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世界を読み解くコラム

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  • レーザーを使って
    「分子の世界」を紐解く
  • 鈴木 正 教授
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分子の構造や反応を見る物理化学

分子や、分子を構成する原子は、人間の肉眼ではもちろん、世界最高精度の顕微鏡をもってしても見ることができません。そのような目に見えない分子の構造や変化などの「化学的知見」を、量子力学や熱力学といった「物理的手法」を用いて読み解くのが「物理化学」です。学校で「化学」と「物理」を別の学問として教わってきた人には違和感があるかもしれませんが、サイエンスの世界において化学、物理、数学、生物といった垣根は存在していません。あらゆる知識を総動員して、自然現象を紐解きたいという思いが私たちの研究の原動力になっています。

 

私の研究室では、レーザーという光を使って、分子構造の変化、化学反応、エネルギーの流れなどを、極めて短い時間領域(時間分解能)で調べています。ここで、まず重要になるのが「光」です。人間の目に見える波長の光(可視光)は、380ナノメートル*という短い波長の紫から780ナノメートルという長い波長の赤まで、波長ごとの「色」として認識されます。さらに可視光外の紫外線、赤外線などがありますが、こうした光の違いを色(光のスペクトル)として捉えるのが「分光」です。
*ナノメートル・・・10億分の1メートル

 

研究では、ターゲットの分子にレーザーを当て、分子が吸収した光のスペクトルからその分子の構造や化学反応などを調べます。レーザー光を当てられた分子は光のエネルギーを吸収し、エネルギーがもっとも低く安定した基底状態から、エネルギーの高い励起状態になります。励起状態になった分子は、化学反応を起こして別の分子へと変化するか、もしくは受け取ったエネルギーを放出して安定な基底状態に戻ろうとします。私たちが見たいのは、その瞬間、瞬間の様々な変化の様子です。

 

分かりやすいのは、エネルギーを発光という形で放出する分子です。ただし、分子の中には光らないものも多数存在しますので、私たちは光のエネルギーが熱になることに着目。励起状態の分子が発するわずかな熱を調べる「光熱分光」という解析手法を発展させ、独自の実験手法を開発しました。

科捜研と共同で「文書改ざん」の解析手法を開発

光熱分光の技術は、意外な分野での応用の可能性が出てきました。私たちの研究室と警視庁科学捜査研究所(科捜研)との共同研究により、2020年4月、文書改ざんの痕跡を見つけ出す新しい手法を開発したのです。

 

事件等の捜査において、領収書などの証拠書類の中に意図的に黒く塗りつぶされた部分や後から書き加えられた文字などを可視化することができれば、違法行為を明らかにすることに役立ちます。従来の科学捜査では、赤外線を使ってインクの光り方から改ざんを見つける手法が行われてきましたが、発光しないインク材料に対しては有効ではありません。当初着目したのは光熱分光の技術でしたが、光を当てたときにインクが発するわずかな熱を直接検出するのは困難だったため、熱を発するときに生じる「音」を検出する「光音響分光イメージング」という手法を用いました。

 

打ち上げ花火を近くで見たとき、花火が上がって光った瞬間、体に響くような衝撃波を感じたことはないでしょうか。光音響分光はそのときと同じ仕組みで、光を当てた分子から出る音を捉えるという手法です。実際には分子から直接音が出るのではなく、励起状態の分子が瞬間的に発する熱によって出る音(衝撃波)のことです。

 

私たちは、紙に書かれたインクにレーザーを当て、そのときに生じる音をマイクロフォンで検出。そうして捉えた音の違いからインクの違いを読み取り、文字の改ざんを見破ることに成功しました。まだメカニズムがすべてわかったわけではありませんが、インクの種類によって出る音の高さや周波数などが違うことがわかりました。時間が経つと音も変化するため、同じインクでも後から書き足されたものは判別できます。

科捜研との共同で新たな「文書改ざん」の解析手法を開発

 

核酸塩基と光の相互作用を明らかにしたい

光と分子の相互作用の中でも、私たちが大きな関心を寄せているのが「核酸塩基」です。人類を含むあらゆる生き物は、A(アデニン)、G(グアニン)、C(シトシン)、T(チミン)という4種類の核酸塩基からなる生体高分子であるDNAを持ちます。DNAには重要な遺伝情報が書き込まれていると聞いたことがありませんか? 実は、そこに並んだ塩基の組み合わせでアミノ酸がつくられます。そして、アミノ酸がつながってタンパク質が合成され、体を作る材料や化学反応を起こす酵素として体内で働き、生命が維持されているのです。

 

核酸塩基は光らない分子ですが、紫外線を吸収して、エネルギーの高い励起状態になることがわかっています。励起状態になった塩基の分子は、そのエネルギーを瞬時に放出して周辺に譲り、自分自身は安定した元の基底状態に戻ります。紫外線を受けた塩基分子が励起状態にあるのはフェムト秒(1000兆分の1秒)というごく一瞬のこと。励起状態になっても化学反応を起こさず、すぐに元の安定した状態に戻るので、大切な遺伝情報を守ることに適しているわけです。

 

では、この塩基分子の構造を少しだけ変えてみたらどうなるでしょうか。塩基のひとつのチミンを化学式で表すと「C5H6N2O2」ですが、私たちは2つの酸素原子(O)のうちの1つをイオウ(S)に置き換えてみました。周期表では酸素元素の下にイオウ元素があり、同じような性質を持つことから、OをSに置換してもチミンの性質はそれほど変わらないだろうと考えられていました。

 

しかし、この予想は違いました。OをSに置換したチミン(チオチミンとよびます)に紫外線のレーザー光を当ててみたところ、励起状態である時間がマイクロ秒(100万分の1秒)と、それまでの10億倍にまで長くなったのです。さらに、普通の核酸は紫外線の中でも波長の短いUVB(紫外線B波)を吸収するのに対して、OをSに置換したチミンでは波長の長いUVA(紫外線A波)を吸収することが分かりました。

 

私たち同様にチオ核酸塩基に着目しているイギリスの研究グループの研究によれば、がん治療の可能性を示しています。OがSに置換された核酸塩基をがん細胞に入れても、がん細胞はそのまま受け入れて自分のDNA中に取り込みます。この状態でUVAを照射すれば、UVAを吸収しない正常細胞を傷つけず、がん細胞だけを攻撃することができるのです。

チオチミンの分子模型

アレルギー疾患やがんの治療に応用の可能性

核酸塩基の励起状態については、まだまだ解明すべき謎があります。励起状態の核酸塩基はすぐにエネルギーを放出して、励起状態でなくなってしまうと説明しましたが、核酸塩基から放出されたエネルギーはどこにいくのでしょうか。実は、そのエネルギーの一部は安定な酸素分子に渡されています。

 

人が呼吸をするように、細胞には酸素が必要です。核酸塩基からエネルギーを渡されてエネルギーが高い状態になった細胞中の酸素分子は、反応性が高い一重項酸素という活性酸素の一種になります。紫外線はビタミンDの合成などに必要な一方で、紫外線による一重項酸素の生成は、しわの原因になるなど細胞を傷つける要因にもなっています。このような現象を光老化といいます。

一重項酸素の発光を測定する装置(一重項酸素の生成を検出できます)

 

 

湿布薬などで使われている非ステロイド系抗炎症薬の副作用としてよく見られる光線過敏症や光アレルギーなどでも、この仕組みが関わっているのではないかと考えられます。薬剤に使われている分子が紫外線によって光化学反応を起こしたことがトリガーとなり、光に対するアレルギーを発症している可能性があります。現時点では、何がアレルゲンで、どのようなメカニズムなのかは不明です。しかし、症状が起こるメカニズムを分子レベルで理解することができれば、光への反応を調べることで副作用が起こりにくい薬剤の開発へとつなげることができるかもしれません。

 

私は現在、学会員の半分以上を皮膚科医が占める日本光医学・光生物学会で理事を務めていますが、医学と物理化学という異分野の交流から光に関する生体現象を明らかにするとともに、医療の分野でも役立つ知見を発見できればと思っています。

世界で初めて「核酸塩基の2光子吸収スペクトル」を測定

科捜研との共同研究や核酸塩基・薬剤分子に関する医薬系の研究は、応用という出口が見えやすい研究です。しかし、私たちの研究のメインともいえる部分は、極めて基礎的なサイエンスの領域にあります。さまざまな応用研究にしても、基礎研究の知見があるからこそ生まれたものです。

 

私たちの研究室を代表する研究成果のひとつに、「核酸塩基の2光子吸収スペクトル」があります。通常、分子は1つの光子(フォトン、光はエネルギーの粒子の集まりとみなすことができます)を吸収するので、核酸塩基であれば紫外線しか吸収しません。ところが、レーザーを照射することで、通常は吸収されない波長の長い(エネルギーの低い)光子を2つ吸収すること(2光子吸収)ができます。特に核酸塩基では2光子吸収が起こりにくく、その現象を測定する技術もありませんでした。

 

そこで、光吸収によって発した熱を音として捉えるという科捜研の文書改ざんで利用した光音響法を応用して、世界で初めて核酸塩基の2光子吸収スペクトルの精密測定に、2020年4月に成功しました。私たちが開発した装置では、2種類のレーザーを用います。励起レーザーを分子に照射したときに生じる音響波を、もう一つのレーザーの光の揺らぎとして捉え、高感度かつ高速に音響波を計測します。この装置があるのは世界でもこの研究室だけですから、ここからさらに多くの知見を生み出していかなければいけません。ここで見つけた分子の性質や原理原則はいつまでも色褪せず、新しい技術の基礎となり得るものだからです。

世界で始めて「核酸塩基の2光子吸収スペクトル」の測定に成功

 

 

これからも幅広いサイエンスの知識を用いて自然現象を読み解いていくという、研究のスタンスは変わりません。しかも、この研究分野は「1つ分かったことがあれば、2つの疑問が生まれる」というように終わりがありません。科学者たちは「分かったこと」を皆さんにお伝えしていますが、それは自然現象のごくごく一部に過ぎず、ほとんどは「分かっていないこと」なのです。学生の皆さんとともに、「興味のあることを楽しみながらやり続けること」と「自分の目で見ていないことは常識だと言われていても信じないこと」を貫き、研究を進めていきたいと思います。(2021年3月掲載)

あわせて読みたい

  • 『学んで実践! 太陽紫外線と上手につきあう方法』佐々木政子著(国立環境研究所地球環境研究センター:2015)
  • 『最初に読む 光化学の本』前田秀一著(日刊工業新聞社:2017)
  • 『イラストレイテッド光の科学』田所利康 、石川謙著(朝倉書店:2014)
  • 『光化学―基礎から応用まで』長村利彦、川井秀記著(講談社:2014)

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