私たちが生きている世界には、
身近なことから人類全体に関わることまで、
さまざまな問題が溢れています。
意外に知られていない現状や真相を、
本学が誇る教員たちが興味深い視点から
解き明かします。
近年、地方活性化の議論が熱を帯びています。メディアや地方自治体が公表する文章は、「人口減少」と「コミュニティの諸機能の縮小」に警鐘を鳴らしています。
地域活性化の方策として“脱・大企業誘致依存”と“脱・公共工事依存”が掲げられています。これまでのような中央集権型の社会システムを脱し、「自律分散型社会(各地域がそれぞれの持ち味を生かして自立し、自力発展の道を見出していく社会)」を構築することが求められているのです。
こうした風潮の中、生まれ育った地元へ戻る「Uターン転職」を考える若者が増えています。株式会社マイナビが、Uターン転職の経験がある全国の20~39歳の男女に、「Uターン転職をした理由」を尋ねたところ、20代では「地元が好きで、地元に貢献したかったから」が最も多く31.3%。次いで、「地元の方が経済的に楽だから」、「地元のほうが、生活環境が充実するから」(同率27.3%)などが続いています。他の年代と比べると、地元愛が強く、地元の友人や仲間との絆を求めて転職を選択する傾向があるようです。
これからの地域社会のあり方を考えるとき、都市にいる優秀な若者たちがUターンで地方を目指す傾向には、大きな可能性が感じられます。「仕事をつくりにふるさとへ帰りたい」「自分のまちを元気にする新たなことを起こしていきたい」という若者が増えることで、自律分散型社会の形成が可能となるのではないでしょうか。
私は長年、高校教育をテーマに研究を続けてきました。特に近年は、「地域人材育成の教育社会学」を主たるテーマとしてフィールド調査を行っています。
私の調査対象である島根県の離島・中山間地域では、「地域の特色を生かした教育」を通じた「高校魅力化プロジェクト」によって、地域活性化成功への糸口を見つけた例が見られます。ここでは、具体的なケースを挙げながら、高校が「自律分散型社会の形成」に果たす役割について考えてみたいと思います。
島根県の沖合60kmにある隠岐諸島の島前(どうぜん)地域。この地域で唯一の高校が隠岐島前高校です。島の若者の多くは卒業後、進学や就職のために都市部へ流出し、人口も減少、超少子高齢地域となっていました。平成10年ごろには約70 人いた島前高校の新入生は、平成20年度には半分以下の28 人に激減し、統廃合の危機に直面していました。
学校がなくなることは、地域にとって計り知れない損失です。島に15歳から18歳の若者はいなくなります。子どもたちが島外の高校に通うようになると、仕送りなどによって家計が圧迫されてしまうため、家族ぐるみの島外流出も進みます。さらに子どもを持つ若年世帯層の島へのUターンやIターンも激減し、超少子高齢化に歯止めがかからない状態になってしまいます。
こうした危機感を背景に、島前地域では平成20年から「島前高校魅力化プロジェクト」が立ち上がりました。子どもが「行きたい」、親が「行かせたい」、地域住民が「この学校を活かしていきたい」と思うような魅力ある高校づくりを通して、魅力ある人づくり、そして持続可能な地域づくりを目指そうというのが目的です。
島前高校は、魅力化に取り組んだ当初から特進コースの他に地域創造コースを設置して、地域創造コースでは、インターンシップ(地元の企業や施設などでの職業体験)や、地域に根ざす人材を育てる地元学、総合力を高める課題解決型学習、地域の人材や資源を活かした実習や演習などを実施しました。平成27年度には文部科学省のSGH(スーパーグローバルハイスクール)の指定を受けており、コンセプトは離島の高校である特徴を生かして「離島発 グローバルな地域創生を実現する「グローカル人材」の育成」でした。平成28年度入学生からはもう一歩前に進み、コース制をやめてすべての生徒が「グローカルヒストリー」と「地域生活学」を学ぶことにしました。前者は、地域と世界の両方の視点から歴史を学ぶ科目です。後者は次の4つのつながりづくりを意識しながら行う教科横断の学校設定科目であり、地域社会における自立と協働を学びます。4つのつながりづくりとは(1)高校〈学習〉と地域〈実践〉のつながり、(2)教科の分野間のつながり、(3)地域〈実践〉と自分のつながり、(4)高校での学びと、社会に出てからの生活・人生のつながりです。
また、授業外では、島前高校はヒトツナギ部の生徒が毎年全国の中高生と島前地区の中高生各10名の参加で行っている「ヒトツナギ」が有名です。さらに、2016年度については、島前高校主催で「まちづくり甲子園(Glocal Olympic)2016」を開催しています。
島根県の高校魅力化に取り組む高校は、先に結果(到達目標)ありきではなくて、教師と生徒、生徒と生徒が協働して授業作りに工夫して取り組む過程を重視しているので、取り組み(学習方法)は毎年進化します。みなさんがこの文章を読んでいるときには、島前高校の取り組み(学習方法)はさらに進化を遂げているかもしれません。
島前高校の取り組みは評判を呼び、平成24年度からは生徒増となり、平成25年度に45人が入学、27年度には65名が入学しています。現在は在校生のおよそ半数が島外から来た生徒で、地域活性化や国際貢献など、多様な興味・関心を持った子どもたちが入学するようになっています。
魅力ある高校をつくるという取り組みが、結果として「地元に住み続けたい」「地元で働いて地元に貢献したい」という若者の潜在的ニーズをすくい上げる結果につながったのです。また、島留学生が増えたことで、親も一緒に移住するケースや、「島前高校に入学させたい」という強い思いを持って、小学生や中学生を連れて教育移住する家族も出てきています。
島前地域での成功を受け、島根県では平成23年度から「離島・中山間地域での高校魅力化・活性化事業」をスタートさせました。この事業の目玉である「地域の特色を生かした教育」では、地域が教育の素材となり、地域貢献が教育の目的となっています。その結果として、以下のように「高校の魅力化」と「地域の魅力化」が同時に起こっているのです。
(1) 住民と町の参加…島根県は「離島中山間地域の高校魅力化活性化事業」によって、自治体や住民による高校への人的支援と金銭的支援を可能し、「地域の特色を活かした教育」を促進させている。
(2) 県外生の増加……「島留学」制度などによる県外生の増加によって、「地域の特色を生かした教育」を内向きにさせない効果や、郡部の学校にありがちな「生徒の人間関係の固定化」を打破する効果が見られる。
(3) 地域の産業に合わせたキャリア教育……生徒たちが実際のまちづくりや商品開発などを行うことで、地域起業家精神を育成する。こうしたキャリア教育が、6次産業化による地域資源の有効活用につながり、地域外からの資金獲得や、地域内資金の流出防止に寄与する。
(4) 分権と自立……Uターン・Iターン者が地域の行事や話し合いに参加することで、コミュニティに新たな戦力と新しい発想が導入される。その結果として、地域の課題を“自分たちごと”として検討し、解決策を提案するという文化が醸成される。
(5) 「若者、よそ者、バカ者」……地域活性化においては、「未来とエネルギーがある人=若者」だけでは人材不足。「外の視点から地域を見ることができ、外の人や企業とつながりがある人=よそ者」や「突破力がある人=バカ者」も求められる。高校に“よそ者”の視点とネットワークを導入し、起業教育によって突破力のある人材を育てる。
地方には潜在的な力がありますが、人材不足であることは否めません。特に若い人材がどんどん流出してしまうため、新しい発想力が枯渇しがちです。そのため、「都会にいる人たちが地方に移り住む機運」をもう一度つくりあげることが不可欠です。
人口増加時代には、人口が多い地域や人口が増加している地域、つまり大都市が、社会問題の最前線となってきました。しかし、日本の人口は2008年をピークに減少局面に入りました。少なくとも今後40年間は人口が減り続け、これまで人口が少ない地域でのみ起こってきた問題が、10年後、20年後には、どんな町でも現れるということは確実です。そのため、今後は大都市ではなく、これまで人口減少や高齢化を経験してきた地域こそが「課題先進地域」として日本を、ひいては世界をリードする存在となるのです。
これまで、地域づくりの文脈において、教育や学校はあまり注目されてきませんでした。しかし「ここで子どもを育てたい」という教育ブランドを築くことで、子育て世代の若者の流出を食い止め、逆に子連れ家族のUターン、Iターンを呼び込むこともできます。教育には、地域を変える大きな可能性が秘められています。その意味で、島根県の成功モデルは、日本の他の中山間地域や地方都市にとどまらず、大都市の下町などにとっても、大きな示唆を与えてくれるものと言えるでしょう。
今後、このような取り組みが日本各地に広がっていくことは間違いありません。そしてその成功のカギは、高校教育が握っているのです。