AGU RESEARCH

世界を解き明かすコラム
ー 研究者に迫る ー

私たちが生きている世界には、
身近なことから人類全体に関わることまで、
さまざまな問題が溢れています。
意外に知られていない現状や真相を、
本学が誇る教員たちが興味深い視点から
解き明かします。

  • 法学部 法学科
  • 掲載日 2026/03/09
  • 法は人のために――契約の透明性に挑む、民法研究のフロンティア
  • 酒巻 修也 准教授
  • 法学部 法学科
  • 掲載日 2026/03/09
  • 法は人のために――契約の透明性に挑む、民法研究のフロンティア
  • 酒巻 修也 准教授

技術社会で加速する「格差」に法はどう向き合うか、契約の透明性への挑戦。

私が専門とするのは、財産や家族の権利義務を規律する民法です。その中でも特に、契約に関わる法制度に焦点を当てて研究を進めています。人と人との間のルールを扱う法学は、一見すると、今ある制度の解釈を学ぶ学問と思われがちですが、私にとって研究とは、より望ましい社会を築くために、既存のルールを常に問い直すことにほかなりません。

今、私が最も力を入れて取り組んでいるのは、消費者契約における「透明性の要請」などの課題です。スマートフォンを契約するときや、オンラインサービスに登録するときなど、私たちは事業者を相手方として契約を交わします。このとき、消費者である私たちと事業者とは、決して対等な関係にあるわけではありません。事業者は商品に関する圧倒的な情報量を有し、あらかじめ定めた非常に長い契約書(約款)を提示し、消費者はそれに同意せざるを得ないことが大半です。このような構造的な格差を是正するために、消費者契約法などの法律が定められています。

しかし、現在の法制度は完全無欠ではありませんし、社会はめまぐるしく変わっていきます。特に問題となるのが、契約条項の不透明さです。例えば、サブスクリプションサービスに登録する際に、非常に長く細かい規約のスクロールを求められます。これを消費者がすべて読んで正確に理解することは現実的ではありません。もし、この契約条項が不明確だったり、曖昧であったりすると、消費者は本来有するべき権利がないものと誤信したり、本来負わなくていい義務を負うものと誤信したりしてしまいます。

これまでの民法学の議論では、契約条項の不明確さは、契約が不当かどうかという内容の問題ではなく、契約締結過程における情報開示の問題や、契約の解釈の問題として扱われてきました。しかし、私はこの考え方を問い直すべきだと考えています。消費者契約においては、事業者に契約条項の透明性が強く要請されるべきです。もし、その透明性が守られず、消費者の権利義務の内容を誤信させるような内容になっているのであれば、その不明確さは条項の解釈の場面で問題となるだけでなく、条項の不当性の問題にもなりうるのではないか。これが現在の私の研究の核心であり、2025年11月にこれについてまとめた書籍『消費者契約と透明性』(信山社)を出版しました。

2025年に刊行した消費者契約と透明性の要請に関する単著

法を研究することは、対等ではない社会の現実を直視し、どうすれば人々の公正な利益を守ることができるのか、そのためのより望ましい制度設計を追求することだと考えています。

外国法から得る「別角度の視点」――無効の範囲を誰が決めるのか

私の研究において、フランス法との比較分析は欠かせない手法となっています。フランス法を日本法より優れたものとみなしているわけではありません。他国の法制度を分析することによって、私たちが直面している課題を解決するための有用な視点を見出せることがあるのです。私の研究の醍醐味の一つは、まさにこの「別角度の視点」を発見する瞬間にあります。

先ほどの『消費者契約と透明性』もフランス法から得た視座をもとに検討したものですが、ほかの制度を紹介していきましょう。契約が無効となる範囲をどう決めるかという「一部無効論」と呼ばれる問題があります。この問題は、契約に存するある条項または条項の一部に無効原因がある場合に、その条項または条項の一部が無効となるのか、それとも契約全体が無効となるのか、という非常に重要な課題です。従来の議論では、当事者が残りの部分の存続を望んでいたかという、当事者の意思によって無効の範囲を決めるべきであるとされてきました。

しかし、私は、本当に当事者の意思で全てを説明すべきかという点に疑問を抱いています。無効原因があるということは、既に法規範(強行規定)への違反がある状態です。例えば、既に日本では立法で解決されている例ではありますが、お金の貸し借りに関する契約に、法定の上限を超える利息を定めた約定があるとします。このとき、借りている側がその約定の不当性を主張したとき、貸している側が「それなら契約を締結しなかった。契約全部が無効となるから、元金も全部すぐに返してください」と言うことができてしまうと、借りている側は不当な利息について裁判で争うことを恐れてしまいます。これでは、法律が定めた法規範が意味をなさなくなり、その実効性が確保できなくなってしまうのです。

ここで、フランス法の考え方が重要なヒントを与えてくれました。フランスでは、無効とは「合法性を回復するためのサンクション(法的な手段)」として位置づけられています。ここでいう「サンクション」とは、制裁的な意味ではなく、法の実効性を確保するための手段ということです。したがって、無効の範囲を決める際にも、当事者の意思を完全に無視するわけではないものの、法規範の目的を重視して決めるべきだ、という考え方が根底にあります。不当な条項だけを無効とすることで、その法規範の目的を最大限に実現し、違反の抑止を促すのが、無効という手段の本質であると捉えるのです。

このフランス法の視点を参考に、無効の範囲は、当事者の意思だけを考慮して決めるのではなく、法規範の目的を考慮して、その実効性を確保する方向で画定すべきだという新たな考え方を提示しました。外国法を分析することで、長年停滞していた日本の課題に、一歩踏み込んだ解決の糸口を見出すことができた瞬間でした。この研究成果をとりまとめたものが、2020年に刊行した書籍『一部無効論の多層的構造』(日本評論社)になります。

2020年に刊行した一部無効論に関する単著

法学研究は「問い」を見つけ、より良い社会を「思考」し続けること

私が研究活動を通じて最も喜びを感じるのは、他国の法律の分析を通じて日本法の課題を解決するための新しい視点、糸口が見つかったときです。その瞬間は、まるでパズルの欠けていたピースが見つかるような感覚で、そこから、より良い制度へと繋がる道筋が見えたとき、「法は人のためにある」という私の研究の土台が満たされるような、大きなやりがいを感じます。

高校生は、学校での学習等を通して、正解のある問題を解くことに慣れているかもしれません。しかし、大学での学び、特に法学研究は、正解のない問いに立ち向かうことです。法という社会のルールは、常に変わりうる社会に対応できているのか、より望ましい社会を築くためにどうあるべきか、それを批判的な視点を持って思考し続けることが求められます。この視点を持って思考することは、AIが急速に進化している現代社会において、ますます重要です。AIに聞けば、たしかに一定の回答は容易に得られるようになりました。しかし、その回答が常に正しい、妥当であるとは限りません。今の社会で何が問題となっているのかを発見し、解決のために今ある法制度の運用をどう考えるべきか、あるいは新しい制度を作るべきか、と考えること。これが、大学で研究する、そして法学を学ぶ真価です。

現代社会の課題は、私たちの身近にも潜んでいます。例えば、社会経験が未熟な18歳、19歳の若年層がオンラインサービス等の様々な契約を自分一人で締結する場面が増えてきましたが、実際に、彼らが契約に関して不当なトラブルに巻き込まれるケースは少なくありません。情報や経験の面で脆弱な若年成人を、他の消費者と同じように考えてよいのか、彼らを保護する仕組みはどうあるべきか。これは、まさに現代民法が直面している大きな課題です。

私の研究テーマである「消費者契約の透明性」は、私たちが締結する消費者契約の中に潜む、不当な、あるいは消費者を誤信させるような条項を社会からなくしていこうというものです。不当な契約条項を抑止することで、若年層を含むすべての消費者がトラブルに巻き込まれるリスクを減らし、より公正な取引ができる市場秩序を作ることに貢献したいと考えています。

日本私法学会第83回大会での個別報告の様子

あわせて読みたい

  • 酒巻修也『消費者契約と透明性』(信山社、2025年)
  • 酒巻修也『一部無効論の多層的構造』(日本評論社、2020年)
  • 松久三四彦・遠山純弘・林誠司『オリエンテーション民法〔第3版〕』(有斐閣、2024年)
  • 東京大学法学部「現代と法」委員会編『いま、法学を知りたい君へ』(有斐閣、2024年)

青山学院大学でこのテーマを学ぶ

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  • 酒巻 修也 准教授
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