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世界を読み解くコラム

  • 理工学部
  • とても薄い無機薄膜の大きな力
  • 重里 有三 教授
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実はとても身近な無機薄膜

私が研究しているのは、無機薄膜というものです。いきなり無機薄膜といわれても、何のことかよくわからない人は多いでしょう。無機薄膜とは、金属やセラミックスなどの無機材料をとても薄くコーティングしたものです。薄膜の厚さは1~100ナノメートルほど。日本人の髪の毛の太さの千から十万分の1の厚みしかありません。実は、この無機薄膜は、私たちの日常生活に深く結びついており、これからの環境技術やエネルギー高効率化技術のためにとても重要な役割を果たすものです。

 

例えば、スマートフォンや駅の券売機などに使われているタッチパネルは、電気を通さないポリマーフィルムの上に、電気を通す透明な薄膜をコーティングすることでつくられています。また、パソコンをはじめとする様々な電化製品に組みこまれている小さなコンピューター・チップからスーパーコンピューターにいたるまで、様々な薄膜技術の集大成といえます。つまり、無機薄膜技術がなければ、スマートフォンやコンピューターはつくられておらず、今ほど便利な生活は実現していなかったはずです。

 

この他にも、高層ビルの窓ガラス、ディスプレイ、太陽電池、住宅建材などにも、無機薄膜が利用されています。窓ガラスは、表面に可視光を透過し赤外線を反射する薄膜をコーティングすることで、夏場に強い日差しがあたっても、建物の中に熱があまり入りこまず、省エネにつながります。太陽光電池は、薄膜を利用して、より効率よく発電できるように研究されています。また、住宅建材としては、光触媒である酸化チタンの薄膜をコーティングすることで、太陽光によって汚れを自動的に分解する外壁をつくることができます。このように、私たちは、知らず知らずのうちに、無機薄膜を使用した製品と接しているのです。

 
スマートフォンや様々な製品に活用されている無機薄膜技術。

物性物理学と無機化学の境界領域

無機薄膜はつくり方や材料によって、いくつもの種類に分けることができます。アクセサリーや工作部品などをつくるときに使われているめっきも薄膜の一種です。めっきの場合は、金属イオンを含む電解液の中にコーティングしたいものを入れ、電気をかけたりすることで、表面に薄膜を成長させていきます。液体の中に物質を入れてコーティングしていくことから、液相成長法ともいわれています。

 

それに対して、現在、主流となっているのは、薄膜をつくる材料を気化させて物質の表面に堆積していくようにする気相成長法と呼ばれる方法です。私たちは、気相成長法の中でも、スパッタリング法という方法に注目して、様々な薄膜をつくる技術を研究しています。スパッタリング法は、真空チャンバー内でプラズマと呼ばれる電離した気体を用いて金属などの固体表面に加速したイオンをぶつけることで固体を原子レベルで気化し、目的の基材に薄膜を堆積させる方法です。

 

この方法が発達したことによって、ものすごく小さなナノ~マイクロデバイスといわれる半導体デバイスから、数メートルサイズの建材まで、様々な大きさのものに均一な薄膜をコーティングすることができます。また、スパッタリング法は、薄膜にする材料の種類を選ばないといわれるくらい応用範囲が広いものです。しかも、この方法は、非平衡な状態で原子レベルでの結晶構造制御ができるので、まだ世の中に存在しない新しい機能や構造を持つ機能性薄膜をつくりだすことができます。

 

私はもともと物性物理学という分野で、固体の性質について研究しており、その後、企業に就職して、研究所に9年間勤務しました。研究所では、材料を合成したり、特別な機能をもつデバイスを開発したりして、ものづくりを中心とした材料科学分野の研究開発を行っていました。その過程で、特殊な機能をもった材料やデバイスを開発しようと、無機化学分野の研究にも取り組んでいたのですが、スパッタリング法は、私がこれまで取り組んできた物性物理学と無機材料化学の両方の知識が必要になる境界領域でした。この境界領域のおもしろさに目覚め、スパッタリング法による無機薄膜の合成プロセスを研究するようになったのです。

スパッタ装置を用いて高機能無機薄膜を合成しているところ。真空チャンバーの中で放電によりプラズマ(電離気体)を発生させ、そのイオンを用いてスパッタリングを生じさせている。

好奇心が研究の原動力

私が研究を進めるうえで、大切にしているのは好奇心です。この自然界にはおもしろい現象がたくさんあります。しかし、せっかくおもしろい現象に出合っているのに、そのおもしろさをわからずに見逃してしまうことがよくあります。その1つの例が、透明導電膜です。物質の性質と色には深い関係があり、固体の場合、透明なものや白いものは金属とは異なり電気を通さないということが、一般的な認識です。しかし、透明導電膜は、透明な物質なのに電気を通すというこれまでの常識では考えられない性質をもっているのです。

 

透明導電膜について驚いたり、おもしろいと思ったりするためには、ある程度の物理学の知識が必要です。このようなことを言うと、ハードルが上がるように思う方もいらっしゃるでしょう。しかし、これは裏を返せばしっかりと勉強することで、自分がおもしろいと思える世界が広がり深まることを意味します。

 

金属が電気を流すのは、内部を自由に動き回ることのできる自由電子があるからです。金属に電圧をかけると、自由電子が同じ方向に動くようになるので、電流が流れます。そして、この自由電子が表面にあたった光を反射したり、吸収したりすることで、私たちには金属がキラキラと光沢をもって見えます。しかし、可視光に対して透明で、電気を流す物質というのは一体どうなっているのか、その中の電子はどうなっているのかというのは大変興味深い疑問です。

 

現在、たくさんの研究者たちの努力によって、多くの種類の透明導電膜が開発され、タッチパネルなどが生産できるようになりました。私たちは透明導電膜におもしろさを感じ、電気を通す仕組みを深く理解したいと考え研究を進めました。その結果、薄膜を構成する原子を物質の表面に精密に制御しながら堆積させることで、絶縁体に近いものから金属のように電気をよく通すものまで、自分の欲しい電気伝導度や熱伝導度をもった透明導電膜をつくる技術を確立したのです。この技術によって、複雑な機能をもった光・電子デバイスなどの性能を飛躍的に向上させることが可能になります。

エネルギー問題と環境問題の解決を目指して

透明導電膜だけでなく、私達は様々な機能をもった薄膜の研究を同時に進めています。このようなことができるのは、研究室の学生達が主体的に研究に取り組んでいるからです。研究室には、学部の4年生をはじめ、大学院生が多く所属しています。研究室に所属したばかりの学部の4年生は、初めて経験する研究活動に取り組むために、いろいろなことを教わらないと前に進めないことが多いのですが、大学院生とのディスカッションを通して研究のおもしろさがわかってくるようになると、どんどんと主体的に研究を進めるようになります。また、青山学院大学は英語教育に力を入れていることもあり(注)、多くの大学院生が海外で開催される国際会議で研究発表を行い、最先端の研究を行う世界中の研究者たちと、活発に英語でのディスカッションを行っています。学生達の積極的な姿勢に触れると、私自身、とても元気づけられチャレンジ精神もわいてきます。

 

私達の研究室では、薄膜の成長条件などを制御することで、電気伝導性だけでなく、熱伝導性、光の透過性、熱電変換特性など、様々な性能をもった薄膜の合成方法を研究しています。現在の技術では、様々な設計された物性値を示す薄膜を作製することができますが、これらの物性値を可逆的に変化させたり、スイッチさせたりする機能を持たせるのはさらに難しくなります。使用しているときに電気伝導性、熱伝導性、光の透過性などを自由に可逆的に制御できる薄膜をつくることができれば、オンデマンドな機能を実現することができ、エネルギーの高効率化にも大きく貢献することができます。このような材料技術を確立することができれば、人類が現在直面しているエネルギー問題や環境問題を解決するための基盤技術になることが期待できます。そのような持続可能かつ安全で安心な社会が実現するように、学生達と一緒に研究を進めて行きたいと思います。

(2020年7月掲載)

Transparent Conductive Materials Conference(ギリシャのクレタ島で開催された透明導電材料の国際会議)にて。大学院生が世界中から集まってきた研究者相手に研究発表。

 


理工学部では、1・2年次の英語必修科目「English Core」で4技能(読む・書く・聞く・話す)を習熟度別にクラス分けして学ぶ英語教育を強化。
英語を多く使う専門科目があり、協定校や認定校に長期留学しても4年間で卒業ができるカリキュラムを用意した「理工学国際プログラム」を実施。
https://www.aoyama.ac.jp/faculty/science/

あわせて読みたい

  • 『透明導電膜の技術:改訂3版』日本学術振興会透明酸化物光・電子材料第166委員会編(オーム社:2014)
  • 「Chapter 5: In Based TCOs」Yuzo Shigesato著 『Handbook of Transparent Conductors』David S.Ginley編(Springer : 2011)
  • 『半導体プロセス・形状シミュレーション技術-加工精度向上のツボー』重里有三、髙木茂行著(オーム社:2012)

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  • 重里 有三 教授
  • 所属:青山学院大学 理工学部 化学・生命科学科
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