私たちが生きている世界には、
身近なことから人類全体に関わることまで、
さまざまな問題が溢れています。
意外に知られていない現状や真相を、
本学が誇る教員たちが興味深い視点から
解き明かします。
「あなたは、いま、幸せですか?」
この問いかけに、あなたなら、どう答えるでしょうか? 内閣府や大学などの研究機関が行っている調査では、幸せの程度を点数で自己評価してもらったり、「幸せである」「どちらかといえば幸せである」「どちらかといえば不幸である」「不幸である」の4段階の回答から選択してもらったりして、その回答を分析しています。
こうした調査結果が「幸福度」と呼ばれる指標の元になります。幸福度は、人々の豊かさを測る指標で、さまざまな要素(所得や消費の水準・家族形態・就業状況など)を考慮した上で、個人が自身の幸せを主観的に評価したデータなどから算出されます。「幸福の経済学」は、こうした要素と幸福度との関連性を解明しようとします。
従来、幸福を扱う研究といえば、心理学、社会学、哲学、倫理学、精神医学などの分野が中心でした。一方、経済学はこれまで「物質的な豊かさや金銭的活動」に議論の焦点をあてることによって発展してきました。そのため、特に経済学においては「幸福」という抽象的な概念が研究の対象となることはあまりありませんでした。
もちろん、所得など、家計の経済的な面は、個人の生活の質を決定する上で大きなウェイトを占めています。しかし、それだけが生活の質を決定しているわけではなく、金銭的な面だけで個人の豊かさや幸せを推し測ることはできません。そのため近年では、個人の豊かさを構成するものとして「物質的・客観的な要素」だけではなく、より「精神的・主観的な要素」を重視すべきだという論調が高まってきています。
日本は第二次世界大戦後、めざましい経済発展を遂げ、 国民1人当たり実質GDPは飛躍的に増加しました。ところが、内閣府の「国民生活に関する世論調査」の結果をみると、「現在の生活に満足している」と答えた人々の割合は、短期的な変動はあるものの、1958年の調査開始以来ずっと6~7割前後で推移しており、上昇傾向は見られません。そればかりか、特に近年は、格差の拡大やニートの増加、貧困層の拡大の問題などがより深刻になっているように思われます。このように、経済発展が必ずしも人々の満足度を高めるとは限らない理由はどこにあるのでしょうか?
幸福の経済学は、このような疑問や問題意識を背景として急速に発展した学問分野です。人々の「主観的幸福度」を測るための「新たな枠組み」をつくることによって、従来の経済学の枠組みだけでは踏み込んだ分析ができなかった課題にも、新たな分析の切り口を与える可能性を秘めています。また、心理学の分野などでは分析されることが少なかった所得の変動や失業の影響など、家計や雇用の状況が人々の満足度や幸福感に与える分析も、経済学者によって進められるようになっています。
では、人々の「主観的幸福度」を測るための「新たな枠組み」とは、どのようなものでしょうか?
従来の経済学では、個人の間で効用(人々が商品やサービスを消費することから得られる満足の水準)を比較することは、厳密には不可能であると考えられてきました。ましてや主観的幸福度をAさんとBさんの間で比較することには意味がないという意見が主流でした。
一方、現在では、条件が整えば経済学の体系と整合的に、幸福度や生活満足度などの主観的な指標やその元となるデータを分析することができる場合もあると考えられています。例えば、人々の幸福度には一定の「ベースライン(基準)」があり、短期的なニュースなどは、人々の幸福度を一時的にそのベースラインから離れさせるだけではないかといった説明が可能です。これを「ベースライン仮説」と言います。
この仮説が正しいとすれば、特定の個人の幸福度を繰り返し観測し、あるニュースが入ってきたときのその人の幸福度の変化を見れば、そのニュースが人々の幸福度にあたえる影響が、ベースラインに対してプラスに働くのかマイナスに働くのかがわかるでしょう。仮に、多数の人々について幸福度がプラスの方向に変化するという現象が観測されたとすれば、「そのニュースは人々の幸福度を高めている」と考えてもよいということになります。
このように、個人の幸福度を継続的に観測することが可能で、かつ、多数の人々にその調査に継続して参加してもらえるならば、結婚や離婚、出産、失業、病気・けがなどの「人生のイベント」が幸福度にどんな影響をもたらすかを、従来の経済学の体系と矛盾することなく分析することが可能になるのです。
こうした手法を用いて、人生のイベントが幸福度にもたらす影響を調べた研究において、「結婚の前後で幸福度はどう変わるか」という分析結果があります。
この論文では、旧西ドイツ地域で約20年間にわたって観測された大規模データをもとに、結婚を経験した人々に関して、結婚前後の幸福感の変化を分析しています。その結果「男女とも、結婚の1~2年前からしだいに幸福感が高まり、結婚というイベント前後にピークを迎えるが、その後は徐々に幸福感が下がり、結婚後2年で元の水準に戻っていた」ということが示されています。別の分析結果を示す論文もありますが、幸福の経済学によって「結婚による幸福感は、どの程度持続するか」も分析することができるのです。
また、人々が離婚を経験した前後には、男女ともに「幸福感の改善」が見られます。より具体的には、「離婚時点と比較して、その2年前には幸福感の低下が見られるが、離婚の5年後には幸福感が上昇(改善)する」ことがわかっています。ただし、この分析では離婚を経験したサンプルだけを取り出しているので、そもそも離婚を経験していないサンプルのほうが、平均的には幸福感が高い(もともとの幸福感が高い場合が多い)ことにも注意が必要です。
つぎに、子どもの誕生が人々の幸福感にどんな影響をもたらすのかについての研究結果を紹介します。新たな命の誕生は、一般的には「結婚に次いで人生に幸福をもたらすイベント」と考えられています。しかし、特に海外では、「子どもの誕生は両親の幸福感を低下させる」という論文が多く発表されています。
日本人の場合は例外で、0歳児がいる父親、母親ともに幸福感が平均よりも高いことが統計的にも示されています。そして、子どもの誕生後は、両親の幸福感はしだいに低下していきますが、少なくとも誕生後数年間は高い状態が続いているのです。しかし、子どもを出産した母親について、「専業主婦」と「労働参加している人」に分けて分析すると、労働参加している母親の幸福感は、出産後、急激に下がっていることがわかりました。今後は、こうした分析をさらに進めることで、少子化対策に関する新たな側面からの政策提言も可能となるかもしれません。
従来の経済学では、人間を単純に「合理的に行動する存在」とみなすところから出発していました。しかし実際には多くの人が、必ずしも狭い意味の「合理性」では説明できない行動を取り続けています。
2005年8月にアメリカ南東部を襲った大型ハリケーン「カトリーナ」は、死者1,800人以上という犠牲者を出し、米国史上最悪ともいわれる自然災害となりました。このときの政府の対策の遅れに人びとの不満は噴出しました。
しかし、「被災した地域近くの住民」と「米国全域の人々」の幸福感を調査してみると、米国民に幸福感の低下が見られたものの、とくに被害の大きかった地域でも、統計的に有意な幸福感の低下が観測されたのは「災害発生から2~3週間後まで」であったことがデータによって示されています。つまり、両者はともに一度不幸になったものの、比較的短い期間でベースラインに戻っていることがわかったのです。
ただし、ルイジアナの住民が「被災前と同じ幸福な状態」で暮らしているかどうかは、また別の問題です。また、本当に深刻な被害を受けた人は、とてもそのような調査に協力できる状況ではなかった可能性もあります。調査結果が集計された背景も、十分考慮する必要があります。
日本でも、東日本大震災の前後に、全国の人を対象として、幸福感の変化を調査したデータがあります。その一つの調査は2011年6月に行われたもので、震災前の「2011年2月時点」と、震災後の「2011年6月時点」の幸福感について聞いています。それによると、震災前後に約3割の人々に幸福感の変化があったことが示されており、震災発生から3ヶ月後の6月には、変化があったうちのかなりの割合である「約28%」の人が「幸福感の改善」を報告していました。
また、「震災関連の寄付を行った人」の幸福感は、改善している確率が高かったこともわかっています。さらに同一調査のデータにより、生活満足度が変わらなかったり下がったりしていても、「幸福感が上がった」と回答したサンプルも少なくない(約14%)ことが示されています。つまり震災後は、たとえ生活水準が改善していなくても、「より幸せを感じるようになった」人々が、日本全体で7人に1人ぐらい存在したことになるのです。これらの人々は震災を経験してから、これまでの生活が幸せだったことをあらためて認識したのかもしれません。こうしたデータがどのようなパターンで変化するのかを把握することも、幸福の経済学にとっては重要です。
私は、「幸福の経済学」は、社会の状況を分析する重要な学問領域として、今後ますます注目されていく可能性があると考えています。幸福度は、病気の診断に例えるなら「問診に使うためのツール」のようなものと言っていいでしょう。このツールは、国家全体の健康状態を調べるために有効です。
例えば、政府の経済対策によってGDPは順調に伸びているにも関わらず、幸福度の平均値が下がっているような場合には、その社会に何か問題や異変が起きている可能性が疑われます。背景には、働く人のストレスの増加があるのかもしれないし、より深刻な場合、精神疾患などを抱える人の割合が高くなっているのかもしれません。
日本では、急速に高齢化が進展していますが、例えば、高齢化社会を迎えるにあたり、従来の統計データが出揃った後で、政府が対策を練ったのでは後手に回ってしまう可能性もあります。仕事と介護の両立の問題などに関しては、過労や精神的負担により人々が健康を害する前に、その前兆を生活満足度や幸福感の低下で捉えるなど、生活の質に関する調査を実施することによって、よりスピーディに対策をとることができる可能性があります。
さらに幸福の経済学は、今後の社会のありかたについて議論する材料も提供します。例えば、すでに日本は「格差社会」に突入したといわれますが、今後の政策として、格差をどの程度考慮して全体の所得の底上げを目指すのか、まずは格差を小さくすることを優先させるのか、その方向性を見極める際に、データに基づいた議論が可能となるのです。
1885年、英ケンブリッジ大学で政治経済学の教授となったアルフレッド・マーシャルは、就任時の公開講義で、「冷静な頭脳と温かい心(cool heads but warm hearts)を持ち、社会的苦悩を克服するために、自らの最善の能力を進んで捧げようとする人を一人でも多くすることが自分の念願だ」と述べました。こうした初心に戻った立場で、幸福の経済学は、社会のさまざまな問題を解決する糸口となる可能性を秘めていると私は考えています。
(2016年掲載)