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  • 国際政治経済学部
  • 健康のための課税は、どれだけ効果があるのか
  • 内田 達也 教授
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健康のための課税は、余計なお世話!?

昨今、健康増進のための課税が国際的に話題になっているのをご存知ですか。
ハンガリーでは、塩分や糖分の高い食品に課税する、通称「ポテトチップス税(ポテチ税)」が2011年9月に施行されました。またデンマークでは、バターやチーズ、牛乳などの乳製品、また肉類や食用油、加工品などに「飽和脂肪酸」が2.3%以上含まれる場合、その飽和脂肪酸に対して課税する「脂肪税」が2011年10月から施行されています。アメリカでも甘い飲料に税金をかける「ソーダ税」が各州で導入され、議論をよんでいます。
このような「ポテトチップス税」や「脂肪税」、「ソーダ税」は、「健康増進」そして肥満から起こる疾病の「医療費の抑制」のための課税と言えるでしょう。

 

こうした課税は、長寿国で肥満率が低い日本では、すぐに導入されることはないと思われます。しかしながら、メタボ検診も導入されましたので、将来は人ごとではないかもしれません。また、新しい財源として狙われやすいという側面もあります。
このような「健康増進」や「医療費の抑制」のための課税として、同じ線上で考えられるのが「たばこ税」です。たばこの価格は、欧米諸国に比べれば、日本は格段に安いのですが、ここ10数年のうちに、たばこの増税は何回も繰り返され、20年前に比べれば、たばこの価格は2倍相当になっています。

 

「たばこを吸って不健康になるのは、自分の責任だ。余計なお世話だ」という人も確かにいるでしょう。しかしながら「余計なお世話」ですまされない側面もあります。経済学では「外部性」と呼んでいますが、喫煙者の周りにいる人への影響(受動喫煙)もありますし、また、たばこは疾病の確率を高めるので、それによる医療費の増加などは国民全体にかかってくる問題でもあります。「個人が健康を害して、医療費を高く払い、早死にする」というような自己完結するような問題であれば、全然構わないでしょう。ただ、そうではない側面もあるということです。

 

それでは、たばこ税が増税されることによって、「健康増進」や「医療費の抑制」に、本当に効果があるのかどうかということを経済学的に考えてみましょう。

「たばこを吸う」ベネフィットとコストは?

「経済学」では、人々の意思決定や行動を変化させる誘因、すなわち「インセンティブ(incentive)」をたいへん重要視します。インセンティブを決定するのは、人が選択によって得られる「ベネフィット(benefit=便益)」と、そのことであきらめなければならない「コスト(cost=費用)」です。

 

たばこを吸うことの「ベネフィット」と「コスト」はなんでしょうか。ベネフィットは「たばこを吸ったときの気持ち良さ」ですね。一方「コスト」は、たばこを吸うことによってあきらめなければならない「健康」や「たばこを買うお金」です。「たばこを吸う」という行為を選ぶことは、これらを比較したとき、「ベネフィット」が「コスト」よりも大きいことを意味しています。「増税」は、たばこを吸う事であきらめなければならない「コスト」を増やすことで、人々の「インセンティブ」の構造を変えてしまいます。

 

価格の上昇がどれだけ消費者に影響があるかということを、経済学では需要の「価格弾力性」という概念で表します。これは「価格の1%の変動によって、ある製品の需要量が何%変化するかを示す数値」です。「1」が基準値となり、「1」より小さいと「弾力性が小さい」、「1」より大きいと「弾力性が大きい」と言います。価格弾力性が小さい場合は、価格を変更してもほとんど需要量は変化しませんが、価格弾力性が大きい場合は、価格が変わると需要量が大きく変化します。価格弾力性が小さいものは必需品と言え、価格弾力性が大きいものは贅沢品と言っていいでしょう。

健康増進の効果は、本当にあるのか?

それでは「価格弾力性」という概念で「たばこ」を考えてみましょう。たばこは依存性が高く、吸う人にとっては必需品であり、多少値上がりをしても買いますね。そうです、たばこの価格弾力性は0.4~0.7程度という推計結果が出ており、多少値上がりしても需要量が変わらない商品なのです。ですから、本当に「健康増進」や「医療費の抑制」が目的であれば、小幅の値上げでは、たばこの消費量にはほとんど影響を与えません。大きく値上げしてようやく効果が出る商品だと言えます。

 

このように一般的には価格弾力性が低いと言われているたばこですが、あまり気付かれていない点があります。それは、「同じ値上げでも影響を受ける人と受けない人がいる」ということです。たばこを吸っている人には男性もいれば女性もいます。20代~高齢者まで年齢層も幅広いでしょう。
所得が高く、長年吸い続けている壮年以上の層は、たばこの値段が上がっても影響は小さいかもしれません。しかしながら、所得が低い20代や30代の若年層には影響が大きいのです。アメリカの大学生を対象に行ったある調査では、たばこの価格弾力性は1.4でした。若年層にとっては、少しの値上げでも生活に直結するので、「値上げするなら、生活が苦しくなるからやめようかな」と考える人もいるでしょうし、まだ依存度が低いうちなので簡単にやめられる可能性も高いでしょう。
このように、値上げの影響を大きく受けるであろう若者が「たばこをやめる」という選択をした場合、彼らが壮年や老年になる頃の「健康増進」「医療費の抑制」には十分効果があります。まさに「若い芽を摘む」ことができるのです。また、ここ近年、女性の喫煙率が高くなっていますが、将来の妊娠や出産、さらにその子どもたちのことを考えると、こちらにも効果があると言えるでしょう。

「1点を見ずに全体的に考えよう」

ここで問題なのは、たばこが値上がりすることで、たばこの代わりに別のモノを買おうとすることです。経済学では、この代わりになるモノのことを「代替財」と言います。
たばこは合法ではありますが、ドラッグの一種です。もしたばこの消費を少なくしようとして大幅な値上げをしたら、たばこの代替財として大麻等の違法ドラッグを選ぶ人が多く出てしまうかもしれません。そうであれば、「健康増進」のためのたばこ税の値上げは、違うドラッグによる健康被害をもたらしてしまいます。また、このような非合法なドラッグは、非合法な組織の資金源になっていますから、結果として、たばこの値上げが非合法組織に手を貸すことになってしまうかもしれないのです。
このことは、たばこ税を上げるべきではないということではなく、たばこ税を上げるのであれば、ドラッグ全体の政策を考えるべきだということです。例えば、たばこと大麻の違いを調べて、科学的根拠に基づいて政策を考えるなどをしなければ、「健康増進」や「医療費の抑制」という本来の目的を果たせないことになります。

 

前出した「ソーダ税」を取ってみても、消費者がソーダの代わりに糖分の多い他の飲食物を摂取するようになってしまっては、「健康増進」や「医療費の抑制」には効果がありません。
それに比べると「脂肪税」は画期的だと言われています。飽和脂肪酸が含まれるすべてのモノについて課税されるので、課税されない代替財に逃げられないからです。しかしながら「脂肪税」にも問題があります。そもそも人間は、適量の脂肪を摂取しなければ健康には生きていけません。脂肪を多量摂取し、蓄積されて、それが疾病の原因になるワケです。適量の脂肪を摂取し、適度な運動をして健康な人には、全く意味のない課税と言えるのです。

 

このように「健康増進」や「医療費の抑制」などを理由にしたこのような課税には、様々な問題点があるということが分かってもらえたでしょうか。物品に課税をするときは、その課税対象だけを見ずに、影響を受けるだろう全体を見ないといけません。「経済学」はそうした目を養ってくれます。

「経済学」はどこにでもある

「経済学」では、人は常に「ベネフィット」と「コスト」を比べ、選択をして生きていると仮定しています。そのことは「人はいつも意識的に損得勘定をしている」ということを言っているのではありません。むしろ、人間の「無意識の選択」こそが重要で、経済学ではそれを「損得勘定」という枠組みで見ているということなのです。日々の生活の中で、全ての食品の健康への影響を厳密に計算し、ベネフィットとコストを算出して買い物をしている人はいないでしょう。しかし、コストが上がれば自然にそのモノを買わなくったり、他のモノに代替したりします。ですから、人々が何をインセンティブの要因としているかを考えることで、その結果モノがどう動くのか、社会はどうなっていくのかを分析したり、予想したりすることができるのです。今回は「健康と課税」についてお話しましたが、われわれの身の回りにあるすべてのモノが「経済学」と繋がっているのです。

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