AGU RESEARCH

世界を解き明かすコラム
ー 研究者に迫る ー

私たちが生きている世界には、
身近なことから人類全体に関わることまで、
さまざまな問題が溢れています。
意外に知られていない現状や真相を、
本学が誇る教員たちが興味深い視点から
解き明かします。

  • 教育人間科学部 心理学科
  • 脳や体の反応に着目し、言動に表れない「心の動き」をとらえる
  • 松田 いづみ 准教授
  • 教育人間科学部 心理学科
  • 脳や体の反応に着目し、言動に表れない「心の動き」をとらえる
  • 松田 いづみ 准教授

ポリグラフ検査の研究により科学捜査の進展に寄与

私の専門は心理生理学という学問分野です。一般に心理学というとカウンセリングなどのイメージが強いと思いますが、心理生理学では脳波や心拍数といった生理的反応を測定し、言動に表出されない、人の本音に近い心の動きをとらえます。

私は本学に着任する前、警察庁科学警察研究所でポリグラフ検査、いわゆる「うそ発見器」の研究に携わってきました。人はうそをつくとき、言葉や態度にそれが表れないよう自らをコントロールしますが、無意識的な心の動きは生理的反応として表れます。ポリグラフ検査は事件に関係する事柄と、事件には無関係ながら類似する事柄の双方を被検査者に提示し、それぞれへの生理的反応の違いを測るもので、心理学的手法を実用化した検査です。検査には綿密な準備が不可欠で、捜査資料から事件の詳細を把握した上で、心理学的な知見に基づき質問を作り込み、犯人しか知り得ない事柄を知っているか否かを判断します。日本人のこまやかな気質もあり、わが国独自の進化を遂げました。海外ではよりダイレクトな質問で問いただす手法が主流ですが、近年は日本ならではのアプローチに関心を持った海外の研究者や捜査関係者から連絡をいただく機会もあります。実際に私の研究室でポリグラフ検査について学びを深め、自国での普及・活用を目指す外国人の研究者もいるほどです。

 

これまでに、「隠し事があるときに生理的反応が生じる理由」と「生理的反応の測定結果にもとづいた判定精度の向上」という2つの観点からポリグラフ検査に関する研究に取り組んできました。前者の研究においては、人が何かを隠そうとするときに二段階のプロセスがあると判明しました。まず、質問が示されてから約0.2秒後には無意識的・自動的な反応が起こり、その後に反応を隠そうと脳の前頭前野(思考、意思決定、反応制御などに関わる部位)が活動し、呼吸に変化が生じるのです。また、後者の取り組みでは、心拍や呼吸、汗といった末梢反応の測定に脳波という中枢反応の測定を組み合わせ、独自のアプローチで判定精度の向上を図りました。ポリグラフ検査は記憶を科学的に調べる検査であり、物的証拠が乏しい事件の捜査にも有用です。被検査者が事件事実を知っているか否かを客観的に示せるため、公正・公平な社会の実現に寄与できる研究分野であるといえます。
警察の業務の一環としてポリグラフ検査に出会い、ほんの一部分とはいえ人の心を客観的にとらえる面白さに目覚めて、17年間夢中で研究を続けてきました。その中でより広く人の心を生理的側面から探究してみたいと考えるようになり、大学へとフィールドを移したのです。

生体反応の計測データ

生理的指標の測定技術は幅広い場面で活用できる

研究する上でいつも念頭に置いているのは、「素人のように考え、玄人として実行する」というカーネギーメロン大学の金出武雄先生の言葉です。心理学では、日常生活で感じた素朴な疑問や発想が出発点となることが多いです。一方で、プロとして綿密に実験計画を立て、高度なスキル・方法論のもとで研究を進めなければ、信頼に値する心理学的知見は得られません。実験にあたっては、まず、素朴な発想を実験条件に落とし込み、それと対比させる統制条件を適切に設定する必要があります。また、実験参加者のもともとの心拍や呼吸の数、汗の量には個人差があるため、測定後はその個人差をうまく取り除きながら正しい結論を導き出さなければなりません。測定結果のばらつきやバイアスを排除するために用いられるのが統計的手法です。心理学には統計学の知識が不可欠で、本学の心理学科では約1年半をかけてじっくり学びます。統計学は今や社会のどの分野でも必要とされており、心理学とともに統計学の知識を修得できる点は、本学科で学ぶ大きなメリットといえるでしょう。

 

発想という面では、自分だけではなく他の人にも「おもしろい」と思ってもらえる切り口を見つけることは容易ではありません。自分一人の考えには限界がありますが、学会などで研究者同士の交流からヒントを得たり、学生と接する中で、彼らの時流をとらえた発想や思いもよらぬ着眼点に驚かされたりするケースもあります。また、専門分野が異なる学科の先生方との会話から新たな気付きを得て、乖離していると思い込んでいた領域に心理生理学の手法が活用できる可能性を見出し、活路を開くことも珍しくありません。
本学着任後は、先生方や学生たちとの交流を通して、これまで培ってきた生理的反応の測定に関する技術や知識を、より広い領域で活用できる可能性を感じています。近年は、スマートウォッチなどの普及により生理的反応の測定が身近になっており、その測定結果を活用した新たなサービスが生まれつつあります。例えば、生理的反応を持続的に測定し、ストレスがかかっている、あるいは気分が落ち込んでいると判定されたら、本人が意識する前にアラームで知らせ、気分転換を促す機能を搭載するといったことが考えられるでしょう。また、オンラインの画像データなどを通して皮膚の色から心拍数や血流を把握する新たな技術も開発されています。近い将来には、もっと手軽に日常生活の中で生理的指標を測定し、心の変化を客観的にとらえられるようになるはずです。ウェアラブル端末については、測定精度がさらに向上すれば心理学の実験用ツールとしても活用の幅が広がると期待しています。こうした社会変化や技術革新を味方につけ、学生たちと共に新たなテーマにチャレンジしていきたいと考えています。

脳波の変化

多様なアプローチ方法があるからこそ心理学はおもしろい

言葉や行動に表れるのは、その人の心のほんの一部にすぎません。その背後にはミリ秒単位での無意識的な処理があります。そして、無意識的に生じた反応を抑えるために別の反応が生じることもあります。生体の内側の「本音」と外に表れる「建前」との間に思いのほか大きな隔たりがあることを発見するプロセスは実に興味深いものです。自分で決めたと思っている意思決定にも、生理的な反応が影響を及ぼしているのかもしれません。心の動きの一部分ではありますが、ミリ秒単位の変化を科学的に測定し、客観的にとらえられるのが心理生理学分野の醍醐味といえます。

生体が何億年もの進化の過程で身に付けてきた本能的な反応が、現代を生きる私たちの体にも残っていると気付く瞬間もあります。例えば、道端に蛇のように、にょろにょろとしたロープが落ちていて、一瞬ぎょっとして立ちすくんだ経験はないでしょうか。これは「蛇かもしれない。危険だ」という無意識的な脳の判断による行動であり、仮に本当の蛇だった場合、視覚的に詳細な処理を経て認識してからの行動では命取りになりかねません。意識的な指令とは別系統の無意識的な指令により、とっさに命を守る行動をとれるというのも、身体の反応として興味深いところです。

 

心理学は心を科学的に解明しようとする学問で、心へのアプローチ方法はさまざまです。本学の心理学科の先生方も面接法や質問紙調査をはじめ、さまざまな角度からアプローチされています。また、技術の進歩によりアプローチ方法の選択肢が増え、時代の変化とともに研究対象になり得る事象は多様化しています。今でいえば、コロナ禍を踏まえて、マスクの有無による表情認知の差について研究している学生もいます。これはマスクを日常的に着用する世の中になったからこそ生まれたアイデアであり、時代の変化により研究対象が拡大した例といえるでしょう。また、スマートフォンのアプリケーションの中には、研究ツールとしても利用できる機能を持つものもあります。
私の関心は、「言葉や行動には表れないもの」の抽出にあります。現在、着目しているテーマの一つが、うそをついているときの時間知覚です。人は状況や自身の気分によって時間を長くも短くも感じるものですが、隠しごとがあるときには時間を長く感じる傾向が実験から明らかになっています。そうした主観的な側面からのアプローチにも、生理的反応とは異なるおもしろさを感じています。
心というものに興味があれば、文系からも理系からもアプローチ可能で、各自のアイデアや得意なツールを駆使して科学的に心の動きを明らかにできるのが心理学の魅力。自分なりの着眼点と、自分が得意なアプローチ方法で研究を推進できるのです。本学の心理学科は少人数で、学生と教員との距離が近く、アットホームに学べる環境が整っています。意欲ある皆さんとの新たな出会いを楽しみにしています。

実験風景

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  • 『隠すことの心理生理学:隠匿情報検査からわかったこと』松田いづみ 著 『心理学評論 59巻』162-181(2016)
  • “Time passes slowly when you are concealing something.”Matsuda, I., Matsumoto, A., & Nittono, H. “Biological Psychology”107932 (2020)
  • “Physiological responses in the Concealed Information Test: A selective review in the light of recognition and concealment” Matsuda, I. & Nittono, H. “Detecting concealed information and deception”77-96 (2018)

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教育人間科学部 心理学科

  • 教育人間科学部 心理学科
  • 松田 いづみ 准教授
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