AGU RESEARCH

世界を解き明かすコラム
ー 研究者に迫る ー

私たちが生きている世界には、
身近なことから人類全体に関わることまで、
さまざまな問題が溢れています。
意外に知られていない現状や真相を、
本学が誇る教員たちが興味深い視点から
解き明かします。

  • 地球社会共生学部 地球社会共生学科
  • 掲載日 2024/05/10
  • 持続可能な平和のため、一人ひとりの信頼に基づく和解を追究する
  • 熊谷 奈緒子 教授
  • 地球社会共生学部 地球社会共生学科
  • 掲載日 2024/05/10
  • 持続可能な平和のため、一人ひとりの信頼に基づく和解を追究する
  • 熊谷 奈緒子 教授

本当の和解に至るための社会的条件を見出す

私は国際関係学・紛争解決学を専門とし、紛争の最後のステージである「和解」に焦点を当てて研究しています。紛争が起こった後には、停戦、和平交渉を経て、条約が締結され、平和が構築されていくというプロセスがあります。しかし、アフリカの国々の内戦や、様々な地域で起こった民族紛争でも、停戦協定が破られ再び争いが起きる事例が後を絶ちません。また、歴史認識をめぐる論争も東アジアでは続いています。持続可能な平和を実現するためにはどうすれば良いのでしょうか。私は、政府と政府の間だけではなく、人と人の間の信頼関係の構築が必要だと考えています。そして、その状態を「和解」と定義し、そこに至るために必要な社会的条件を見つけ出そうと研究に取り組んでいます。
特に注力してきたのは、東アジア地域における和解です。日韓・日中関係においては、戦後の植民地解放やサンフランシスコ平和条約の締結以来、侵略や紛争は起きていません。けれども、信頼に基づく和解が生じているとはまだまだ言い難い状況が続いています。日本が「既に謝罪をした」と思っていても、中国や韓国からは「歴史を直視していない」、「誠意ある謝罪がない」という声が出ています。相互の不満は、「嫌韓」「反中」「反日」となり、対話自体が難しい状況も生じてきました。互いを知り、共感をもって理解し、冷静な対話ができる状況を、維持回復してゆく必要があるという思いで、東アジアに特に重きを置いて研究を続けてきました。

 

最近では、ヨーロッパ諸国とアフリカ、カリブ海諸国における16世紀以降の大西洋奴隷貿易や奴隷制をめぐる問題にも取り組んでいます。特に2020年に起こった「Black Lives Matter(黒人への暴力や差別に対する抗議)」運動が問題提起したように、かつての奴隷貿易や奴隷制、そして植民地支配をした歴史上の人物の責任、評価が問われています。奴隷として連れてこられた人たちの子孫は、先祖のために謝罪、補償をしてほしいと声を上げていることに注目しています。直接の被害者すでにこの世にいない、100年以上前の過去の不正義を、今日の世界においてどう正し、現代や将来の世代が信頼に基づいた関係をどう築けるかを考えています。
和解のためには、謝罪や補償、教育による反省と記憶の継承など、さまざまな方法があります。日韓・日中関係における問題では、「補償よりも誠意ある謝罪を」という声もあれば、「補償こそが謝罪の証」との意見もあります。一方、アフリカやヨーロッパ諸国の奴隷の子孫たちの中からは「奴隷貿易や奴隷制度で生まれた人種差別や経済的搾取の構造が、今日に至るまで何百年も続き、自分たちは常に教育的・職業的差別を受けている。こうした差別の被害への補償が必要だ」という主張が多く出ています。事例や論者によっても意見は異なるため、信頼構築のための方法を一般化するのは非常に困難なのです。こういった複雑さを浮き彫りにしながら、多様な筋道による和解があることを整理し、「和解の理論化」ができればと考えて取り組んでいるところです。

歴史を直視し、当事者の声に真摯に耳を傾ける

私が国際関係学に関心を持ったのは、小学生の頃に学校で、実話に基づく戦争映画「ガラスのうさぎ」を観たことがきっかけでした。空襲の恐ろしさ、ついさっきまで主人公の少女と会話をしていた主人公の父親が、機銃掃射で即死してしまう衝撃と悲しみのみならず、「次の戦争はいつだろうか」と不安や恐怖にも駆られました。同時に、国の指導者たちが始めた戦争で、なぜ一般市民が犠牲にならなければいけないのかと強い憤りも感じました。戦争が起きてしまう原因や、権力とはそもそもどういうものかを知りたいという気持ちから、政治学や国際関係学の道に進んだのです。勉強するにしたがって、日本は被害者であるだけでなく加害者でもあると認識し、さらに、日本の謝罪や償いが必ずしも受け入れられているわけではないということを知り、次第に和解に関する問題にも焦点を当てるようになっていきました。

 
信頼に基づく和解を実現するために重要なのは、加害者が歴史を直視し、被害者と真摯に向き合うことだと考えています。相手を傷つけたら、その非を認め、言い訳をせずに謝罪をするということです。
ただ、歴史の直視も、被害者との真摯な向き合い方も簡単なものではありません。
加害者にとって歴史を直視するとは、まず、自らの加害を自覚して反省することであります。ただそれは、未来永劫糾弾されるためではないのです。過去の過ちが、なぜ生じたのか、なぜ防げなかったのかを知ることで、教訓を得て、同じ過ちを繰り返さないという責任を果たすためです。そのために、あらゆる資料を紐解き、過去の事実とその背景を客観的に知ることが大切です。
歴史の実態は非常に複雑です。そこには、教訓はおろか、言い訳や弁明が生まれることもあるでしょう。その複雑さを真正面から受け止めながらも、欺瞞ではない反省と教訓を得るには、当事者の声に触れる体験が非常に大切だと考えています。 戦時中の旧日本軍の記録や日誌、様々な当事者たちの話を聞くと、 私自身いつも心が大きく動くのを感じます。旧日本軍の加害行為については、怒りや悲しみと同時に、戦争の狂気に戦慄を覚えます。同時に、戦争回避を目指した指導者たち、大義を信じ、家族を気遣った兵士たちの思い、空爆や原爆の一般市民被害者の苦しみからは、 単純な善悪の道徳的判断でわりきれない戦争の理不尽さを痛感しました。 であるからこそ、日本が戦争を防げなかった責任の重みをより率直に受け止めることができるのです。
さらに、 ある元慰安婦の方の証言に、「私は日本を恨んでいない。若い世代の人たちには、決していがみ合わないでほしい。二度と戦争を起こさないでほしい」という言葉がありました。私は、その方が 自身の被害者としての苦労や経験にとらわれず、将来世代のこと思いやる内なる強さに 勇気づけられました。同時に、そこまでの心境になるまでにどれほどの葛藤があったかとも思うと、申し訳なさや恥ずかしさを感じました。 であるからこそ、被害者の寛容さに甘んじることのない、偽りのない反省が大切であることを実感しました。
このように様々な当事者の声を聞くことで、人間の限界も可能性も見据えることができ、複雑な歴史を謙虚に、しかし絶望することなく直視する勇気が生まれます。さらにそこでは、 相手の立場に立って考え共感する力も生まれ、それは自身を素直に見つめなおすことにもつながります。こうした姿勢にこそ、被害者が加害者に心を開き、新たな関係を築くきっかけになり得ると考えています。和解における自身への向き合い方ということは、まず自らの罪に向き合うという本学が教育の土台としているキリスト教の教えにも通ずるのではないでしょうか。

元慰安婦の方々への償い事業を行ったアジア女性基金のよびかけに応えて拠金した方々が寄せたメッセージ。被害者へのお詫びや元慰安婦の幸せや名誉回復を祈るメッセージがつづられている。(アジア女性基金HPより)

 

ただ、このような私の考えも説得力を持ち、実行されてゆくためには、東アジアに残る歴史認識問題、歴史的対立が武力紛争に発展する数多くの事例を見るにつけ、さらなる精緻化が必要であると痛感しています。
それゆえに私は、和解研究を理論と実証の両面から行っています。理論的には、 歴史解釈における道徳や法の問題、赦しや記憶の在り方、アイデンティティ、ナショナリズム のメカニズムなどを研究しています。実証的には、日本の中国や韓国との和解努力の事例に加え、フィリピンやアメリカとの和解過程、日本の空襲被害者の補償請求運動、ナチスドイツ占領下の東欧の強制労働被害者と今日のドイツとの和解、そして、カリブ海における過去の奴隷制や植民地支配という歴史的不正義への今日的是正方法について、具体的な諸政策の現実の政治や外交の中での効果について、批判的検討を行っています。これらの研究は、早稲田大学の浅野豊美先生が率いていらっしゃる早稲田大学での共同研究「普遍的価値と集合的記憶を踏まえた国際和解学の探究」(科学研究費助成事業「国際共同研究加速基金(国際先導研究)」)の一環としても、行っています。そこでは、日本をはじめ、主にドイツやアメリカをはじめとした様々な国や多様な年代の研究者と共に、大変刺激に満ちた議論を重ねています。

常に自分ごとと捉えて世界と向き合う姿勢を

近年、ロシアのウクライナ侵攻やパレスチナでの武力衝突など、世界では対立と分断が深まっています。どの問題も停戦そして和解に至るまで長い年月を要すると思いますが、その第一歩として大切なのは、両者の立場を理解し合うことです。単純化した見方や「どちらかが悪だ」というステレオタイプな議論で終わらせず、個々を尊重し、相手の言葉に耳を傾ける姿勢が大切です。相手にも家族、友人がいて、感情を持つ人間であること。その共通点を見失わないことが、復讐の連鎖を断ち切るために必要不可欠であり、相手を許すことが困難であっても、怒りや悲しみを乗り越えた先に、より良い未来が待っていると信じる想像力を失わないでほしいです。

日本の若い皆さんも、これらの出来事を「どこか遠くで起きている戦争」だと捉えるのではなく、常に自分と関わっている事として考えてみてください。国際社会の一員として、東アジアの経験を紛争解決にどう生かせるのか、当事者意識を持って世界と向き合ってもらえればと思います。日中関係、日韓関係にも歴史認識問題が横たわっていますが、それでも戦後の数十年にわたる試行錯誤の末、サッカーワールドカップの日韓共同開催、日本でのK-POPの流行、大勢の中国人韓国人観光客の訪日など、これまで積み上げてきたものがあって今があるわけですから、その経験を未来に役立てていけるのではないでしょうか。

 

大学は、自分が好きなこと、関心のあることを自由に学べる場です。最初は新鮮な驚きや楽しさがあっても、時には大きな壁にぶつかることもあるでしょう。私自身も、和解学を勉強する中で、政治学や国際関係論だけでは説明できない、哲学、心理学、社会学、さらには文学といった他分野の勉強も必要になるような複雑かつ壮大な問題に直面してきました。それでも、困難を克服する原動力は、「知りたい」という自分自身の素直な心の声でした。皆さんも困難に直面したときには、是非自身の声に耳を傾けて、決して挫けずに勉強に研究に向き合い続けてほしいです。

 

学びを通じて、新しいものの見方や、人間や社会、そして自己への理解を深め、そして社会における自分の位置づけを発見できることが、学問の醍醐味です。その感覚を味わった経験を持つことで、社会にどうコミットしてゆきたいのかという自分の軸が自然に浮かび上がり、能動的に社会に向き合えるようになるでしょう。学生の皆さんには、学問を通じて自分の軸を構築できるような4年間を過ごしてほしいと願っています。

秋田県の大館市では、戦時中に強制連行され、鉱山で強制労働させられた中国人犠牲者の慰霊式を毎年行っている。(大館市役所ホームページより)

あわせて読みたい

  • 『帝国の慰安婦』朴裕河著(朝日新聞出版:2014年)
  • 『ガラスのうさぎ』高木敏子、武部本一郎著(金の星社:1977年)
    「The Grass Rabit」 ジェームズ・バーダーマン訳(講談社:1986年)
  • 『われわれの戦争責任について』カール・ヤスパース著、橋本文夫訳(ちくま学芸文庫:2015年)
  • 『歴史認識とは何か 対立の構図を超えて』大沼保昭著、江川紹子聞き手(中公新書:2015年)

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地球社会共生学部 地球社会共生学科

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