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世界を解き明かすコラム
ー 研究者に迫る ー

私たちが生きている世界には、
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  • 国際政治経済学部
  • コミュニケーション力の磨き方
  • 末田 清子 教授
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日本人同士だからコミュニケーションは簡単?

近年、「コミュニケーション力」や「コミュニケーションの重要性」などということばをよく耳にします。

 

日本経団連が毎年発表している「新卒採用に関するアンケート調査結果の概要」によると、「採用選考時に重視する要素」として、「コミュニケーション能力」が10年連続で1位となっています。また、社会が急速にグローバル化する中で、英語を社内公用語にするという企業も増えています。「将来、グローバル社会において“国際人”として活躍したい」という目標をもち、外国語の習得に励んでいる人も多いことでしょう。

 

では、日本人同士が日本語でコミュニケーションを行うときには、良好なコミュニケーションが図れると思っていいのでしょうか?

 

ロサンゼルスに駐在経験のある日本人エンジニアから、こんなエピソードを聞いたことがあります。彼が駐在していた頃、コミュニケーションが最も難しいと感じたのは、現地の同僚や関連企業のアメリカ人と話すときではなく、むしろ東京の本社の人たちに日本語で連絡をとるときだったそうです。それはなぜでしょう?

 

その理由の1つとして、彼は「モチベーションの違い」を挙げました。アメリカ人の同僚は、彼の言うことを「理解したい」と真剣でしたし、彼自身も自分の考えを「伝えたい」と必死だったそうです。一方、東京本社の人たちとの間には「なぜ私たちの言うことをわかってくれないんだ」という思いがあったといいます。

 

なぜそのような違いがあったのでしょうか?そこには明らかに「同じ日本語を話し、同じ会社に勤めている日本人同士なのだから、当然わかってくれるはずだ」という前提があったのだろうと考えられます。それに対して、アメリカ人と英語で行うコミュニケーションでは「何とかして伝えたい」「わかってもらいたい」という思いが、モチベーションを高めたのかもしれません。

 

もはや、日本人同士が日本語で話すコミュニケーションは容易で、国籍が違う人と外国語でコミュニケーションするのは難しいと考えるのは、短絡的過ぎると言えるでしょう。

 

社会のしくみが複雑になり、価値観も多様化している現代の環境下では、国内外を問わず、自分とは異なる文化的背景をもつ人々と共存していくことが必要になってきています。そのためには、相手と共有する経験や情報について意識し、積極的な姿勢でコミュニケーションに臨まなくてはなりません。

 

では、豊かなコミュニケーションを行うためには何が必要なのか、考えてみましょう。

コミュニケーションとアイデンティティ

「コミュニケーション(communication)」という言葉の語源は、「共通項」を意味する「communicare」です。つまりコミュニケーションとは、当事者が共通項をつくり上げるプロセスなのです。

 

コミュニケーションのプロセスにおいては「3つのアイデンティティ」を意識することが大切です。

 

「個人的アイデンティティ(personal identity)」とは、あなたは誰ですか?と問われて、「私は末田清子です」「私は私です」と答える、社会的な役割に限定されない「個人」としての「私」を指します。

 

「社会的アイデンティティ(social identity)」とは、例えば、ある女性が家庭では「母親」、会社では「上司」、スポーツクラブでは「生徒」、海外に行けば、「日本人」であるように、ある社会・集団に所属し、その文化を共有しているという自覚を指します。

 

「超越アイデンティティ(superordinate identity)とは、あなたは誰?と問われて「私は地球人です」、「私は人類です」というような、コミュニケーションの相手と(ほぼ完全に)共通のアイデンティティを指します。

 

このように私たちは、さまざまな種類のアイデンティティを持って他者とコミュニケーションを行っています。

 

例えば、陳さん(中国人・男性・教育者)と鈴木さん(日本人・女性・学生)の2人がコミュニケーションを行っている場面を想像してみましょう。2人のアイデンティティは、コミュニケーションが行われている場や話題によって、「日本人と中国人」「教育者と学生」「陳さんと鈴木さん」など、さまざまに変化します。

 

図1は、これを図式化したものです。この球モデルは、それぞれが自転しながら、互いに向き合う面がどの部分になるかによって対照化されるアイデンティティが変化する様子を表しています。図1では、「教育者」と「学生」という社会的アイデンティティが対照化されています。しかし、別な場面では「陳」と「鈴木」という個人的アイデンティティが浮き彫りになるかもしれません。

 

このように、アイデンティティは固定的ではなく、相手や場面に応じて変化する流動的なものです。自分自身のアイデンティティの多面性を認識するとともに、相手のアイデンティティの多面性も理解することが重要です。

大切なのは「コミュニケーション不調に冷静に向き合うこと」

コミュニケーションのプロセスにおいて、自分や他者がもつアイデンティティの多面性にアンテナを張り、状況に応じて自己を開示(あるいは呈示)していくことは、お互いを理解することにつながります。その一方で、自分が呈示するアイデンティティと他者が呈示するアイデンティティのレベルは噛み合っているにもかかわらず、他者とコンフリクト(衝突、対立、葛藤、緊張)を起こすことも珍しいことではありません。

 

ここで大切なことは、コンフリクトが起こること自体を避けるのではなく、「なぜコンフリクトが発生しているのか」「コンフリクト解消のためにはどうすべきなのか」を考えることです。つまり、コミュニケーション能力とは、「コミュニケーションを円滑に進める力」であると同時に、「コミュニケーションが不調に陥ったときに、その状況に向き合う力」なのです。

 

私の授業では、コミュニケーション学を学んだ学生たちに「グループ発表プロジェクト」という課題を与えています。これは、1年間にわたって学んできた内容をもとに5~6名の学生がグループを構成して独自にテーマを設定し、文献調査やフィールド調査を行い、その成果を20分間で発表するというものです。

 

このプロジェクトの目的は、1つは講義を通して学んだ内容を自分たちの日常生活と関連づけることですが、実はもう1つ、重要な目的があります。それは、発表のテーマ設定から発表に至るまでのグループ内でのコミュニケーションのあり方や、自分自身のグループへの関わり方について学生たちに自己評価してもらうことです。

 

メンバーそれぞれがアイデアを出し合い、討論を重ねてひとつの「成果」をつくりあげるプロセスでは、当然、衝突や軋轢、戸惑いなども生まれます。その反省を、レポートに記入してもらうのです。

 

提出されたレポートは「自分はこのような形でリーダーシップをとろうと思ったのに、メンバーがついてきてくれなかった。なぜだろうか?」「自分はリーダーをどの程度支えられたのか?」「みんなの意見がまとまらなくて苦労したが、自分が思いもつかなかった発想に出会えて勉強になった」など、さまざまな思いや学びの軌跡が記されています。

 

その中に、「仲の良い友だち同士だったので、後々の人間関係まで考えてしまい、言いたいことを言えなかった」という感想を書いた学生がいました。コンフリクトの発生を恐れるあまり、深いコミュニケーションを行うことができなかったのです。おそらくこの学生は、自分の主張を伝えるという行為が、相手を否定するものと誤解していたのでしょう。

 

一方、「はじめて顔を合わせたメンバーとグループを組むことになり、最初は嫌だと思ったが、却って言いたいことが言えたし、終わるころにはメンバーと仲よくなれた」と書いた学生もいました。このように、タスクを中心に考えて、学習成果を上げることができただけでなく、新しい人間関係を構築できたという学生も少なくありません。

相手に対する敬意こそが、コミュニケーションの本質

コミュニケーションの場においてアイデンティティを確立するためには、プライド(pride:自分自身をありのままに受け入れる感情)が重要です。その一方で、コミュニケーションの過程では、必ずシェイム(shame:自分が拒否されたり否定されたりしたときに伴う感情)が伴います。

 

互いのやりとりや関係性にシェイムを感じているとき、そのことを当時者同士がオープンに話し合うことができれば関係性は修復しやすいものですが、シェイムが払拭されないまま、関係性が破壊的状態に陥ってしまうことは多々あります。このことは人間関係だけにとどまりません。国と国のレベルにおいても、根源的な争いの原因を離れ、シェイムが際限なく蓄積されていった結果、悲劇的な関係に陥ってしまった例は枚挙にいとまがありません。

 

こうした局面において負の連鎖を断ち切るためには、自分自身のシェイムと真正面から向き合い、かつ、相手のシェイムを受け止めることが必要です。そのためには、いかに相手のプライドを尊重することができるか、そしてそのプライドが、相手のどんなアイデンティティに立脚したプライドなのかを認識できることが大切なのです。

 

では、コミュニケーションの失調に直面したとき、正常な関係を回復するために、私たちはどうすればいいのでしょうか。

 

そのためには、「違い」は創造性につながるということを意識することが大切です。意見の違いはあっても、相手を尊重し、相手を受け入れて話し合いを重ねることが新しいアイデアの創造に繋がります。これはつまり、誠意をもって違うことを尊重する(agree to disagree)ということです。

 

ですから、コミュニケーションの失調を感じたら「身を乗り出して相手に近づく」のです。相手の体温が感じられるところまで近づいて、相手の懐に飛び込む……それが相手の知性に対する敬意の表現であることが伝わるなら、行き詰まっていたコミュニケーションは、きっと息を吹き返すことでしょう。

 

これこそがコミュニケーションの本質であると私は考えます。グローバルな世の中でコミュニケーションを行うためには、語学力も大切です。しかしもっと大切なことは、コミュニケーションの本質を知り、他者に敬意を払うということではないでしょうか。

 

(2015年掲載)

あわせて読みたい

  • 『コミュニケーション学:その展望と視点(増補版)』 末田清子・福田浩子著(松柏社:2011)
  • 『多面的アイデンティティの調整とフェイス(面子)』末田清子著(ナカニシヤ出版:2012)

青山学院大学でこのテーマを学ぶ

国際政治経済学部

  • 国際政治経済学部
  • 末田 清子 教授
  • 所属:青山学院大学 国際政治経済学部 国際コミュニケーション学科
    担当科目:インターカルチュラル・コミュニケーション、インターカルチュラル・トレーニング、コミュニケーション論(第一部、大学院)
    専門分野及び関連分野:異文化間コミュニケーション, 社会学, 社会心理学
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