私たちが生きている世界には、
身近なことから人類全体に関わることまで、
さまざまな問題が溢れています。
意外に知られていない現状や真相を、
本学が誇る教員たちが興味深い視点から
解き明かします。
身近なものの動きや見え方をコンピューター上に再現し、映像化する。これがコンピューターグラフィックス(以下、CG)の主なテーマです。例えば、光は太陽から地上に届く過程で大気中の微粒子や雲に当たって散乱し、四方八方に伝播しながら私たちの目に届きます。私はこうした物理現象を計算し、コンピューター上でシミュレーションする手法について研究しています。あるプロジェクトでは、雲の隙間から日光が射し、山肌が刻一刻と夕焼けに染まっていくCG映像を作成しました。どこが影になって、どこが明るくなり、どこが霞むのかといった光の変化を高精度かつ高速で計算する技術が研究成果です。これにより、空全体を含む光学現象をかなり緻密に再現できるようになりました。
大気や雲での散乱や、地形での反射を再現した光のシミュレーション
また、物質の動きのシミュレーションにも取り組んでいます。私たちの身近にある物質にはそれぞれ特性があり、例えば、クリーム状の物質は一定以上の力を加えなければ一部が突出した形状を保ちます。その特性を踏まえれば、パイ投げのシーンでパイ皿が相手にぶつかった瞬間、クリームが角の立ったような形で静止する様子も再現できるのです。さらに、料理のシーンでは複数の調味料を混ぜる場面があります。それを再現するため、マヨネーズと蜂蜜など、特性の異なる物質を混ぜ合わせたときの流動性についてもモデル化しています。
砂のような粉体の動きを扱う際には、砂の一粒一粒がこすれ合ったり、ぶつかって跳ね返ったりする効果をシミュレーションする個別要素法が標準的な手法ですが、再現したい場面の規模が大きくなると扱う砂粒の数が膨大になってしまいます。そのため、砂の動きの中心部分は砂粒の集合を連続体としてとらえるモデリング技法、外側の部分は個別要素法を用いるなど両者を組み合わせ、高い再現性を保ちながら効率的にシミュレーションしています。
加わる力の大きさによって粘性が変化する非ニュートン流体のシミュレーション
衝突や摩擦を再現した単体の砂粒(青色)を表面に用い、
衝突と摩擦の代わりに、圧力と塑性流動を再現した連続体の砂粒(赤色)を内部に用いたシミュレーション
このようなCG技術は映像制作用ソフトなどに組み込まれ、実際に皆さんが目にする映画やアニメーションの制作に活用されています。加えて、それぞれのトピックが他分野の課題とリンクしており、例えば、粉体の動きのモデルを応用すれば氷河の動きのシミュレーションも可能です。気温上昇に伴って氷河がどの程度消失するかを予測できれば、地球温暖化問題の解決に何らかの貢献ができるかもしれません。
さらに、CGは形状を処理し再現する技術ですから、3Dプリンターに出力すればものづくりにも生かせます。レンズの加工により光をコントロールし、模様を浮かび上がらせることもできますし、おもちゃのブロックで一定程度の加重に耐えうるテーブルなどを作る構造設計にも活用できます。建築分野にも応用可能で、ブロックを繰り返し使って廃材を出さずに新たなものを生み出せる点でSDGsの目標達成にも寄与できるでしょう。
CG技術を構造設計に用いて、おもちゃのブロックを任意の形状に組み立てて、一定程度の荷重に耐えうるテーブルを作った例
CGは実世界の物理現象、物理法則を正確に取り込んでシミュレーションに活用するだけでなく、ものづくりや社会課題の解決にも応用できる大きな可能性を秘めた技術です。CGの世界で解決すべき問題をひとつずつクリアして、より幅広い分野で役立てられるようになれば本望です。
近年は、CG技術を活用して芸術家の画風を再現するプロジェクトに取り組んでいます。オランダの画家・ゴッホのタッチで新たな動画をコンピューター上で自動生成する仕組みを研究していて、これが完成すれば本格的なアニメーション制作にも応用できます。画家の作品が1点あれば、そこから特徴的な画風を拾い出し、別に用意したシンプルな3DCGに合成して個性の強いアニメーションを簡単に作れるようになるのです。
私は画家である両親のもとで育ちましたが、子どもの頃は良し悪しを判断しづらい芸術の世界が苦手でした。それで正反対の世界をめざそうと、小学校高学年の時からプログラミングを学び始めたのです。論理的で曖昧性のない世界に惹かれていたのでしょう。その後、大学でフォトンマップ法という光の見え方をシミュレーションする技法を知り、「プログラミングでこんなことができるのか」と強い衝撃を受け、CGの世界に足を踏み入れました。三角関数や線形代数など、それまで学んできた数学がフルに活用されている点も興味深かったです。それ以降、長い間CGの研究に携わってきて、今度は画家のタッチをアニメーション制作に取り入れようとしている。ある意味で芸術の世界に近づいているのは、やはり両親の影響かもしれません。
以前は、芸術の世界をどのように定式化すべきかわからず遠ざけていたのですが、数理モデルを突き詰めていくうちに、そこで使う数学が芸術の世界でも活用できるのではないかと思い至りました。ゴッホのタッチでアニメーションを作るのは容易なことではありませんが、これまでの知見を結集し、道筋が見えつつあります。もちろん、解釈可能な数理モデルを用いずにそれらしい画像を生成する手法もあるのですが、私は解くべき数式を解き、数理的に説明できる仕組みを作った上で、画家のタッチをアニメーション制作に取り入れることを実現したいと考えます。長期的に考えると、 その方が広い分野に応用できる技術となるのではないでしょうか。
アーティストの筆跡をまねたアニメーションの生成
CG技術は多方面での応用が期待されている反面、まだまだ発展途上であり、私たちはより複雑な動きの再現をめざして研究に取り組んでいます。一例を挙げれば、ミートソースを再現しようとする際、小さな肉の塊、粘性と流動性があるソース、粉チーズなどさまざまな要素を個々にモデル化するのは容易ではありません。こうした複雑な構造を持つ物質を連続体として再現できるようにしたいと考えているのです。より複雑な動きを高い精度で再現できるようになれば、今はアーティストの力がなければ再現不可能な広い場面も、CG技術のみで可能になるかもしれません。
流体同士の混合によって、流体物性が混合比とともに変化することを考慮したシミュレーション
私の大学時代を振り返ってみると、1~3年次の授業は、「この知識や理論はいったい何の役に立つのだろう?」などとよく分からず受講していたように思います。しかし、後の研究過程になって、この問題を解くために必要だったのかと気付いて学び直したり、他の事柄との結び付きを知り納得したりすることが多々ありました。低学年次の授業内容を完璧に理解しよう、身に付けようと無理する必要はありません。ただ、こういう話を聞いたな、ああいう方法があったなと後から思い出せるように、引き出しを増やしておいてほしいと思います。
また、小学校から高校、そして大学の低学年次で学習する内容は、人類が数千年にわたる歴史の中で築き上げてきた「知」です。それを十数年の間に、いわば100倍再生で学ぶわけですから難しくて当然です。数千年の積み重ねの上に新たなことに挑戦するのが大学の専門的な研究ですから、それもまた難しいことには変わりありません。だからこそ、ゆっくりと一歩ずつ進むのです。それまでの勉強が新幹線での観光だとすれば、大学での研究はのんびりした散歩と言えるでしょう。向き合い方がまったく違うので、新幹線に慣れていると、成果を焦るあまり大切なポイントを見過ごしてしまうかもしれません。急がずじっくり考えながら取り組んでください。
また、研究という観点から言えば、私は大学院への進学をお勧めします。小学校から大学3年次までの学びが人類の知の歴史を追いかけるものだとすると、自分自身の研究に取り組めるのは4年次の1年間しかありません。あと数年その期間を延ばして、自分のやりたいテーマにじっくり向き合ってみてはいかがでしょうか。社会人として歩むその後の長い人生にきっとプラスになるはずです。
私がCG研究に携わるようになった2000年代初頭は技術の進歩が目覚ましく、研究にもスピードが求められていました。その中で、精度を落とさずに問題をじっくり確実に解いていこうと意識を切り替えて取り組んだのが、前述の「日光と空の変化を再現する光学シミュレーション技法」です。難しいチャレンジでしたが、本研究が権威ある国際会議で評価していただけたことで、研究の方向性をつかめたように思います。数式をコンピュータープログラムに落とし込み、計算できなかったものの動きを計算し、計算の高速化を実現できた時が、最も手応えを感じる瞬間です。その計算結果が美しい映像として描画されるのは、CG 研究ならではの醍醐味だと実感しています。