私たちが生きている世界には、
身近なことから人類全体に関わることまで、
さまざまな問題が溢れています。
意外に知られていない現状や真相を、
本学が誇る教員たちが興味深い視点から
解き明かします。
私は、「センサを使って、どんなことが実現できるか」について研究しています。
センサとは、力の大きさ、距離の遠近、明るさなど、現象や対象の物理状態の変化を捉え、信号やデータに変換して出力する装置や機器のことです。こう書くと「難しい」と感じる人も多いと思います。
たしかに、従来のセンサは、主に工場の機械に組み込まれていて、制御や省力化、品質管理を行うためのもの、あるいは機器や製品に組み込まれて自動化や使いやすさ、安全性の向上を可能にするためのものでした。いずれも戦後日本の工業製品の競争力強化に大きな貢献をしたキーテクノロジーではありますが、その機能はきわめて限定的で、私たちがその存在を身近に感じることはありませんでした。
しかし近年、スマートフォンの普及によって、センサは急速に身近な存在になりました。世界で年間6億台近くが出荷されるこの小さな端末には、実はさまざまなセンサが満載されているのです。
例えば、スマートフォンを横向きに傾けると、その動きに応じて画面も横向きに回転します。これは、ジャイロセンサの働きによるものです。ジャイロセンサとは、角速度(ある物体の角度が単位時間当たりどれだけ変化しているか、つまり物体が回転している速度)を測るセンサです。
また、近接センサは、物理的に接触することで電流のON/OFFが切り替わる機械式スイッチとは異なり、対象物が近づいただけでON/OFFを切り替えることができるセンサです。スマートフォンでは、通話の際に耳を本体に近づけるだけで自動的にタッチパネルディスプレイがOFFになり、誤動作を防止するなどの機能に役立てられています。
ほかにも、輝度センサ、加速度センサ、重力センサ、気圧センサ、温度センサなど、多くのセンサが、あの小さな端末に収まっているのです。そして私たちは「アプリ」という形で、各種センサの機能を享受しています。
このように、ひと昔前には想像もつかなかったほど多種類のセンサがスマートフォンに搭載され、それを人々が持ち歩く時代になっています。
スマートフォンの急速な普及にともなって、さらに高機能・高性能のセンサを目指した研究・開発が急ピッチで進んでいます。センサの利用技術は、大きな可能性を秘めているのです。
スマートフォンやウェアラブル端末の普及は、「多くの人々が高性能センサを常に持ち歩く状態」と同時に、「高性能センサがネットワークに常時接続された状態」を作り出します。この「センサ・ネットワーク」は、社会のあらゆる機器や社会インフラ(建物・道路・鉄道など)、人(スマートフォン・ウェアラブル端末など)に取り付けられたセンサをネットワークでつなぎ、そこから膨大なデータを収集・分析することによって、さまざまな課題解決法を提供する仕組みです。
例えば、ある気象情報サービス企業は、天候の予測に、会員のスマートフォンからの報告や位置情報、カメラで撮影した実際の空の画像などを活用しています。自社の観測網だけでは捉えきれないデータを、スマートフォンという「圧倒的な数の力」を活かして収集しているのです。
また、橋やトンネルなどにセンサを設置し、常時モニタリングすることで、亀裂が入るなどの異常が起こった際に点検を行うよう警告を発したり、災害時におけるインフラの被害状況を、人がその場に行かなくてもリアルタイムで把握できるようにするシステムなども検討されています。
さらに、医療費の増加や高齢化などの課題にもセンサ・ネットワークが役立ちます。日本政府は、医療給付費削減を狙って在宅医療を推進しています。こうした中で、無線センシングは健康状態の管理を支援するものと位置づけられています。基本は、体温、心拍などの情報を人体に装着するウェアラブル・センサとすることです。日本のあるメーカーでは、健康管理を目的に、心拍センサと加速度センサを搭載したリストバンド型機器を製品化しています。心拍センサと加速度センサを利用することで、例えば、睡眠、散歩、室内歩行といった毎日の生活リズムと体調を、時系列データとして蓄積できます。現在のデータと過去のデータを照らし合わせて、もし、通常と異なる変化が見られた場合には、システムが「体調の異変」と判断し、迅速に医療機関へ通報するなどの対応をとることができます。
このように、さまざまな社会的課題の解決や、新たなビジネスの創出に、センサ・ネットワークの活用が期待されているのです。
こうした中、現在、私たちの研究グループが取り組んでいるテーマが「人と人とのコミュニケーションの円滑化に役立つセンサ技術」です。
例えばミーティング。職場や学校、家庭、地域コミュニティなど、ミーティングはさまざまな集団において意思決定や合意形成を行うための大切な手段ですが、参加メンバー全員が活発に発言し、その意見を速やかに集約することの難しさを感じている人は多いのではないでしょうか?
活発なミーティングを行うためには、「ミーティングの活発度」を評価するための客観的な指標が必要です。こうした指標があれば、異なるミーティングの活発度を比較し分析を行うことによって、活発なミーティングを促すためのアドバイスが可能となります。そこで私たちの研究室では、ミーティング活発度の指標を定義し、ミーティングの良し悪しを判断するシステムを研究しています。
この研究では、ミーティングの音声情報をセンシングし、参加メンバーの誰が話しているかの解析を行った後、以下の3つの指標を用いてミーティングの活発度を定量化しています。
(1) 議論公平度…活発なミーティングには、参加メンバーが公平に議論に参加していることが必要です。そこで、メンバー各人の発言時間に注目し、全員が平等に発言しているかを測るための指標です。
(2) 議論支配度…活発な議論を促すためには、司会進行役である支配者(リーダー)の存在が重要です。ここでは、メンバー各人の発言頻度に注目し、発言頻度の高いメンバーをリーダーとみなします。
(3) 議論調停度…リーダーはメンバーの意見を引き出すために、発言権を平等に与えることが必要です。ここでは、「リーダーの発言後に発言するメンバーが誰か」を分析することにより、リーダーが発言権を公平に与えているかどうかを測ります。
以上の情報を解析し、ミーティング活発度の指標を求めるシステムが「KAIHUI」です。研究室では、「参加メンバーの性別」「ミーティングのテーマ」「議論の進め方」が異なる6種類のミーティングを対象に、KAIHUIを用いてミーティング活発度を計測しました。
この研究は、まだ入口にたどり着いたばかりです。今後は、参加メンバーの発言内容や表情、身振りなどの要素を加えることで、ミーティングの「質」に着目した指標づくりをする必要があるでしょう。今後も研究を進めることで、将来的には、「ファシリテーターロボット」が実現するかもしれません。時には気の利いたジョークなども交えながら、参加者の発言を促し、話の流れを整理し、参加者の認識の一致を確認し、合意形成や相互理解をサポートするロボットです。
センサ技術は、「これまで測れなかったものを測れるようにする」ことで進歩してきました。今後の研究によって、例えば「幸福度」や「快適度」なども測れるようになるかもしれません。センサ技術の発展は、無限の可能性を秘めているのです。
(2016年掲載)