私たちが生きている世界には、
身近なことから人類全体に関わることまで、
さまざまな問題が溢れています。
意外に知られていない現状や真相を、
本学が誇る教員たちが興味深い視点から
解き明かします。
理工学部は、工学系と理学系の相補的な視点から学問を追及する学部です。私たちが行っている研究は理学研究であり、「基礎研究」に位置付けられます。基礎研究とは、特別な応用や用途をすぐに実現することを目的としているわけではなく、自然界の仕組みを追求し、ものごとの本質や原理を追及する研究です。こういったことがわかると、応用の分野の大きな発展を支えることができるのです。
例えば、「色」について考えてみましょう。私たちの身の周りには「色」があふれています。中でも自然界での身近な色のひとつに、草や葉の緑色があります。では、私たちはなぜ「草や木の葉は緑色」と感じることができるのでしょうか? 緑色の正体は主にクロロフィルです。光合成は植物が生きていくために欠かせない機能で、その中心的役割を果たしているのが、葉の中に含まれているクロロフィルです。クロロフィルは、太陽光に含まれる光の成分のうち「特定のエネルギーを持つ光」を吸収しています。私たちは、葉に吸収されずに反射した光を目でとらえ、「緑色」と認識します。このとき、草花に吸収された光の色と、反射して目がとらえた光の色は、補色の関係になります。つまり私たちは、植物が生きるために吸収した光の“反対の色”を見ているのです。
では、季節の移ろいとともに葉の色が変化していくのはなぜなのでしょうか?秋から冬にかけてはクロロフィルを含むタンパク質が寒さにより分解し、クロロフィルも分解されるためそれまで効率よく吸収していた光を吸収しなくなります。一方、葉にはクロロフィルの他にカロテノイドという色素体も含まれていて、私たちの目には「黄色」と認識されます。カロテノイドの黄色は普段はクロロフィルの緑色に隠れているため、葉は緑色に見えますが、クロロフィルの分解が進むと、それまで目立たなかった寒さに強いカロテノイドの存在が前面に出てきて黄色に見えるのです。植物によっては紅葉するものもありますが、これは、秋になるとアントシアニンと呼ばれる色素が葉の内部に作られるためであるといわれています。アントシアニンによって吸収されるため、葉が紅く染まったようにみえるのです。こういった原理がわかると、葉の紅葉の色は木に含まれるたんぱく質などの情報を理解できる手段に使えるかもしれませんね。
このように、地球上のあらゆる現象には、すべて意味や理由が存在しています。そんな「なぜ?」や「どうして?」の答えを、自然との対話の中から発見し、たとえば次の材料開発に結び付けるための研究が「基礎研究」なのです。
自然との対話によって地球上の「なぜ?」や「どうして?」を解き明かす……でも、それが何の役に立つの? と思われる方もいるかもしれません。確かに、基礎研究によって得られた成果が、すぐに実用化に結び付くことは多くありません。しかし、新たな原理を発見することができれば、現代社会が抱える課題を解決し、人々の暮らしを劇的に変える可能性も見えてくるのです。
最近、「レアメタル」という言葉をニュースや新聞でも目にするようになりました。レアメタルは、合金自身の強度を増したり、錆びにくい建築材料への添加剤として、また発光ダイオードや電池、永久磁石や電子部品の原料として、機能性材料への応用は多岐にわたり、現代社会には欠くことのできない元素群です。これほど広い用途に応用されているレアメタルでさえ、まだその可能性のほんの一部しか利用できていないと考えられているのです。
レアメタルの一部の元素(希土類)は「レアアース」と呼ばれていますが、私の研究グループは、レアアースのひとつである「プラセオジム」という金属イオンと、石けん分子の一種であるステアリン酸を化合させることにより“ある特殊な現象”を引き起こす素材を開発し、世界で初めてその仕組みの解明に成功しました。その現象とは、「分子の織り成す偏光発光」です。
皆さんもご存じのように、光は波の性質を持っています。太陽や電球などの光には、進行方向に対して上下左右あらゆる方向に振動する波が含まれています。これに対して、一定方向にのみ振動する光が「偏光」です。長い棒も向きを揃えて束ねれば扱いやすくなるのと同様に、バラバラな向きの振動を含む通常の光に比べて、偏光が格段にコントロールしやすいことは想像できるでしょう。カラー液晶ディスプレイなども、この偏光を利用した装置です。現在の液晶ディスプレイは、フィルターで偏光をつくって、バックライトからの光を制御しています。そのため、液晶ディスプレイを製造するには、光を出すバックライトと、偏光をつくるフィルターが必要でした。これに対して、私たちがつくり出した「偏光発光膜」は、膜自身が光を出し、かつ偏光させることができるため、これまでよりずっと簡単にディスプレイをつくることができます。また、偏光発光膜からは2つの偏光を同時に発光させることができるので、将来的には「1つの画面に複数の映像を同時に映す」ということも可能になるかもしれません。このように、私たちの基礎研究は、国内のみならず、海外からも大きな注目を集めているのです。
私の研究室の学生は、就職等の面接で、しばしば「あなたの研究は何の役に立つのですか?」と聞かれるそうです。そんなとき、私は学生に「研究室の特徴は、すぐに役立つことを目指した研究ではなく、永遠の真理を追究するような大学でしかできない研究をしている点です。新しい材料を設計するときの原理にもつながる研究です。」と答えるよう指導しています。実際、私にはひそかな野望があります。それは、「私が定年するまでのすべての研究を通して、世界中の教科書に載るような“原理”を見つけること」です。
先ほどの石けん分子とプラセオジムの膜化による偏光発光発現に関する研究の着想を得たのは、15年以上前のことでした。「まだ誰も手をつけていない研究にチャレンジしたい」とテーマを探す中で、この新しい発想が浮かんだのですが、当時は、それがどんなことに応用できるのか、まったく考えていませんでした。しかし、2007年に論文を発表すると、さまざまな分野の専門家が、それぞれの視点から応用の可能性を示唆してくれました。次世代ディスプレイへの応用、銀行ATMなどの覗き見防止機能、紙幣の偽造防止のためのセキュリティインクへの応用など、私には思いもつかないようなアイデアが、次々と飛び出しました。
新しい素材、新しい仕組みの発見が、研究者自身も予想していなかった可能性につながる……科学における基礎研究の醍醐味は、ここにあるのです。
2014年1月に新たに発表した分子は、美しい発光を示すだけでなく、らせん構造をしたシンプルな分子です。この分子も10年前に「溶液中で強く光るレアアースの分子」が必要となったために、分子設計に四苦八苦し、ついにらせん構造にたどり着きました。水やその他の溶液も分子の集まりです。するとゆらゆらする分子の揺らぎの中で、レアアースの分子は発光しなくなるのが問題でした。しかし、らせん構造の分子にすることで、この問題を克服した新しい光る分子を実現することができました。
日本がこれまで多くのノーベル賞を輩出している背景のひとつとして、日本人の基礎研究にかける情熱と粘り強さが挙げられます。時間をかけてじっくりと研究に集中する……そんな“匠の技”にも通じる研究文化が脈々と受け継がれてきたのです。青色発光ダイオード、リチウムイオン電池、カーボンナノチューブなど、企業内研究でも質の高い研究成果が数多く生まれているのは、企業においてもそのような研究文化が培われてきた証拠だと言えるでしょう。私たちはこうした日本の研究文化を、次の世代に受け継がなくてはなりません。
いま、若者の理科離れが問題となっていますが、私は、人間の頭には「理系」「文系」の区別はないと考えています。なぜなら、かつては私自身が文系だったから。もともと古典文学が好きで、文学部を志望していた高校生は、夏休みの自由研究を通して知った理科の面白さが忘れられず、青山学院大学理工学部に入学しました。そして、これをきっかけに化学者としての道を歩むことになったのです。
将来の進路を決める際に、「私は理科が苦手だから」「僕は数学が得意だから」などと「科目」で判断してしまうのは、もったいないような気がします。それよりも、わからないことを「知りたい」と思う好奇心を、もっと大切にしてほしいのです。
自分の発見した原理が、その後の世界を一変させてしまうかもしれない……そんなことを想像するだけで、なんだかワクワクしてきませんか?
(2014年掲載)