長に伴って反応が進行します。この反応は、最初はゆっくり進みますが、核の成長が進むと急速に進行します。今回、この水素化反応が、非晶質固体の中で結晶が成長する場合と同様のプロセスで進行することを、世界で初めて明らかにしました。これをJMAK(Johnson-Mehl-Avrami-Kolmogorov)モデルという、核生成や結晶成長に用いられる理論式を用いて解析したところ、膜の厚さによって、水素化物が2次元的に成長する場合と、3次元的に成長する場合があることも明らかになりました。
一方で、「脱水素化」はこれとは異なり、水素が拡散によって薄膜の外へ移動する過程で進行し、「拡散方程式(フィックの第2法則)」に従うことが分かりました。このように、「水素化」と「脱水素化」は同じ現象の表裏ではなく、それぞれが異なる機構で説明されることが、「その場(in-situ)観察」によって初めて明らかになったのです。

今、お話ししたように脱水素化は拡散方程式に従って進行します。そこで非常に重要になるのが、パラジウム触媒と水素化物材料の「界面」です。
私たちは経験的に、真空中で薄膜を作製した後、パラジウムを付与せずに一度大気中へ取り出すと、表面に水酸化層などが形成され、反応速度が大幅に低下することを知っていました。
そこで伝統的な物理化学分野における「反応速度論」に基づいて反応速度の温度依存性を解析し活性化エネルギーを求めたところ、反応の活性化エネルギーが、パラジウム表面で水素が解離して取り込まれる際のエネルギー(約60 kJ/mol)とよく一致しました。つまり、反応速度を決めているのは、薄膜中での単純な水素の拡散ではなく、パラジウム表面の「界面」で起こる反応であることが明らかになったのです。
この結果は、界面を適切に設計し、水素解離しやすい状態を作り出すことができれば、従来よりも反応速度を高められる可能性があることを示しています。
材料によって大きく異なります。そこが無機材料化学分野の研究として非常に興味深い点でもあります。
例えば、サマリウムとガドリニウムは、元素周期表では隣り合う希土類元素ですが、水素化・脱水素化の反応速度や、構造変化の仕方は大きく異なります。サマリウムは構造変化が比較的小さいため耐久性に優れていますが、ガドリニウムは結晶構造が大きく変化します。
近年、国際情勢の変化や資源政策の動向などを背景に、希土類元素の安定調達が課題となっています。そこで私たちは、価格変動リスクのある希土類元素を用いずに、チタンやニッケルとマグネシウムといった比較的入手しやすい遷移金属を最適な組成比でマグネシウムと合金化することで、同様の機能を実現する研究も並行して進めています。一方で、遷移金属合金を用いた材料では反応メカニズムが格段に複雑になるため、その解明も今後の重要な研究テーマとなっています。

一つは、青山学院大学の特徴でもありますが、物質の合成や物理化学に関する研究に高い適性をもつ熱心な大学院生が多く在籍していることです。それぞれが異なる材料や方式を担当し、学生同士で活発に議論を重ねながら研究を一緒に進めてくれました。そして何より、本学理工学部における分野を横断したコラボレーションによる成果です。
先ほど触れたように、従来は「水素化」も「脱水素化」も単純な拡散によって引き起こされると考えられていました。しかし、反応速度論の専門家であるレーザー光化学研究室の鈴木正教授と議論を重ねながら研究を進めたことで、今回の大きな成果につながりました。学生たちも学部時代から鈴木教授の講義で学び、研究の過程でもその指導を受けながらディスカッションして研究を進められたことで、多角的な視点から研究に取り組むことができました。こうした研究環境が成果創出の大きな原動力になったのだと思います。
それに加えて、高エネルギー加速器研究機構(KEK)でのマルチモーダル解析(放射光を用いたX線解析)や、産業技術総合研究所(産総研)でのピコ秒レーザーを用いた熱物性解析など、外部研究機関との連携も重要な役割を果たしました。

反応速度のメカニズムが解明できたことで、「より高速にスイッチングしたい」「より安定して反応をゆっくり進行させたい」といった要求に対し、どのように材料やデバイスを設計すれば良いのかという基礎的な知見を得ることができました。この技術が確立すれば、スマートフォンの加速度センサーや医療用の極小デバイスなどに用いられるMEMS(微小電気機械システム)や、AI用の高性能スーパーコンピューターなどにおける高度な熱マネジメント技術への応用が期待されます。また、内燃機関(エンジン)の断熱と放熱を切り替えるなど、エネルギーの高効率化にも大きく貢献できる可能性があります。

私が目指しているのは、こうした基礎研究、基盤研究を徹底的に追究し、社会実装も視野に入れてエネルギー問題や環境問題の解決に貢献することです。
そして、学生たちがこの研究を通じて論文執筆をしたり、国際会議で名誉ある賞を受賞したりするような「成功体験」を積み、研究を通じて培った考え方や価値観を身に付けて社会へ羽ばたいていってくれることこそが、何よりも大きな成果だと信じています。
※掲載されている人物の所属や役職、研究内容は、
原則取材時のものです。