AGU RESEARCH

未来を創るトピックス
ー 研究成果に迫る ー

青山学院大学の教員は、
妥協を許さない研究者であり、
豊かな社会を目指し、
常に最先端の研究を行っています。
未来を創る本学教員の研究成果を紐解きます。

  • 理工学部 化学・生命科学科
  • 掲載日 2026/10/20
  • 熱を“流す”か、“止める”か。未来のエネルギー制御に挑む「熱スイッチ」の研究
  • 重里 有三 教授
  • 理工学部 化学・生命科学科
  • 掲載日 2026/10/20
  • 熱を“流す”か、“止める”か。未来のエネルギー制御に挑む「熱スイッチ」の研究
  • 重里 有三 教授
TOPIC

重里有三教授の研究グループが「全固体薄膜積層型熱スイッチ」の開発に成功

熱スイッチとは

材料の熱の伝わりやすさ(熱伝導率)を、低い状態(OFF)と高い状態(ON)に切り替えることができる素子です。さらに、この切り替えは、元の状態に戻すことができる可逆的な変化として実現されます。電気のスイッチが電流の流れを切り替えてオン・オフするように、熱の流れを自在にコントロールできる点が大きな特徴です。これにより、目的に応じて熱を「流す」「遮る」といった制御が可能になります。

研究のポイント

希土類元素や遷移金属とマグネシウムの合金を用いた調光ミラー型熱スイッチは、従来は極めて薄い隙間に水素ガスを流したり、水酸化カリウム水溶液などの液体(電解液)を用いたりする必要がありました。そのため、装置の複雑さや取り扱いの難しさから、小型デバイスへの応用が課題となっていました。本研究により、熱の流れをマイクロデバイスの中で自在に制御できる可能性が広がり、将来的にはMEMS(微小電気機械システム)やマイクロマシンなどの高性能化・省エネルギー化への活用が期待されます。


イラスト:矢印

トピックを先生と紐解く

重里 有三教授

北海道大学工学部応用物理学科卒業。同大学大学院工学研究科応用物理学専攻修士課程修了。北海道大学 博士(工学)。旭硝子株式会社(AGC)中央研究所の研究員を経て、米国ブラウン大学工学部物質工学科客員研究員(AGCより派遣)として研究に従事したのち、同社に復帰。その後、東京大学生産技術研究所講師を経て、1997年に青山学院大学理工学部に着任。2001年より同大学教授(当時理工学部化学科)。専門は固体化学、無機化学、応用物理学、物性物理学、プラズマ化学、薄膜工学。著書に『半導体プロセス・形状シミュレーション技術—加工精度向上のツボ—』(共著、2012年)など。

開発された「全固体薄膜積層型熱スイッチ」とは、どのようなデバイスですか?

私たちが開発したデバイスは、熱の伝わりやすさ(熱伝導率)を、低い状態(OFF)と高い状態(ON)の間で可逆的に切り替えることができる「熱スイッチ」です。最大の特徴は、デバイス全体が固体の薄膜のみで構成されている点にあります。

使用しているのは、イットリウム(希土類元素)とマグネシウムの合金や、ニッケル・チタンなどの遷移金属とマグネシウムの合金からなる「調光ミラー材料」と呼ばれる機能性薄膜です。この薄膜に水素を出し入れすることで、金属と半導体の間で相変化を起こすことができます。

熱はさまざまな方法で伝わりますが、金属では「自由電子」と呼ばれる電気を運ぶ電子が、熱も運ぶ役割を担っています。ところが、水素を取り込んで半導体(絶縁体)になると、自由電子がほとんど存在しなくなり、電子による熱の輸送が大幅に抑えられます。一方で、水素を放出して金属状態に戻ると、自由電子が再び熱を運ぶようになり、熱伝導率が大きく向上します。重里研究室ではニッケルとマグネシウムの合金薄膜で約14倍の熱伝導率変化を報告してきました。
つまり、このデバイスは、水素の出し入れ(水素化/脱水素化)によって自由電子の動きを制御し、電気のスイッチのように熱の流れそのものをオン・オフできる技術なのです。


従来の熱制御技術と比べて、どのような画期的な点があるのでしょうか?

最も画期的な点は、熱伝導率が変化する幅の大きさです。今までも、さまざまな熱スイッチが研究・開発されてきました。例えば、二酸化バナジウム(VO₂)という材料は温度によって金属と半導体に相転移するのですが、熱伝導率はおよそ1.5倍程度の変化にとどまっていました。また、リチウムイオン電池の正極に使われるコバルト酸リチウム薄膜からリチウムを引き抜いて熱伝導率を変化させる熱スイッチも発表されてきましたが、こちらも変化は1.5倍程度にとどまっていました。


なぜこれほど変化の幅が小さいのかといえば、実は熱を運ぶ仕組みには大きく2種類あります。1つは金属の中を自由に動き回る「自由電子」が熱を運ぶ現象、もう1つは結晶格子が振動して、その揺れが隣へ伝わっていく「格子振動」による現象です。

例えば、コバルト酸リチウムを用いた熱スイッチは、格子振動の乱れ・整いを利用したものです。格子振動による熱伝導は、材料が金属か半導体かにかかわらず常に存在するため、スイッチングで変化できる幅に限界がありました。しかし熱スイッチとして実用化するためには、熱伝導率が1桁(10倍)以上変わらないと、実用的な価値を発揮することが難しいと言われています。

今回私たちは、水素化・脱水素化による相変化を利用して「自由電子による熱伝導の制御」という根本的に異なる原理を採用しました。水素を入れて半導体になると自由電子がほとんどなくなり、電子による熱輸送を大幅に抑制することができます。

その結果、ニッケルとマグネシウムの合金薄膜で熱伝導率を約14倍変化させることに成功しました。これは、従来の熱スイッチと比較して極めて大きな変化幅です。
さらに、本研究で用いた無機系材料は、繰り返しの相変化に対して高い安定性を示します。材料単体での評価では、1万回の水素化・脱水素化サイクル後も機能を維持できる合金材料があることも確認されています。こうした性能は、熱制御技術の実用化に向けた大きな前進として、国内外から注目を集めています。

機能性無機薄膜作製装置(スパッタリング装置)

電解液やガスを使わず、「全固体化」することにはどのような難しさと利点があったのでしょうか?

これまでは基礎研究として、アルゴン・水素混合ガスに暴露したり、水酸化カリウム水溶液などの電解液中で電気化学的な解析を行ったりすることで特性を評価してきました。それらの成果を学会で発表すると、「基礎研究としては興味深いが、実用化はどのように実現するのか」という質問が必ずと言っていいほど寄せられました。当然ながら、実際のマイクロデバイスに水素ガス供給系を組み込むことは容易ではないため、実用化に向けた課題として認識されていました。

そこで開発したのが、液漏れの心配がなく、薄膜の積層構造によって形成できる「全固体薄膜積層型セル」です。構造は、充放電が可能な二次電池(リチウムイオン電池など)と同じ発想に基づいており、電圧を加えることで固体電解質を通じて水素イオンと電子が移動し、両極で酸化還元反応(レドックス反応)のバランスを取りながらスイッチを行います。

合計の厚さは1マイクロメートル以下という極めて薄い積層膜で、具体的には「透明電極/調光ミラー薄膜/パラジウム触媒層/リーク電流バリア膜/固体電解質(イオン伝導膜)/水素イオン貯蔵膜/透明電極」という7層で構成されています。

私が企業の研究者時代に取り組んでいた、電気を流すと色が変わる「調光ガラス」の技術を応用し、その構造の一部にある酸化発色膜の代わりに調光ミラー薄膜を組み込むという着想から生まれました。ただし、全固体化には多くの技術的課題がありました。膜に微細な穴(ピンホール)があるだけでリーク電流が発生してしまうことに加え、両電極では異なる酸化還元反応が起こるため、水素イオンと電子がセル全体で円滑に移動できるような反応を設計する必要がありました。こうした課題を一つひとつ克服しながらデバイス化を実現したことが、本研究の大きな成果の一つです。

全固体薄膜積層型熱スイッチ素子の断面図に見る機能性無機薄膜の層構造

スーパーコンピュータや自動車などへの実用化に向けて、現在の課題は何でしょうか?

実用化に向けて、いくつかの重要な課題が残されています。

1つ目は、全固体セル化した際のサイクル耐久性です。薄膜材料単体では1万回程度のサイクルに耐えることを確認していますが、デバイス化すると界面反応などの影響により、現時点では50回~100回程度で性能が低下するという課題があります。

2つ目は耐熱性です。室温では14倍の熱スイッチングが実現していますが、100℃を超えるとパラジウム触媒が酸化され、その機能が低下してしまいます。実際の熱マネジメント環境は非常に過酷で、例えば内燃機関周辺への応用を考える場合には、300℃〜500℃程度の高温環境でも動作する技術が求められます。

現在はネオジム・ニッケルオキサイドなど耐熱性を備えた酸化物材料についても研究を進めていますが、熱伝導率の変化は、現状では2.5倍程度にとどまっています。今後は、こうした材料系においても10倍程度のスイッチング性能を実現することが重要な課題です。

さらに、材料調達の観点からは、「元素戦略」も重要なテーマです。触媒として用いるパラジウムは、ロシアがその主要産出国の一つであり、ウクライナ紛争など近年の国際情勢の影響によって価格変動が大きくなっています。また、薄膜材料に使用する希土類元素(サマリウム、ガドリニウム、ネオジウムなど)についても、中国による輸出管理の影響を受けて入手が困難になっています。

そのため、パラジウムに代わる触媒材料の開発や、チタン・マグネシウム・ニッケルといった比較的入手しやすい元素を用いた材料系への展開が重要になります。機能だけではなく、資源の安定供給や持続可能性まで見据えた研究が社会実装のためには必要だと考えています。

東日本大震災での原発事故を通して、先生の研究に対する考え方を大きく変えたとお聞きしました。

はい。以前は企業との産学共同研究も含め、液晶ディスプレイやTFT(薄膜トランジスタ)の高性能化など、材料の「高付加価値化」を追求する研究に没頭していました。しかし、2011年の東日本大震災と福島第一原子力発電所事故、輪番停電等を通して、研究に対する考え方が大きく変わりました。エネルギーを高効率に運用するための基盤研究に取り組むことの重要性を強く認識し、徹底的に向き合い、その分野に力を注いでいこうと決意したのです。私は原子力の専門家ではありませんが、事故発生前は、「安全対策が幾重にも講じられており、日本で重大事故が発生する可能性は極めて低い」とする専門家の見解を信頼していました。しかし、実際には想定を超える自然災害によって深刻な事態が発生しました。

その出来事を通して痛感したのは、複雑な社会課題に向き合うためには、分野を超えた多様な専門分野の知見が必要だということです。効率や合理性を追求することは重要ですが、それだけでは見落としてしまう視点もあります。異なる立場や専門性を持つ人々が議論し、互いに問い直し続けることの重要性をあらためて認識しました。

私は、多様な視点と知見が十分に生かされなかったことが、事故の背景にあった課題の一つではないかと考えています。

先生が研究において「多様性」や自分を疑う「自己懐疑性」を重要視されるのはなぜですか?

福島第一原子力発電所事故発生の教訓から、科学技術を発展させていくうえで、自分自身の考えや前提を絶えず問い直して疑う「自己懐疑性」を持つことが不可欠だと痛感したからです。そして、その自己懐疑性を支えてくれるのが「多様性」だと考えています。

今、日本の基礎研究力の低下が指摘されていますが、短期的な成果が重視される研究環境の広がりによって、研究テーマや研究者の多様性が失われつつあることも、その背景としてあるのではないかと感じています。

私自身が取り組んでいる研究は、必ずしもその時々の研究トレンドに沿ったものではありません。しかし、長期的な視点に立って研究を継続することで初めて生まれる効果もあります。私は、自らの信念に基づいて研究を続けることが重要だと考えています。

青山学院大学の理工学部には、理学と工学が共存するという大きな特長があります。私の研究室でも、物理化学、熱計測、構造解析など、異なる専門性を持つ研究者との連携を通じて研究を進めています。

ある小説家が「渚で波が寄せては引くように、自己肯定と自己否定が絶えず入れ替わりながらギリギリのところで勝負していかなくちゃいけない」というようなことを書いていましたが、私は研究もまさに同じだと思います。多様性が担保されている中で、常に自己懐疑性を持ちながらも前に進んでいくことが大切だと思います。自分の仮説や信念を持ちながらも、それを絶対視せず、常に問い直し続ける。研究は分かったと思った瞬間に新たな疑問が生まれる営みでもあります。そうした不確実な状態に向き合いながら、一歩ずつ理解を深めていくことが、研究や教育においてとても重要だと考えています。

※掲載されている人物の所属や役職、研究内容は、
原則取材時のものです。

関連コンテンツ

  • 国際政治経済学部 国際コミュニケーション学科
  • 掲載日 2024/11/05
  • キャリア形成における社会関係資本の役割:1940年代生まれの日本人女性が国際企業の上級管理職になるまでの軌跡を分析する
  • 末田清子 教授
  • 末田清子教授は、その共編著者としてNautilus Book Silver Awardsを受賞した著書のなかで、先駆的なグローバルリーダーかつ異文化コミュニケーターである日本人女性について論文を執筆しています。キャリア形成において社会関係資本と、その積極的な活用に対する意欲が重要であることを、この論文ではTEM(Trajectory Equfinality Modeling: 複線径路等至性モデリング)を用いて論じています。

「研究・産官学連携」に関するお問い合わせはこちら

「未来を創るトピックス」の一覧に戻る

↑