AGU RESEARCH

世界を解き明かすコラム
ー 研究者に迫る ー

私たちが生きている世界には、
身近なことから人類全体に関わることまで、
さまざまな問題が溢れています。
意外に知られていない現状や真相を、
本学が誇る教員たちが興味深い視点から
解き明かします。

  • 理工学部
  • 突発的な天体現象からダイナミックな宇宙を知る
  • 坂本 貴紀 教授
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ダイナミックな変化をする高エネルギー天体

広い宇宙には数え切れないほどたくさんの天体があります。その中には、γ(ガンマ)線やX線といったエネルギーの高い電磁波を放出する高エネルギー天体が存在します。皆さんが、宇宙という言葉を聞くと、真っ先に思い浮かべるのは星空ではないでしょうか。星空は何かが急激に変化することはとても少ないので、多くの人は、宇宙は変化のない静かな世界というイメージを持っていると思います。

 

しかし、宇宙には短時間に激しく変化する動的な一面もあります。そのような面を見せてくれるのが、高エネルギー天体です。重い星が死を迎えるときに起こす超新星爆発と共に、突然 γ線のビームが発生する γ線バーストは数秒から数十分と、とても短い時間で急激にその明るさが変化して、大量のγ線やX線を放出します。

 

また、数ある天体の中でも大きな重力を持ち、謎に包まれているブラックホールは、その大きな重力によって周りにあるガスや天体を引き寄せます。そのときに強いX線を放出するために、そのX線を頼りにしてブラックホール候補天体がいくつも発見されています。高エネルギー天体が繰り広げるダイナミックな天体現象に魅了されました。その中でも、まだあまりよくわかっていないγ線バーストの解明に向けて、日々、研究に取り組んでいます。

青山学院大学町田グラウンドに設置し、運用を開始した、

口径20cmの広視野可視光望遠鏡 TARGET で観測したアンドロメダ銀河。

NASAなどで国際共同研究に参加

私は、若い頃、NASA(アメリカ航空宇宙局)のゴダード宇宙飛行センターの研究員としてγ線バースト観測衛星Swiftの研究グループに加わりました。以来、15年以上、Swift衛星の主要なメンバーの1人として参加しています。恐らく、Swift衛星に関わっている日本人研究者として最初に名前が挙がるのではないでしょうか。

 

そして、日本に帰ってきて高エネルギー電子・ガンマ線観測装置(CALET)の研究グループの一員となり、打ち上げから5年以上経った現在も観測を続けています。CALETは、国際宇宙ステーションに船外実験装置として搭載されていて、同じ船外実験装置の1つである全天X線監視装置(MAXI)の観測結果と組み合わせることで、γ線とX線の2つの波長からγ線バーストの振る舞いを知ることができました。

 

γ線やX線の観測は、宇宙に観測器を送る必要があるため、規模が大きくなりがちです。また、電波や可視光など、他の波長の観測と組み合わせることで、対象となる現象をより深く理解することができます。そのため、国際協力が不可欠です。私が主に関わっているSwift衛星、CALETは共に複数の国の研究者が協力する国際共同研究となっています。

小さな衛星キューブサットを作る

しかし、最近、これらの研究と並行して、私の研究室が中心となって小規模な研究計画を進めています。それが、速報実証衛星ARICAです。ARICAはキューブサットと呼ばれる一辺10cmの立方体の超小型衛星です。人工衛星と聞くと、大規模でたくさんのお金がかかるという印象がありますが、キューブサットは大学の研究室でも手が届く予算で製作、運用ができるので、世界中の大学で開発、運用が進められています。

10 cm 角のキューブサット ARICA。

ARICA の開発は実験室のクリーンブース内で行われる。

 

 

γ線バーストは、予告もなく突然発生する現象です。その現象を観測するには24時間365日、常に観測し続ける必要があります。そして、γ線バーストの信号をとらえたらそのことを地上の研究者にすぐに伝える速報性も求められます。Swift衛星をはじめ、いくつかの衛星が γ線バーストの速報をおこなっていますが、日本の独自の衛星ではまだ実現していません。

 

その理由の1つとして挙げられるのが、通信環境です。γ線バーストの速報を行うためには、衛星と地上の機器との間で常に通信をする必要があります。Swift衛星の場合は、NASAの通信リレー衛星を使って回線を確保していますが、日本の場合は研究者が利用できる専用回線がないのです。

 

そこで、私は民間の衛星通信企業の回線を利用することでγ線バーストの速報ができないかと考えました。小型人工衛星で民間の通信システムを利用することはあまり珍しいことではありませんが、これまでは地上から衛星に短い指令を送るとき、衛星のデータを地上に送るときなど、短時間での通信がほとんどでした。それに対して、ARICAは1分間隔で常に地上と通信し、センサーでとらえた γ線の情報を地上に知らせます。まずは半年間、1分ごとの通信が可能であるかを実証していく予定です。

一番の山場を迎える衛星開発

ARICAの基本的な構造やシステムには市販されているキューブサットの機体を使用していますが、観測機器や通信システムの組み込みなど、いわゆるミッション部と呼ばれる部分は、学生たちが主体となり一から設計しました。宇宙に打ち上がる機器の開発に関わる機会は学生にとって、とても貴重なものです。ARICAの開発がやりたくて当研究室に入った学生もいて、1人1人が高いモチベーション持って関わってくれています。

 

そして、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の革新的衛星技術実証2号機のプロジェクトの1つに選ばれ、2022年3月までにイプシロンロケットで打ち上げられることが決まりました。現在、衛星に組みこむミッション部の回路の設計が終わり、性能試験と組み立ての段階に入りました。衛星そのものをJAXAに引き渡す期日は2021年8月ともう1年切りました。1年後ということで余裕があるように思う人もいるでしょう。しかし、人工衛星の開発の一番の山場はこれから訪れます。

 

人工衛星の開発では、実機をつくる前に、エンジニアリングモデルと呼ばれる機体をつくるのが一般的です。エンジニアリングモデルで振動試験などをおこない、実機でもしっかりと基準をクリアすることを確認してから、実機の製作にとりかかります。しかし、ARICAの場合は、打ち上げまでの期間が短く、予算も余裕がないことから、いきなり実機の製作に入ります。

 

実機が完成してから、振動試験、衝撃試験、熱真空試験という3つの試験を実施し、ARICAが厳しい宇宙空間の中でも実際に動くことができるのかを確認する予定です。これらの試験で不具合が発生してしまうと、開発スケジュールが大幅に遅れるので不安もあります。しかし、ここから1年弱の間にいくつもの課題をクリアして、実機を完成させ、打ち上げまでつなげていきたいと思います。

 

ARICAの通信システムは、現在開発中で日本独自のγ線バースト観測衛星HiZ-GUNDAMにも搭載する予定です。この衛星は、現在、JAXAの公募小型衛星ミッションの候補の1つとして検討されています。実際に打ち上げることができるかは今後の審査を待たなければいけません。しかし、ARICAでの実証試験が成功すれば、採択に向けて大きく弾みがつくことでしょう。

新しい研究スタイルの確立を目指して

これまで大規模な国際共同研究を中心におこなってきた私にとって、計画、設計、組み立て、運用などをすべておこなうキューブサットの取り組みは、初めて経験することばかりで、戸惑うこともありました。しかし、現在は、ARICAを通してキューブサットの手軽さや可能性を実感しています。

 

宇宙での観測プロジェクトはこれまで5〜10年もの長い準備期間が必要でした。これではそれぞれの学生がプロジェクトの最初から最後まで関わることができません。しかし、キューブサットは3〜4年で開発ができるので、プロジェクトの立ち上げに関わった学生が、衛星の打ち上げから観測、運用まで関わることができます。実際にARICA の開発は、当研究室に所属する学生主導で進められています。これは学生の教育にもとても効果があると感じています。

青山学院大学相模原キャンパスL棟屋上にある口径35cmのロボット望遠鏡AROMA-N。

γ線バーストをはじめとする突発天体や時間変動天体の観測を精力的に行っている。

 

 

来年、ARICAが無事打ち上がったら、2機目のキューブサットの製作に取りかかりたいと考えています。ARICAは地上との常時通信の実証の意味合いが強かったので、次はγ線バーストの観測をしっかりとできるキューブサットを作りたいと考えています。HiZ-GUNDAMに搭載予定の観測機器を使用することで、この衛星もHiZ-GUNDAMの技術実証の役割を担うことができます。キューブサットと大型プロジェクトをうまく組み合わせることで、必要な観測装置をタイミングよく宇宙に送って、γ線バーストに関する知見が増えていくようになるでしょう。(2020年9月掲載)

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  • 「時間領域天文学の革命児:swiftの10年」坂本貴紀、田代信、佐藤悟朗著 『天文月報 2015年10月号』(日本天文学会:2015年)
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  • 「IUキューブサットによる機上突発天体速報システムの実証実験」坂本貴紀、芹野素子他著 第64回宇宙科学技術連合講演会講演論文
    (https://www.aoyama.ac.jp/wp-content/uploads/2020/09/pr_research_sakamoto_64-.pdf)
  • 「重力波イベントからの光を初検出」坂本貴紀 『青山学報』 263巻 (2018年春)

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