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世界を解き明かすコラム
ー 研究者に迫る ー

私たちが生きている世界には、
身近なことから人類全体に関わることまで、
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意外に知られていない現状や真相を、
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解き明かします。

  • 法学部
  • 憲法は、いちばん身近な法律
  • 髙佐 智美 教授
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日本国憲法は「押し付け憲法」?

皆さんは憲法について、どんなイメージを持っていますか? 「憲法」というと、自分にはあまり関係のないもの、わかりにくいもの、というイメージを持っている方が多いのではないでしょうか。

 

一般に憲法というと「国民が守るべきもの」と捉えられがちですが、これは誤りです。今の憲法には、大きな役割が2つあります。1つは「国家の権力を制限する」こと、もう1つは「私たち国民の権利を保障すること」です。また、憲法の考え方は、さまざまな法律の元になっています。つまり憲法は、私たちの暮らしに密接に関わっているものなのです。こうした観点から、憲法について考えてみましょう。

 

今年7月1日、政府は、集団的自衛権の行使を認める憲法解釈の変更を閣議決定しました。これを受けて、首相官邸周辺で大規模な抗議デモが行われるなど、激しい議論が巻き起こりました。

 

安倍晋三首相は“憲法改正論者”と言われており、今回の集団的自衛権の見直しをきっかけに、最終的には憲法9条の見直しに着手したいと考えているようです。しかし「憲法改正」という手続きを経ることなく「憲法解釈の見直し」による集団的自衛権の行使容認に踏み切ったことについては、さまざまな意見が出ています。

 

そもそも、なぜ憲法を改正するのかという理由については、大きく2つの主張があります。ひとつは「日本には自主憲法が必要だから」というもの。もうひとつは「日本を軍事力が行使できる国にするために憲法9条を改正する必要がある」というものです。もちろんその両方という人もいるでしょう。

日本は戦後、民主的な憲法を制定することで国際社会に復帰することができました。しかし、現在の日本国憲法はアメリカが草案を作ったため、保守的な人々の中には「これは押し付けられた憲法なので好ましくない」と主張する人もいます。

 

では、日本国憲法は、本当に「押し付けられた憲法」なのでしょうか? 日本国憲法の成り立ちを見ると、アメリカが憲法の原案を作り、日本がそれに手直しするという経緯を経てまとめられ、旧憲法で決められた手続きに従って改正されたもので、形式的には何ら問題はありません。

 

憲法の草案作成に携わったのは、GHQ民政局に所属するアメリカ軍の将校や民間人で、実は憲法の専門家はいませんでした。そのため、起草にあたっては、まず材料になるものを集める必要がありました。彼らは東京中の図書館を駆けずり回り、各国の憲法をかき集めました。起草のために、実はアメリカ本国の憲法だけでなく、ヨーロッパ諸国の憲法が参照され、専門家とは異なる柔軟な発想で草案を書き上げたのです。そのため、とりわけ「社会保障」や「女性の権利」については、当時の世界の憲法において最先端ともいえる内容の人権保護規定が盛り込まれた内容となっています。

 

そして何より重要なのは、現在の日本国憲法が施行されてから約70年にわたって、主権者たる国民に支持されてきたという事実です。

 

日本国憲法は、他国の憲法に比べ人権規定に関しての規定が充実しているなど、比較憲法的に見ても“よくできた憲法”であるというのが私自身の見解です。

そもそも憲法とは何のためにあるのか?

冒頭で述べたように、憲法の本質は「基本的人権の保障」にあります。国家権力の行使を拘束・制限し、国民の権利・自由を保障するためのものです。つまり、国家によって人権が制限されたり踏みにじられたりする事態を避けるために、憲法によって人権を保障するとともに、政治権力を憲法によって縛らなければならない、というのが憲法の核心です。

 

皆さんの多くは「国家によって人権が制限されたり踏みにじられたりする事態」といっても、具体的なイメージは描きにくいかもしれません。「そんな事態は、自分の身の回りには起こらない」と思われる方も少なくないでしょう。

 

そんな方は、2012年に起こった「PC遠隔操作事件」を思い出してみてください。

 

この事件では、インターネット上に無差別殺人や小学校襲撃の予告が書き込まれ、IPアドレスなどの捜査をもとに男性4人が逮捕されました。しかしその後、逮捕された4人のPCが何者かに遠隔操作されていたことが判明。やがて「真犯人」を名乗る人物が弁護士らに犯行声明メールを送り、事件への関与を告白したことにより、警察庁が4人の誤認逮捕を認めたという事件です。

 

この事例では、警察が自らの過ちを認めましたが、場合によっては、強大な国家権力を背景に、まったく罪のない人物を犯罪者として“恣意的に”処罰することも可能であることを示したという点で、私たちに大きな衝撃を与えました。さらにこの事例が怖いのは、「日ごろPCを使用している人なら誰でも容疑者になりえた」という点です。

 

憲法とは、こうした事態が起こったときに、国家権力の行使を拘束・制限し、私たち国民の権利・自由を保障するためのものなのです。

 

このように憲法の本質について考えてみると、安倍政権による集団的自衛権行使容認の手続きについて、あらためて違和感を覚える方も多いのではないでしょうか。

 

憲法の基本原理に関わる変更を、国民の意思を直接問う手続きを経ることなく、内閣の判断のみで行うことは、憲法の存在理由を根本から否定するものであるという意見が出るのも、自然なことだと言えるでしょう。

身近な問題を、憲法に照らして考えてみよう

憲法は私たち国民の権利・自由を保障するためのものであり、私たちの暮らしに密接に関わっているものであることをお話ししてきました。ではここで、私たちの生活にとって大切な2つの問題について、実際に、憲法に照らして考えてみましょう。

 

最初は「原発」の問題です。政府は、原子力発電を「重要なベースロード電源」と位置づけ、安全性が確認された原発については「再稼働を進める」との方針を示しています。この政府方針は、日本国憲法に照らして正当でしょうか? それとも不当でしょうか?

 

憲法前文では「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」とあります。ここでいう「平和」とは、単に戦争のない状態というだけではなく、病気や飢餓、貧困、人権侵害、災害を含め、生活を脅かす脅威から免れて心穏やかに生きることができる、ということです。

 

福島第一原発の事故からすでに3年半以上が経過していますが、原発事故の被災者はいまだに、幸福追求権(13条)、居住移転の自由(22条1項)、職業選択の自由(22条1項)、生存権(25条)、財産権(29条)という憲法上の重要な人権が侵害されているとみなすこともできます。さて、あなたはどう考えるでしょうか?

次に「一般用医薬品(大衆薬)のネット販売の是非」について考えてみましょう。

 

2013年1月、医薬品のネット販売を禁じた厚生労働省の省令に対し、最高裁判所は「違法」とする判決を出し、大衆薬のネット販売は事実上解禁となりました。

 

憲法第 22条には、「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転および職業選択の自由を有する」と規定されています。この「職業選択の自由」は、自己の従事する職業を決定する自由を意味しており、これには、自己の選択した職業を遂行する自由、すなわち「営業の自由」も含まれるものと考えられています。一方で、「公共の福祉に反しない限り」とあるとおり、職業選択の自由は「経済的自由権」のひとつであり、公共の福祉の目的のためには制限されうる人権であるとも解釈されてきました。

 

また、第 25条「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」に照らして見た場合、副作用リスクについての情報提供が十分に行われない可能性のあるネット販売は違憲と考えることもできそうです。

 

実は、この問題については、私のゼミでも意見が真っ二つに分かれました。例えば、薬害によって肉親が深刻な健康被害を受けた人は、薬が簡単に手に入ることに危機感を覚えるでしょうし、小さな子どもを持つ母親にとっては、一刻も早く薬を手に入れたいと願うのは当然でしょう。その人の置かれた立場によって判断はさまざまです。

 

私たちが暮らす現代社会には、多様な問題が横たわっています。そしてその多くは、容易に良し悪しを判断することが難しい問題です。

 

マスメディアを通じてこうした問題にふれたとき、憲法に照らして「自分のスタンス」を考える習慣をつけてみてはどうでしょうか。これまで縁遠い存在と思われた憲法が、じつは私たちにとって「最も身近な法律」であるということに、あらためて気づくことができるでしょう。

 

(2014年掲載)

あわせて読みたい

  • 『憲法四重奏(第2版)』大津浩・髙佐智美・長谷川憲・大藤紀子著(有信堂高文社:2008)
  • 『テレビが伝えない憲法の話』(新書) 木村草太著(PHP研究所:2014)
  • 『共生社会へのリーガルベース(法的基盤)―差別とたたかう現場から』大谷恭子著(現代書館:2014)
  • 『臨床憲法学』笹沼弘志著(日本評論社:2014年)

青山学院大学でこのテーマを学ぶ

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